第17話 戦え、正義のロボット達
もう合体形態を維持することも出来なかった。
ゴッドジャスティスとデスヴレイズはそれぞれ元のロボットの姿に戻った。
エネルギーを使い果たし、もう動くことも出来なかった。
「終わったね、エミレール」
「うん、疲れた……」
二人は戦いが終わったと思っていた。だが……
「よくこんな話があるよなあ。正義は絶体絶命のピンチから最後に逆転するって話がな」
不気味な声に振り返る。
赤い炎の中で真紅のロボットが立ち上がった。
「まさか、境夜!」
「ドラゴン!」
「今がその時だ!!」
炎の中から飛び出したのはクリムゾンレッドだ。崩れ去るヘルドラシルの体を脱ぎ捨てて機体のあちこちが壊れながらもまだ戦う力を有していた。
回復能力はヘルドラシルとともに消え去ったが、そのロボットは今なお力強い。
殺意に煌めく白銀と黒の双剣を止める術を勇希もエミレールも持たなかった。
「くたばれよ! 正義の剣の元に!」
「させるか!」
だが、それを止めた物があった。魔界の蜘蛛型のロボット、マッドスパイダーだ。それに乗っているのは魔界の宰相ザメク。
「エミレール様! 遅れて申し訳ありません! 邪魔な奴を振りほどくのに手こずってしまいました!」
「ザメク! 生きていたのか!」
予想外の光景にエミレールは目を見開いていた。忠実な臣下は答える。
「もちろんです!」
「頼む……ドラゴンを止めてくれ!」
「了解しました!!」
懇願までしたエミレールの命令を受け、ザメクは迫真の気迫でクリムゾンレッドに掛かっていった。
蜘蛛の爪を双剣はまとめて止めてしまう。ザメクは目の前にいる赤い機体を睨み付けた。
「私は忠告したはずだぞ。エミレール様の機嫌を損ねるような真似はするなとな!」
「所詮は弱者だ。あんな小娘より俺に付く気はないか? 俺ならお前を世界の王の右腕にしてやれるぞ」
「お前は何も分かっていないな。エミレール様ほど仕えるのにふさわしい魔王はいないというのに。そのエピソードを聞きたいか!!」
「興味が無いな!!」
魔王の幹部同士で激しい戦いが行われていく。その戦いにデイビットは介入するそぶりを見せなかった。セリネはそわそわしていた。
「デイビット様、自分達は戦わなくていいんですか?」
「構わない。このまま魔王軍同士で潰し合ってくれれば一番の好都合だ」
デイビットは非情の眼差しで戦場を見ていた。
そこに王女レオーナの声が響いた。彼女は戦いが得意でもないのにせめて何かを手伝おうと自らのロボット、キューティープリンセスに乗ってやってきたのだ。
「お兄様! なぜ、戦いに加勢しないのです!?」
「レオーナ、奴らは今味方同士で戦っているのだ。ここは潰し合ってくれた方が都合がいい。エミレールももう動くことは出来ないようだ。我らの勝ちはすでに見えている」
「お兄様……わたしにはエミレール様に返さなければならない恩があるのです。あの襲撃の時、わたしとお父様はドラゴンに殺されかけました。それをエミレール様は助けてくださったのです。あの時は気づかなかったのですが、今思えばあれはエミレール様の優しさだったのだと思うのです」
「何だと?」
レオーナは口を噤んでしまった。兄の声が今までに聞いたことのないほど冷たいものだったからだ。デイビットは重ねて訊いてくる。
「今何と言ったのだ?」
「ですから、エミレール様が」
「ドラゴンがお前を殺そうとしたと言ったのか?」
「はい、それをエミレール様が助けてくださったのです」
「許さん!!!」
彼はもう話など聞いていなかった。デイビットの怒気が戦場を揺るがす。セリネもレオーナもびっくりしてしまった。
「ドラゴン!! お前だけは許されると思うなよ!!」
パラディンが駆けていく。凄まじい速さで空を飛ぶ。
妹が傷つけられようとしていたと聞いてまともでいられる兄などいるはずがない。今の彼はまさに怒りの羅刹だった。
境夜はデイビットの逆鱗に触れたのだった。
怒りに狂うパラディンの槍を境夜は片手の剣で受け止めた。もう片方の手はマッドスパイダーに対処している。パラディンは次々と攻撃を繰り出していく。
「お前は決して犯してはいけない過ちを犯したのだ! 生きて帰れると思うな!」
普段の冷静さをかなぐり捨てて叫ぶデイビットに隣のザメクが声を掛ける。
「王国のナイト。エミレール様が私にドラゴンを倒せとおっしゃったのだ! お前に渡す手柄は無いぞ!」
「うるさい! 私が妹の敵を打ち倒すのだ!」
「私がエミレール様の命を果たすのだ!」
「早い物勝ちだ!」
「良かろう!」
次々と繰り出される二体のロボットの攻撃にクリムゾンレッドは後退を余儀なくされた。
そして、ついに双剣が弾き飛ばされた。
「取った!」
「私がだ!」
二人の攻撃が同時にクリムゾンレッドの首に伸びていく。
「ふざけるな!!」
クリムゾンレッドは二本の腕を切り離して発射した。それぞれの腕でパラディンとマッドスパイダーの体を掴み、地上のビルへと叩き付けた。
「デイビット様! 後は自分が!」
次に掛かっていったのはセリネのナイトセイバーだ。白銀の騎士の剣を突き出して突っ込んでいく。クリムゾンレッドは向かい合う。
「お前などが相手になるか!!」
赤いキックが白銀の騎士を蹴り上げる。だが、度重なるダメージと衝撃は確実に境夜の機体にも響いていた。
境夜はすぐにクリムゾンレッドを竜の形態に変形させて飛び上がった。吹き上がる赤い乱気流に阻まれてセリネはそれ以上の追撃をかけられなかった。
今までの数々の戦いを勝ち続けてきた境夜にとって、戦いに敗北して逃げるなどありえないことだった。
高みの空からせめてもの勝ちを探す。そして、次元のゲートの前で単体で立つ王女のキューティープリンセスに目を付けた。
「王女レオーナ! お前さえ召喚をしなければ全ては起こらなかったのだ!」
赤い風を纏い竜が突っ込んでいく。その時、ゲートから現れた騎士達の姿があった。そのロボット達は鋭い槍を掲げ、鉄壁のような重厚な存在感を持っている。
「修理は終わりました。ロイヤルナイツ見参!」
「世界の平和は俺達が守る!」
王国最強の騎士団ロイヤルナイツだ。
「邪魔だ!」
赤い風を纏った竜は彼らを一撃で蹴散らした。だが、今のクリムゾンレッドにかつての魔王ほどのパワーは無かった。その勢いはかなり減じられていた。
「ここまで皆が戦い抜いてくれたのです。わたしが逃げるわけにはいきません!」
形の良い眉を引き締め、レオーナは覚悟を決めてプリンセスロッドを握り締めた。
「くたばれよ! 王女様ああああ!!」
凶暴な竜は赤い風を引いて大きく牙の並ぶ口を開けて向かってくる。
その時、王女の前に立った者がいた。
「この戦場はあんたみたいなお姫さんの来るところじゃないぜ。ここは俺に任せときな」
「あなたはごろつきの」
「ゴロウ!」
ゴロウのロボット、ロックハンマーだ。次元の通路での糸を振りほどき、ついに戦場に駆け付けたのだ。
ロックハンマーは鉄球を持ち上げ、襲い来る竜に立ち向かう。境夜は吠える。
「お前みたいなザコが、俺の前に立つな!」
「俺が一番に勇者に教えられたんだ。勇気を持って戦うことをな!」
「ゴロウ!」
「ゴロウ!」
「ゴロウ!」
みんなが彼に声援を送る。ゴロウは深く笑みを浮かべた。
「ここに腰抜けなんて、誰もいなかった!!」
ゴロウは鉄球を叩き付ける。暴力の限りを尽くしていた竜の口はひしゃげ、部品を撒き散らしながら転がって、物言わぬガラクタとなって小さく爆発の炎を上げた。
「なぜだ……この俺がこんなゴミに……」
「わたし達の勝ちです! おとなしく降参してください!」
這い出てきた境夜に剣を突きつけたのはセリネのナイトセイバーだ。境夜はしばらくの間、信じられないように目を見開き、
「くそおっ」
悔しさに拳を握り、地面を叩いたのだった。
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