第14話 勇者 VS 魔王
勇希が次元の通路を抜けて自分の元いた世界へと戻ってきた時、そこには期待していた光景とは違う世界が広がっていた。
町の真ん中には巨大な暗黒の大樹がそびえ立ち、その木を中心に周囲の町は魔界化が進行していた。
ビルには黒い根が張り巡らされ、大地のアスファルトは割れて暗い地面が姿を現しつつあった。
黒い雲が覆いつつある空の下にはデスヴレイズとクリムゾンレッド、魔物達の乗るロボットの姿も見える。
「エミレール、これが君がこの世界でやろうとしていることなのか」
「勇希、ザメクはどうした?」
「僕達が倒した!」
「そうか……」
エミレールはしばし目を閉じ、開いた。静かな黒い瞳がゴッドジャスティスを、勇希を見る。
「お前は今でもわたしを倒したいと願っているのか?」
「そのために僕はここへ来た!」
勇希はもう決意を固めていた。少女と軽く戦って帰ってもらおうとなどという甘い考えはもう捨てていた。今度こそ負けないという強い覚悟を持ってここに来た。
エミレールはその覚悟を受け取った。小さく息を吐く。
「分かった。父と神もかつて何度も戦ったという。わたしもお前を倒すことを心から願うべきなのだろうな」
「当然だ! 僕はもう手加減しないよ!」
「ならばお前の望みを受け取ろう!」
デスヴレイズが剣を突き出し、掛かってくる。禍々しい大剣を勇希はゴッドジャスティスの剣で受け止めるが、勢いを止めきれずに押されてしまう。
デスヴレイズはさらに何度も斬りかかってくる。その一撃一撃が重い。
剣の全体に張り巡らされた棘がゴッドジャスティスの剣を食い破ろうと鳴動する。勇希はそれを何度も打ち返して弾きあった。
ゴッドジャスティスの剣で無ければすぐに叩き折られていただろう。それほどの凄まじい剣の破壊力だった。
『勇希、このままでは』
「分かってる! でも!」
勇希は飛び下がり、上昇して斬り下ろす。攻撃に打ってでたゴッドジャスティスの剣をデスヴレイズも剣で受け止める。
「パワーならこっちだって負けてないんだよ!」
『勇希! 危ない!』
「くっ」
ゴッドジャスティスの忠告が無ければ終わっていた。貫こうと突き出された悪魔の黒い尻尾を勇希は間一髪避けた。
「エミレール、強い。あの女の子がここまでやるなんて」
『当然だ、勇希。相手は先代の魔王が選んだほどの実力者だ』
「選ばれたのは僕だけじゃないってことか。でも、選ばれたのなら僕だって同じだ!」
神と先代の魔王。それぞれに選ばれた者同士の戦い。その凄まじいバトルに誰も手を出すことは出来なかった。
勇希は剣で斬りかかるが、エミレールはそれを受け止めずに今度は避けた。デスヴレイズの手でゴッドジャスティスの体に触れて、爆発を起こした。
勇希は衝撃で揺さぶられて、墜落しそうになるのを何とか耐えた。
「あんなのもあるのか。こっちには何か武器は無いの?」
『あるが、熟練度の低い武器を使うのは勧めない。魔王には通用しないだろう』
「手持ちの武器で何とかするしかないか」
悪魔達の間では動揺が広がっていた。
「エミレール様、加勢を!」
「問題無い。お前達は見ていろ」
「は……」
そう言われては配下の悪魔達は見ているしかない。ドラゴンも動くことはしない。エミレールはちらりとナイトセイバーとパラディンの方も一瞥する。
「あちらも動く気配は無いか」
エミレールの推測をよそに、セリネはロボットの中で落ち着きがなくそわそわしていた。
「デイビット様、自分達に何か出来ることはないのですか?」
「この戦いに介入が出来るか? だが、いつでも飛び出せるように準備はしていよう」
「はい」
セリネは気分を落ち着けるよう意識して操縦桿を握った。
暗い雲の渦巻く下、戦場で勇者と魔王は対峙する。
デスヴレイズに乗るエミレールの瞳がゴッドジャスティスを見る。
「あれを使ってみるか」
デスヴレイズは剣を死神を思わせる紋様の施された鎌へと持ち替えた。勇希は注意深く相手の動きを観察した。
「何だあれは?」
『勇希、気を付けろ』
距離があるにも関わらずデスヴレイズはそれを振った。飛んできた黒い斬撃波を勇希は反射的に避けた。背後でビルが切断されて崩れていく。
「飛び道具!? それは卑怯だよ、エミレール!」
デスヴレイズはさらに黒い斬撃波を放ってくる。ゴッドジャスティスは何とか避け続ける。
「近づけない!」
連続する攻撃に勇希は避ける一方になってしまった。敵の技の精度が上がっていく。このままでは命中するのは時間の問題に思えた。
『勇希、ゴッドバルカンだ!』
「よし、ゴッドバルカン!」
勇希は戦闘データに基づいたゴッドジャスティスの指示を信頼していた。
すぐさまロボットの頭から発射されたバルカンが狙い撃つが、デスヴレイズは横に飛んで避けてしまう。だが、攻撃を止ませることが出来た。
その隙に勇希は一気に接近した。迎撃しようとデスヴレイズが鎌を振り上げる。
エミレールはまた勇希が剣で打ち合うと思ったのだろう。だが、勇希はその道を選ばなかった。スピードを優先し、剣で斬りかかるのではなく、手で鎌の柄を掴んだ。
「この物騒な玩具は取り上げておくよ!」
束の間のパワー勝負。勇希はデスヴレイズの手から鎌を奪い取り、投げ捨てた。
「お前!」
デスヴレイズの手がゴッドジャスティスの頭を掴み爆発を起こすが、ゴッドジャスティスも中の勇希もその衝撃に耐えた。
「ゴッドジャスティスは頑丈なんだよ!」
勇希は自分のロボットを信頼していた。その拳で力一杯デスヴレイズの頭を殴りつけた。
「キャアアアアア!」
エミレールは悲鳴を上げて引き下がった。
「よし、勝てる!」
勇希はそう確信したのだが。エミレールは頭を抑え、目の前のスクリーンに映るゴッドジャスティスの姿を睨み付けた。感じたことのない黒い畏怖に勇希の背筋は震えた。
「お前はそこまでわたしを倒したいのか……?」
「え……?」
今までに聞いたことのない少女の暗い声に勇希は息を呑み込んでしまった。
「わたしは今までお前を……倒したくないと思っていた。異世界から来た者に興味と好感も抱いていたのだ。だが……このままでは、わたしはお前に勝てそうにない。わたしはお前を殺さなければならない。勝つために」
「エミレール……」
「答えろ、お前の望みを。お前はわたしと戦うのか?」
「それは……」
勇希は迷った。この質問はやばい。直感でそう感じていた。
常識的に考えれば勇希には戦うしか道は無い。そう決意してここへ来たのだから。
それは始めから決まっていたことだ。勇者は魔王と戦うために異世界へ召喚された。勇希は数々の戦いを経てここまで来たのだ。自分の勝利を仲間達も信じている。
全ては決められてここへ来た。だから、答えに迷うことなど無いはずだった。
勇希は目の前のデスヴレイズを、そしてその中に乗っているだろう少女の姿を見つめて答えを決めた。
彼女ははっきりと自分の言葉で勇希を倒したくない、興味や好感を持っているとまで言い切ってくれた。
彼女は決して感情のない人間などでは無い。今までにも勇希の言葉を聞いてくれた。
だから、勇希も人に言われた使命でなく、はっきりと自分の言葉で答えようと思った。
「そうだな。僕は魔王を倒すためにここへ来た。みんなにもそう言われた。でも、僕は別に君を倒したいわけじゃない。出来れば仲良くしたいと思っている」
「そうか…………」
彼女は長く沈黙した。エミレールの中にも様々な感情が渦巻いているようだった。勇希は答えを待った。
彼女はやがて言葉を口にした。
「ドラゴンはわたしにこの世界を支配しろと言うんだ。父もわたしが強くあることを望んでいる。わたしもそれが正しいと思っている……だが、本当にそれが正しいのか? お前はどう思う?」
「間違っているよ。だって、君も本当はそれが間違いだと思っているんだろう?」
「思っている。だが、この世界は途方もなく未知で広くてわたしには分からないんだ。父ならこんな時にどうするんだろうな」
「好きにして良いと思うよ。君の本心から望むように。ここに世界はあるんだから。分からないことがあるなら僕が教えてあげるから」
エミレールはずっと世界に興味を持っていた。勇希と話をしたいと言っていた。それなのに……突き放して話をしてこなかったのは勇希の落ち度だった。勇希は今それを実感していた。
「僕は君と話したいんだ」
「勇希……お前が教えてくれるならそれもいいか」
エミレールは顔を上げた。そして、弱弱しいながらも初めての微笑みを浮かべてくれた。
勇希はそっと手を差し出す。戦いは終わると思えた。だが……赤い影がデスヴレイズの背後に現れて剣を振り上げていた。
「やれやれ、魔王と言ってもしょせんはガキか」
「クリムゾンレッドーーーー!!」
勇希はエミレールを庇って剣を受けた。ゴッドジャスティスの背が切り裂かれ、二人は揃って墜落した。
「勇希!」
「大丈夫。斬られたのはゴッドジャスティスの背中だから」
『私で無ければ大怪我をしていたところだな』
「馬鹿みたいだな……」
勇希は自嘲めいた呟きをもらす。エミレールは不安に瞳を震わせて勇希を見ていた。
「僕は今までこんなに僕を心配してくれる人と戦っていたんだ。僕は本当に戦場をよく見ていなかった……」
「勇希……」
「でも、ここからは大丈夫だから。僕は戦うよ、勇者として。君を騙そうとした悪い奴と。世界の敵と!!」
勇希は立ち上がる。ゴッドジャスティスとともに。二本の剣を持って宙を浮かぶクリムゾンレッドを睨み付ける。
デスヴレイズも立ち上がって、エミレールは部下だった男に叱責の声を飛ばした。
「何のつもりだ! ドラゴン!」
魔王のその声にドラゴンは全く動じなかった。不敵に笑い飛ばしただけだった。
「何のつもりとはこちらの言うことですよ、魔王エミレール様。あなたも勇者も、力があるのになぜそれを良いように使おうとしないのですか?」
「何が言いたいんだ?」
小馬鹿にしたようなドラゴンの声に勇希は怪訝に思う。ドラゴンは呆れたように笑った。
「馬鹿だと言っているんだよ。お前ら二人ともな! 自分達の力を自覚していないのか? 勇希、お前のロボットは世界を救える神のロボットだ。エミレール、お前のロボットは世界を支配できる魔王のロボットだ。俺達の力を合わせれば二つの世界を手にすることも夢では無いってのによ!」
「僕はそんなことをするために力を使うつもりはない!」
「わたしも……その望みはわたしとは違う!」
「そうかい。仲の良いことだな。勇希、お前は昔から良い奴だったな。親父さんに憧れ、夢を語れる良い奴だった。だが、見た夢が間違いだった」
「ドラゴン……お前はいったい何者なんだ?」
「俺のことを忘れたのか? それとも知ってて知らない振りをしているのか? まあいい。異世界最強のモンスター、ドラゴンを名乗るのもそろそろ飽きてきたところだ」
ドラゴンはゆっくりとその仮面を外した。
その不敵な笑み、鋭い青年の眼差しを勇希は忘れはしなかった。
「お前は……境夜!」
久しぶりに見る旧友の顔に勇希は驚いた声を上げた。
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