第22話 知識の探究
暗い夜に店の明かりは明るく灯っている。
「いらっしゃいませー」
そんな店員のいつもの掛け声を受けて入ってきたのは、どこのお嬢様かと見まごうばかりの美しい少女だった。
「ここがこの世界の知の集まる場所。素晴らしい本の量ですね」
来たのがその少女だけだったら店員も気持ちよく鼻の下を伸ばして応対に出れたかもしれない。
だが、少女はボディガードと思わしき屈強な四人のスーツの男達を従えていた。どう見てもまともな世界の人間ではない。
彼らは魔女の使い魔達だったが、今はその悪魔の顔を目深に被った帽子やサングラスで隠していた。
従えるのは魔女のアリサ。彼女はソアラの想定した通り、この世界の知の集まる場所にやってきていた。
「作戦に使えそうな有益そうな本を持ってきなさい」
魔女の指令とともに使い魔達が店のあちこちに散って、本を集めて持ってくる。どかどかと積み上げられていく本。アリサはその場に立ったまま店内を眺め回し、呆れたように息を吐いた。
「本を読むのに椅子も用意していないとは。気の利かない店ですね」
アリサが指を鳴らすと、使い魔の一人が彼女の背後で4つんばいになった。彼女はその背に座り、集められた本の一冊を手に取った。
優雅なお嬢様が本を読んでいる。
その姿は椅子や場所を気にしなければ実に絵になる光景だったが、店員としては勇気を出して声を掛けなければいけない。
「あのお客様、ブックオフでそのような行為は他のお客様の迷惑になりますので」
勇気を出して彼女に声を掛けようとした彼の前に使い魔のスーツ男が立ちはだかる。店員は後悔した。ただのバイトの身分で声を掛けるべきではなかったと。
後悔の中で視点が反転する。投げられて床に叩き付けられて気絶した。店内に緊張の空気が走った。
アリサは本を読む手を止めて、気絶した男を一瞥し、視線を向けているみんなを見て言った。
「どうぞ、お気になさらず。知を求める者はみんな仲間です」
綺麗なお嬢様に友好的な態度を取られては誰も悪い気はしなかった。みんなはそれぞれに読書に戻った。危険な場所には近づかないようにして。
そうして時間は過ぎていく。夜遅くになって目を覚ました店員はまた声を掛けざるを得なくなった。
「あの、お客様。もう閉店のお時間ですので」
「そうですか」
今度はアリサも嫌とは言わなかった。本をたくさん読んで満足したようだった。立ち上がると、四つん這いで椅子になっていた使い魔も立ち上がった。
その使い魔の背の高さと迫力に店員は少し気圧されてしまう。また投げられるかと身構えたが、使い魔達は本を持ち上げて運びに行っただけだった。
「本は大事ですからね。丁寧に扱ってください」
アリサの指示通り、使い魔達は丁寧に本を棚に戻していく。その光景をアリサと店員は並んで見ていた。片づけが終わってアリサは店員の方に向き直って微笑んだ。
「店長の方にお伝えください。今日はこんなにたくさんの本をただで読ませてくれてありがとうと」
「は……はい……」
少女が立ち去っていく。物騒な使い魔達を連れて。
痛い目に合されたにも関わらず、店員はまた彼女が来てくれないかなと思うのだった。
夜も更けてきた。風呂から上がってパジャマ姿のエミレールはある決意を勇希に伝えた。
「勇希、わたしは神と仲良くなろうと思うんだ」
「うん、それはもう聞いた。良いことだと思うよ」
「だから、今日は神と一緒に寝ようと思うんだ。お前と初めて会った時のように。お前ともそうして仲良くなれたから」
「うん、そうだね」
それが仲良くなれたきっかけかどうかはさておき、エミレールがやる気なら応援してあげようと思った。
「わたしは神の元へ行く。どうか応援していてくれ」
そして、エミレールは決意を胸に込めて神の眠る部屋へと向かった。
時間が経って勇希も眠くなってきた。家は静かだ。どうやらソアラとエミレールは争いもなく仲良くやれているらしい。
勇希の部屋のベッドは今日は二人に占領されているので、勇希は両親の寝室で眠ることにした。
二人の様子は気になったが、眠気はすぐに訪れた。
どれぐらい眠っていたのだろう。やがて揺さぶられているのに気が付いて勇希は目を開けた。部屋はまだ暗い。ぼんやりとした視界の中で泣きそうになっているエミレールの顔が見えた。
「ん、どうしたの? エミレール」
「勇希、神が酷いんだ。何度もわたしを蹴り落とすんだ。やっぱり今日はお前と寝かせてくれ」
「え、ちょっと」
何かを言うよりも早くエミレールは布団に潜り込んできてしまった。
「やっぱり、わたしはお前の傍がいい」
そのまま隣でスヤスヤと寝息を立ててしまう。
勇希も眠かったので、そのまますぐに寝てしまった。
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