第26話 授業の風景

 転校生が来たというサプライズがあったものの、その後はいつもの平凡な授業が行われていた。

 勇希は異世界に行っていた間の遅れを取り戻そうと真剣に授業を聞いている。

 アリサはそんな彼の様子を教室を眺め渡せる一番後ろの席からずっと伺っていたが、彼が勇者らしい行動や黄金の鳥に関することをやろうとしないので訝し始めていた。

「何もやろうとしませんわね……」

 彼が黄金の鳥に味方したのは確かなことだ。こちらの使い魔の行動を妨害して黄金の鳥を逃がしてしまった。

 あの黄金の鳥もまさか何のあてもなくこの世界に逃げてきたわけではないだろう。勇者を頼ってきたと考えればつじつまが合う。

 だが、状況が動かない。

 もしかして情報に間違いがあるのだろうか、それともこちらに気づいていて行動を控えているのか、あるいはたまに話しかけている隣の生徒が何らかのパイプ役を担っているのか。

「人の良い地味な眼鏡が事件の黒幕だった。いくつかの本にあった記述でしたわね……」

 アリサがそう勇希の隣の席の生徒を怪しみ始めた頃、

「じゃあ、次を。咲葉、読んでくれるかな?」

「は……はい」

 いきなり当てられてアリサはびっくりして立ち上がった。

「ええと……」

 だが、次と言われてもそれがどこか分からない。困っていると前の席の良美が小声で教えてくれた。

「37ページの三行目からだよ。アリサちゃん」

「は……はい」

 言われたページを開いて、アリサはよく通る声で読み始める。


『「ハノン! 駄目だ!」「……一馬!?」

 一馬の声にハノンが驚いたように目を上げた。一馬は彼女に精一杯の思いを届けるべく声を張り上げた。愛しいあの人に届けとばかりに。

「頑張るって言ったじゃないか! スペルスピナーとして世界を守るって言ったじゃないか! 勉強するって言ったじゃないか! あきらめるなよ!」

「う……」

 一馬の言葉にハノンが声を抑えて嗚咽する。アゲハは冷めた視線で冷淡に言葉をかける。

「無理ですよ。あなたの存在認識能力は非常に浅い。だから簡単に消すこともできるんです」

「うるさい! お前は黙ってろ! ハノン! 僕がついている!」

 頭を振って一馬が叫ぶ。ハノンは杖から手を離し、ゆっくりと立ち上がった』


「はい、もう結構ですよ。では、次にこの一次落ち小説から考えられる問題点についてみんなで考えていきましょうか」

「ふう」

 自分の当てられた箇所を読み終えて、アリサは安心の息を吐いて席に座った。

 ふと目を上げると、ニヤニヤして見つめてくる良美と目が合ってびっくりしてしまった。

「アリサちゃんって、ずっと勇希君の方を見てるけど彼に気があるの? 朝にも何か叫んでいたよね?」

「え? いえ、別にそんなことは……」

 なぜそれを前の席にいてずっと前を見ているはずの良美が知っているのか、アリサはびっくりしてしどろもどろになってしまった。

 良美はさらに人の良い笑みを浮かべたまま言う。

「アリサちゃんてしっかり者のお嬢様のように見えるけど、結構うっかりさんだよね」

「う……うっかりさん!?」

「そういうところが放っておけないって言うのかな。何かあったらあたしに相談して。あたしはアリサちゃんの味方をするからね」

 彼女はそう言って人の良い笑みを残し、黒板に目を戻した。

 何だか知らないが味方を得たようだ。

 アリサはとりあえず机の下で小さく拳を握ってガッツポーズすることにした。


 神と一緒にゲームをやるのも飽きてきた。

 数コース走って、ソアラが何度目かの表彰台に立ってゴールドカップを手に入れたのを機に、エミレールはゲームから抜けることにした。

 朝からずっとゲームをやり続けていたら飽きるのが普通かもしれないが、ソアラはまだ続けるつもりでいた。

 止めたエミレールの方を振り返って訊ねてくる。

「もう走らないのか? お前がいないと150CCで金が取れないんじゃが」

「さっき走って一位になれないからつまらないと本体を蹴ったのはお前じゃないか」

「だから、今まで100で練習してたんじゃろう。まあいいか。お前がいてもどうせ一位になれんし」

 神の勝手な物言いにエミレールは少しムッとしたが、ソアラは一人でさっさとゲームを再開してしまった。

「一人で50を走るのも乙なものか。画面が広い」

 ゲームを操作するソアラの姿を一瞥し、エミレールは手近にあった本を手に取ってテーブルの席についた。

 少し暇を感じてきていたが、本は思ったよりも面白くて、周囲のことなどすぐにどうでもよくなってしまった。

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