第25話 転校生が来た
勇希は魔女に狙われていたとは何も気づかないまま学校の自分の席に付いた。予定より早く来てしまったので、まだ人は少なかった。
異世界に行っていた間の授業の遅れを取り戻さないといけない。勇希は教科書を取り出して読むことにした。
やがて生徒達が揃って、先生が来て、いつものホームルームが始まった。
どうせいつもと同じだろうと思っていたら、先生が開口一番に言ったことで教室は騒がしくなった。
「みんな、喜べ。今日は転校生が来るぞー」
「おお!」
「転校生か!」
「どんな転校生なんだろうね」
隣の席の真面目な眼鏡君の正太が話しかけてくる。聞かれても勇希に分かるわけもなかったので適当に返事をしておくことにした。
「さあ、普通の転校生じゃないかな」
「普通かあ。僕は運命の出会いを信じたいなあ」
生徒達はざわめいているが、先生がさらに続けた言葉で教室はさらに騒然となった。
「男子ども喜べ。とびっきりの美少女だぞー。実は先生も結構驚いたんだ」
「「「おおおおーーーー」」」」
「先生も驚くほどの美少女って、どんな美少女なんだろうね」
正太は興奮しているようだった。勇希にとってはどうでもいいことだった。
美少女らしい転校生のことよりも家のことが心配だった。ソアラとエミレールが仲良くやれているかも心配だったし、追ってきたという魔女のことも気になっていた。
「アリサとか言ったっけ」
使い魔達を使役している魔女と呼ばれている存在。いったい何者なんだろう。
ソアラの話によると、とても頭が良くて、知略と美貌で神様の民達を籠絡したらしいけど。
気にしていると、転校生が入ってきて教室がさらに騒がしくなった。
勇希も前を見る。
さすがに先生が美少女と持ち上げるだけあって、彼女は普通の教室にはそぐわない品のあるお嬢様といった雰囲気を持っていた。勇希が見惚れるほどでは無かったが、男子の多くはうっとりした声を上げていた。
彼女が一礼して、綺麗な指先が黒板に文字を書いていく。
名前を書き終わって彼女はみんなを振り返って、行儀よく優しく微笑んで自己紹介した。
「咲葉亜里沙と申します。これからみんなと仲良くお勉強をさせていただきます。どうかよろしくお願いしますね」
男子は途端に騒ぎとなった。
「うおお! やったああ!」
「綺麗なお嬢様だあああ!」
「ふん、何よ。お高く留まっちゃってさ」
対して、女子からはやっかみの声が上がっていた。
勇希にとってはどうでも良かった。魔女と同じ名前を聞いた時は驚いたが、ソアラを追っているはずの魔女が学校に来るはずも無かった。
正太は興奮しているようだった。
「アリサちゃんって言うんだ。可愛いね、勇希君」
「ああ、うん、そうだね」
勇希にとってはどうでもいいことだった。転校生が可愛いということよりももっと気にするべきことがたくさんあった。
アリサは転校生として学校にやってきた。
彼女にとっては全ての出来事が想定通りだった。美少女の転校生がやってきて男子が喜ぶことも女子が嫉妬することも意中の相手がそっけない態度を取ることも全てだ。
全ては予定通りに進んでいる。
後はあのセリフを言うだけだ。そうすれば少年はさらに少女のことを意識せざるを得なくなる。
アリサは手を振り上げてから鋭く指を勇希に向かって突きつけて叫んだ。
「ああ! あなたは今朝に会ったーーーーー!!」
「え!?」
「え!?」
「「「え!?」」」
途端にみんなが不思議そうに声を詰まらせ、教室はシーンとなった。予定と違う反応にアリサは戸惑ってしまった。
「あ……あれ?」
予定では相手が『君はあの時の!』と返して、そこから物語が始まるはずだったのに。
「えーと……」
指された勇希は思い出そうとする。忘れていたなら失礼があってはいけない。だが、やはり思い出そうとしても心当たりが無かったので、迷いながら答えた。
「どこかで会ったっけ」
「あ……ああ」
しばらく考え、アリサは自分の間違いに気が付いた。
「会ってなかったーーーーー!」
両手で頭を抱えて混乱してしまった。
綺麗で清楚に立っていたお嬢様のそのおかしな態度に、教室は途端に笑いの渦に包まれた。クラスのみんなから明るい声が飛ぶ。
「アリサちゃんってギャグも言えるんだ」
「いえ、今のはギャグでは無いんです。そうではなく、わたくしの計画では」
「お高く留まったお嬢様かと思ったけど、アリサちゃんって実は面白い人だったんだね」
「お……面白い!?」
「親しみが持てるよね」
「あ、あの、親しみを持ってくださるのは嬉しいんですけど、あの、あのですね」
教室の騒動はもうアリサの計算や弁解でどうこう出来る物では無かった。何だか男子も女子もすっかりリラックスして明るいムードになっていた。なおも騒ぐ生徒達を静めようと先生が教卓を叩いた。
「お前らあんまり転校生を困らせるなよ」
彼の態度もすっかり優雅で浮世離れしたお嬢様に対する物から気楽な生徒に対する物に代わっていた。
「じゃあ、彼女の席は~」
その呑気な言葉に頭を抱えてうずくまっていたアリサはぱっと顔を上げて先生を見上げた。
「分かっていますわ、先生。ちょうど隣の席! ちょうど隣の席が空いているんですよね!? わたくしの読んだ本では多くの物にそうした記述がありましたわ!」
アリサは挽回しようと自分の知識を披露するのだが、先生の答えは思わしくなかった。
「うーん、君の言う隣がどこかは分からないが、どこも空いてないなあ」
「どこも空いてない!? そんな馬鹿な!」
アリサは教卓に手を置いて先生と同じように教室を見渡す。だが、確かにどこにも空きはなかった。ターゲットの隣の席までばっちり埋まっていた。目が合った気がして、眼鏡の正太はびくりと身を震わせた。
「席が無い……」
隣だけでなく全ての席がだ。
全く予想もしていなかった事態に言葉を失ってしまうアリサの横で、先生は力持ちの生徒の一人に言った。
「近藤、空き教室から机を持ってきてくれ」
「へーい」
気の無い返事をして教室を出て行った彼は、机に椅子を乗せて持ってすぐに戻ってきた。それを一番後ろの窓際の席に置いて、椅子を床に置いた。アリサにはピンと来る物があった。
混迷していた思考の全てが今パズルのピースのように噛み合った気がした。魔女は顔を輝かせて先生に向かって言った。
「一番後ろの窓際の席! わたくしには読めましたわ。あそこも定位置ですものね!」
「先生には分からないが、きっとそうだろうね」
興奮するアリサに対して、先生の言葉は適当だ。優しい生徒に対する物だった。
表情を引き締めたアリサは早速その席に向かう。姿だけは美少女なのでやっぱり男子の何人かは見惚れてしまう。途中で席を持ってきてくれたクラスメイトにお礼を言う。
「素晴らしい席を用意してくれてありがとう、近藤君」
「お……おう」
彼は少し顔を赤らめて自分の席に戻った。
アリサは静かに自分の席に付いた。
「ここは主人公の座る司令塔。まさしく世界の中心と言っても過言ではない席ですわ。運命はきっとわたくしに主人公となって全てを取り仕切れとそう言っているのでしょうね、ククク」
アリサが一人でご満悦な気分に浸っていると、前の席の生徒が振り返って声を掛けてきた。人の良さが顔に現れているような質素で気の良い少女だった。
「あたし、良美っていうの。よろしくね、アリサちゃん」
「はい、よろしくお願いいたします」
何だか予想とは違う場所に来てしまった気がするが、全てはこれからだ。ターゲットとは離れているが同じ教室にいる。アリサは冷静に次の作戦を考えることにした。
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