第16話 神様と先代魔王の決めたこと

「勇希、勇希よ」

 どこか浮世離れした老人の声が呼んでいるのが聞こえる。

 勇希は目を開く。気が付くと、勇希は不思議な空間の中にいた。

 横を見るとクリムゾンヘルドラシルの巨大な赤い光線が輝く壁に阻まれているのが見えた。まるで時が止まっているかのように静止している。

 勇希は視線を周囲に巡らせた。そこに老人が立っているのが見えて視線を止めた。優しく微笑む厳かで達観した仙人のような老人だった。

 彼は勇希の前にふわりと着地して言った。

「勇希よ。よくぞ、ここまで戦い抜いたな。わしこそゴッドジャスティスを作り、レオーナに召喚の杖を与えた神じゃよ」

「あなたが神ですか!」

「うむ、わしは最後まで戦いを見守るつもりじゃった。だが、あのような化け物が現れ、世界が崩壊の危機を迎えた今、見ているだけではいかなくなった。今こそ戦いの真実を話そうではないか」

「教えてください。僕の戦ってきた意味を」

「うむ、話そう」

 そして、神様は話し始めた。

「わしと先代の魔王は長きに渡って争いを続けてきた。それはお前も知っての通りじゃ。そうした何度目かの戦いの後、わしと先代の魔王はある取決めをしたのじゃ。今度はお互いに代理を立てて戦おうと。そうしてわしが選んだのがお前、奴が選んだのがエミレールだったのじゃ」

「それじゃあ、僕達はあなた達のために戦わされたのですか? 僕もエミレールも別にお互いを恨んでなんていなかったのに」

「わしらを恨むかね?」

 神の瞳には深い慈しみがあった。勇希は首を横に振った。

「いいえ、僕がエミレールと戦ったのは、僕が彼女の事を……世界のことをよく見ていなかったから。僕の責任です。それに僕はゴッドジャスティスに乗って多くの人を助けることが出来た。この世界で多くの人と知り合い仲良くなることも出来た。僕は感謝しています」

「うむ、君は優しい子じゃな。それに正義感に溢れている。お前がわしの代理で良かった。わしらは戦いの行く末を見守っていたが、お前がまさか魔王と和解するという道を選ぶとは思わなかったぞ」

「我らも認識を改める必要がありそうだな」

「勇希……」

 聞こえた声に振り向くと、そこにいたのは黒い鎧に全身を包んだ人物と子供のように彼に寄り添うエミレールだった。

 黒い鎧の人物は厳かな重い声で名乗った。

「会うのは初めてだな。現代の勇者よ。我が先代の魔王だ」

「あなたがエミレールのお父さん! ……初めまして」

 黄金の瞳や裂けた口がどうとかいう話だったが、全身を黒鎧で包んだ姿ではその正体は分からなかった。

 神様と先代の魔王は歩み寄ってお互いに頷きあった。勇希の方に向き直って言う。

「世界の危機が訪れたとあっては、わしらももうお互いの勝負に固執するわけにはいかなくなった」

「お前達の示した新たな道。力を合わせる時が来たのだ。我らもお前達のようにな。これを使いなさい」

 そうして、神様と先代の魔王が差し出したのは淡く輝きを放つスイッチだった。勇希とエミレールはそれぞれにそれを受け取った。

 エミレールは父を見上げて言った。

「父様、これは?」

「お前ならこれをどう使えばいいか分かるはずだ。お前の選んだ人と使いなさい」

「うん」

 エミレールは頷く。神様は慈愛に満ちた瞳を勇希に向けた。

「勇希よ、叫ぶのだ。その名前はお前達二人で決めなさい」

「分かりました」

「お前達が正しい未来の道を示すことを信じているぞ」

 神様と先代の魔王の姿が消える。それと同時に時が動き出した。勇希は気が付くと慣れ親しんだゴッドジャスティスの中にいた。

 クリムゾンヘルドラシルの赤い殺意の光線が光の壁を溶かしていく。勇希は通信を隣のデスヴレイズに乗るエミレールに送った。

「名前は何にする?」

「わたしは何でもいい」

「グレートユウキカイザーとかでも?」

「じゃあ、それで」

 エミレールは手元のキーボードで素早く入力を済ませてしまった。アナウンスが勇希のロボットの中にも流れてくる。

『名前の入力を受け付けました。グレートユウキカイザー……で良いですね?』

「はい」

 エミレールは再び入力を押した。

『承認完了。私はグレートユウキカイザーだ!!』

 ゴッドジャスティスと同じ声だった。そのロボットの正義感の溢れる声に、勇希は思わず身を乗り出してしまった。

「エミレール!? 本当にこの名前でいいの!?」

「お前がそれでいいと言った。わたしもこの名前がいいと思った」

「そっか。それよりそろそろお前じゃなくて名前で呼んでくれない?」

「勇……希?」

「照れてるの?」

「バリアが解ける」

「あ……」

 エミレールの声に目を向けると、確かに神様と先代魔王の張ったバリアはもう持ちそうになかった。光りが剥がれ落ちて消えていく。

 勇希は決意を込めて頷いた。

「じゃあ、行こうか。エミレール!」

「うん、勇希」

 そうして、叫ぶ。二人で決めた名前を。

「「合体! グレートユウキカイザー!!」」

 白と黒の光が立ち上り、赤い光線を突き破って上昇する。暗い空の下で二つの光が合わさっていく。

 そこから現れたのは全く未知のロボット。長きに渡って争ってきた神様と先代魔王の技術の合わさった結晶体、無敵の合体スーパーロボット。

「グレートユウキカイザーだ!」

 今、世界を救うためにクリムゾンヘルドラシルに戦いを挑む。


「何がグレートユウキカイザーだ!」

 境夜は地上の砲塔から次々と赤いビームを放ってくる。エミレールが一早く反応した。素早く確実な操縦テクニックで次々と避けていく。

「上手いね、エミレール」

「このロボットの性能がいい」

「でも……」

 勇希は少し困っていた。彼女の体温と体重と髪の匂いを感じながら言う。

「何で僕の膝の上にいるの!?」

 合体して少し広くなったコクピットで、彼女は上に開いた穴から落ちて来て、勇希の膝の上に収まっていた。

 エミレールは少し振り向いて後ろの勇希を見つめて言う。

「知らない。このロボットの設計をしたのはわたしじゃない」

「それはそうかもしれないけどさ。うわっ」

 エミレールによそ見をさせたのが良くなかった。クリムゾンヘルドラシルがその巨体に見合った大きな剣を振り上げてくる。

 勇希は急いでエミレールの手の上から操縦桿を握り、思いっきり引いた。剣の手前で急停止し、グレートユウキカイザーは飛ぶ方向を変えた。

「勇希は大胆。それに力が強い」

「そりゃどうも」

 それからも勇希とエミレールは二人で操縦桿を動かし合い、空を駆けていく。

 その変幻自在としか言いようのないグレートユウキカイザーの動きに境夜は戸惑いを感じていた。

 次々と狙いを付けて放つレーザーが全く予想外のトリッキーな動きで避けられていく。

「何だあのロボットは! 勇希がパイロットじゃないのか!?」

 境夜は不機嫌に唇を歪め、狙いを付けるのを止めた。

 クリムゾンヘルドラシルの全ての砲門が開かれる。

「まあいい。狙って当たらねえなら全部消し飛ばせばいいだけだ!」

 全方位に向かって赤い光線のシャワーが発射される。

 広がっていく数多の光線は無数の束となって町の空を駆け抜け、ビルを撃ち抜き、地上をも焼き焦がしていく。悪魔達は後退し、セリネとデイビットも機体を下げた。

 町はたちまちのうちに灼熱の地獄絵図と化した。ヘルドラシルによる魔界化が行われた時に住民の避難が済んでいたのがせめてもの幸いだった。

 勇希は体を震わせて赤く燃える地上を見下ろした。

「なんていうことを。こんなことはもう終わらせないといけない!」

「ジャスティスソード」

「エミレール、その名前は」

「お前の使っていた正義の剣」

「今は僕達の剣だよね」

 勇希の言葉にエミレールは頷く。勇希も頷きを返した。

「終わらせよう! この戦いを!」

 グレートユウキカイザーは空高くはばたく。

「境夜! 僕達はここだ!」

 これ以上の無差別攻撃は許さない。注目を集めようとする勇希の声に境夜は空を見上げた。

「やはり、お前だったか。勇希!」

 赤く燃える大地に立っていた赤い悪魔が砲門を閉じ、空を見上げた。境夜は残忍な笑みを浮かべ、

「今度こそ消し飛べよ!!」

 再び六本の腕のエネルギーを合わせた特大のレーザー光線を放ってくる。

 勇希は逃げなかった。たった一本の剣を向けて、宇宙にまで伸びる凶悪な破壊光線の中を掻き分けるように耐える。いたずらに攻撃を誘導して他に被害を増やすわけにはいかなかった。それに、

「勇希、もう機体が持たない」

 エミレールの言った通り、元より仲の悪かった神様と先代魔王がほんの一時のきまぐれで作った合体ロボットは、性能こそあるものの長時間の安定した戦いを維持出来るようには造られていなかった。

 敵からのダメージだけでなく、自分の動きでもすでにかなりのガタが来ていた。それにかなりエネルギーの消費も大きい。

 エミレールが瞳を向けて聞いてくる。

「この一撃に全てを賭けていい?」

「気が合うね。僕も賭けたいと思っていたところだよ!」

 エミレールはコンソールに指を走らせ、ありったけのエネルギーを剣に入れた。剣が膨れ上がり巨大化した。かつてのヘルドラシルをも上回る勢いで。

 勇希とエミレールはともに手を合わせて操縦桿を倒した。

「「いっけええええええ!!」」

 機体が輝き前進する。

 赤い炎を斬り裂き、正義の剣を振り下ろす。一瞬の時の中で光と闇、そして黄金の閃光が瞬き、グレートユウキカイザーは着地した。

 どっしりと地面を踏みしめ全てのエネルギーを使い果たしたそのロボットの背後では、赤い巨大な邪神が真っ二つに斬り裂かれ、爆発と吹き上がる炎の中にその姿を消していった。

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