第24話 魔女の策謀

 だが、勇希の平和への予感も空しく、敵はやってくる。

 通学への道を歩いていく勇希の姿を町の探索を行っていた魔女の使い魔が偶然目にしたのだ。

 彼はすぐに探偵のように素早く電柱の陰に隠れて通信を主である魔女に送った。

「アリサ様、勇者と思われる少年を発見いたしました」

『思ったよりずっと早く見つかりましたね』

 少し探して見つからなければ次の手を打たないといけないと思っていたが、その必要は無さそうだ。

 アリサは持っていたタブレットの画面に町の地図を映し、使い魔からの情報をもとにターゲットの位置と進路を予測した。

「彼は学校に行くのでしょう。わたくしの調べた文献ではこの世界の若者はみんなそこへ行っていましたから。そちらの手は当然回すとして、まずは布石を打つことにいたしましょう」

 そう言ってアリサが取り出したのは一枚のパンだった。それを見つめ、綺麗な魔女は不敵に笑う。

「こんな物で落とせるなんて、この世界の人間とは何てちょろいのでしょう。ちょろヒーローですわ。魔王様、どうか天からご覧になっていてください。このわたくしの知略を!」


 勇希は朝の道を歩いていく。使い魔に付けられているとも気づかずに。

 学校の制服を着たアリサは正確に彼の進路を読んでいた。先回りして待ち伏せする。

「この世界には将を射んと欲すればまずは馬を射よという言葉があります。獲物を段階を踏んで打ち倒す。知略を尊ぶわたくしには実に好みの言葉です」

 神に味方する勇者をまずは籠絡する。そうしてから味方を得ていたと信じ込んでいた黄金の鳥を追い詰めて落とす。そのプランの過程と成功がアリサにはもう見えていた。そうしてこれから起こることも。

 アリサは想像する。この世界の書物に載っていた情報からこれから起こる光景を。


 学校への道を急いで走る少女。角で人にぶつかった。少女は転んでぶつかった男に文句を言うのだ。

「もう気を付けなさいよ~」

「ごめん、大丈夫だった? ハッ、君は何て美しい!」

「あなたはイケメンの! 勇者様!」

 運命の出会いだ。


 こんなことで恋が始まるなんて、この世界の男女とは何て軽いのだろう。もちろん惚れるのは相手の勇者だけで、アリサは彼を利用するだけなのだが。 

 アリサはほくそ笑みながら持っていたタブレットを使い魔に渡し、自分は食パンを咥えて本に載っていた作戦を忠実に実行することにした。

 朝の道、少女は急いで走りながら文句を言う。

「遅刻遅刻~。もうどうして誰も起こしてくれないのよ~」

 アリサの演技の再現は完璧で、結果も当然同じになるはずだった。


 今日はよく晴れた良い天気で誰かの襲撃など全く予感させなかった。

 勇希はいつもの学校への道を歩いていく。

「でも、誰かが狙っているのは確かなんだよな。魔女というのもよく分からないし。だとしたら少しは体も鍛えておいた方がいいか」

 勇希は走って登校することにした。その連絡はすぐに探偵のように後を付けていた使い魔からアリサに入った。

『アリサ様、ターゲットがスピードを上げました』

「ん!? んーんー!」

『何をおっしゃっているのか分かりません。食べ物を呑み込んでから喋ってください』

「んーーーー!」

 部下の無能をののしりながらアリサもスピードを上げた。だが、間に合わずターゲットは前の道路を勢いよく走り抜けていった。

 アリサは忌々しく見送りながらパンを手に取って齧った。

「おのれ、勇者。わたくしの策が外されるなど随分と久しぶりのことですわ」

『アリサ様、次はどういたしますか?』

「フッ、次の策はもう出来ています。学校! そこにいる限り、勇者などもうこの手の内にいるのと同じ! フフ、全てはわたくしの意のままに動くのですわ」

 食パンを片手にもう一方の手の拳をぐっと握る少女を犬の散歩をしていた老人は不思議そうに見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る