第23話 神と魔王のいる家の朝

「いつまで寝ているのだ、お前達! もう朝だぞーーー!」

 まだ薄暗い朝からソアラの賑やかな声が家に響き渡った。勇希は時計を手に取った。まだいつもの起きる時間では無かった。

「ん……」

 エミレールも目を覚ました。ぼんやりとしている彼女に勇希は声を掛けた。

「おはよう、エミレール」

「おは……そうか、わたしはお前と寝てしまったのだな」

「え、何その反応」

 勇希はまだ彼女が一緒に寝るということを意識する年頃では無いのだと思って自分も気にしないようにしようと意識して頑張っていたのだが、彼女の頬が少し赤くなっているように見えて少し慌てた。

 エミレールは頬に手を当てて言った。

「いや、神と寝ることが出来なかったのだなと思い出してだな。うう、神に殴られた頬が痛い」

「ああ、そう。大変だったね」

 何だかソアラは大層寝相が悪いようだった。それでも勇希としてはエミレールが神と仲良くなれることを応援するしかない。

「でも、大丈夫だよ、きっと」

「うん、わたしは今日も頑張るよ。まだ朝は始まったばかりだ」

 エミレールはそう決意を表明して、ベッドから起き上がった


 勇希とエミレールがリビングへ行くと、ソアラはぴょこんとソファから身を起こして振り返った。彼女は朝から元気だった。

「遅いぞ、お前達。早く朝食を用意しろ。いや、それよりもゲームをやろう!」

「ゲーム?」

 いったい神はこんな朝早くから何のゲームをやろうというのだろう。勇希もエミレールも訝しんで見ていると、彼女ははきはきとした笑顔で言ってきた。

「わらわはスイッチがやりたいぞ。マリオカートがやりたい!」

「スイッチはこの家には無いなあ。マリオカートならスーファミのがあったかも」

 勇希が思い出しながら言った言葉にソアラはとてもショックを受けたようだった。駄々っ子のように言う。

「なぜ神を招いておきながらスイッチも用意してないんじゃあ! スイッチやりたかったのにー!」

「そう言われても困るよ。スーファミのマリオカート探しておくからさ」

 勇希が朝から騒ぐ少女をどう宥めようかと困っていると、エミレールが彼女に近づいていった。そして、友達となるために話しかけた。

「神、わたしと一緒にスーファミのマリオカートをやろう」

「チンチクリン魔王のお前とか? 言っておくが、わらわはファミコンの頃からマリオカートを嗜んでいるのだぞ」

「いつ始めるかなど関係ない。お前がやるならわたしもやる」

「なら、軽く相手をしてやるか」

 どうやら二人の間で話は纏まったようだ。騒ぎを蒸し返すつもりはないので、勇希はファミコンにマリオカートは無いんだけどとは突っ込まないでおいた。


 いつもより早い朝になってしまったが、ゆっくりしているとすぐに時間はやってくる。学校へ行く時間だ。勇希は鞄を持って立ちあがる。

 ソアラは猿のように奇声を上げたりコントローラーを振り回したりしてスーファミのマリオカートに熱中していた。対してエミレールの方は静かな物だった。行儀よく座って体をほとんど動かさずに指先の巧みな操作で一位を走っていた。

 ソアラが立ってテレビの画面を凝視して吠える。

「なぜわらわが2位なのじゃあああ! へなちょこ魔王の分際でえええ!」

 神様は忙しそうだったので、勇希はエミレールにだけ声を掛けることにした。

「それじゃあ、僕は出かけてくるから。後のことをよろしくね」

「どこか行くのか?」

 エミレールは操作しながら僅かにこっちに顔を向けて訊ねてきた。

「まだ言ってなかったっけ。学校に行くんだよ」

「お前が行くところならわたしも行きたい」

「うーん……」

 勇希は少し考えてから答えた。

「また今度ね。今日は神様の相手をしていて欲しいんだ」

「分かった」

 エミレールがそう答えた時、ソアラが力強く声を発した。

「へなちょこ魔王め! 神の甲羅を食らえ!」

「あ!」

 エミレールが注意を戻した時には遅かった。すでに彼女のカートはスピンしていた。さらにソアラは突っ込んでいく。

「ついでに落ちろ!」

「ああっ」

 体当たりし、ソアラは一位になって走っていく。

 釣り上げられ、二枚のコインを没収される自分のカートを見ながら、エミレールは言葉を失っていた。こんなにショックを受けている彼女を見たのは初めてかもしれない。

 ソアラは笑う。

「魔王のくせに! 神の前を走るからそうなるのだああ!!」

「勇希……わたしはもう神とは仲良く出来ないかもしれない……」

 エミレールの肩は小さく震えていた。

「あ、ゲームは二人で仲良くね」

 嵐の起きそうな予感に、勇希はそそくさと退散を決め込んだ。

 玄関を出ると気持ちの良い空気が肌を包み込んだ。

 朝の空はよく晴れていて、何かが狙って来そうな予感などまるで感じさせなかった。

 勇希は穏やかに息を吐いて、学校への道を歩くことにした。

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