第13話 魔界の大樹ヘルドラシル
長い次元の通路を抜けた先で、エミレールは配下の悪魔達とともに別の世界へとやってきていた。
「ここが勇者達のやってきた世界なのか」
地上には灰色のビルが立ち並び、活気のある街並みが広がっている。人々や車が行きかい、町は昼の賑やかさに包まれていた。
未知の世界の感覚にあまり感情を表に出さないエミレールも興奮の色を隠しきれないでいた。
そんな彼女の乗るデスヴレイズにドラゴンのクリムゾンレッドが近づいて話しかけた。
「俺にとっては見慣れた光景です」
「お前はこの世界の住人だったな。ならばお前に訊こう。わたしはこの世界で何をすればいい?」
「エミレール様に野望は無いのですか?」
「わたしはただこの世界を見たかったのだ。世界は広いな。わたしにとっては途方もない未知の世界だ」
「では……」
エミレールはこの世界を知り尽くしているドラゴンなら良い知恵を貸してくれると信じていた。だが、その答えを聞いて戸惑いを感じてしまった。
「支配しましょう」
「支配……? それでいいのか?」
「あなたのお父様も向こうの世界でそうされようとしていたでしょう。ですから、あなたもこの世界でそれを実現するのです」
「確かにお前の言う通りだ。だが、本当に良いのか? ここはわたしの世界とは違う……」
「何を怯えておられるのですか? あなたは魔王なのですよ」
「わたしは別に怯えてはいない。父のような魔王になるのがわたしの夢だ」
「では、手始めにこの町を焼き払いましょう。そうすることでこの世界のみんなが魔王としてあなたの存在を認めることでしょう」
「分かった。この世界から来たお前がそう言うのなら、きっとそれが正しい選択なのだろうな……」
エミレールはこの世界に来たばかりでまだ興奮の冷めない手で操縦桿を握る。攻撃を放とうとした時、部下の悪魔が叫んでその手を止めた。
「エミレール様! ゲートが!」
「え!?」
見ると、出てきたばかりのゲートが薄れて、その道を閉ざしつつあった。部下の悪魔達の間では不安と動揺が広がっていた。
「俺達はこのまま戻れなくなるのでしょうか」
「勇者達を止めてくると言って残られたザメク様はご無事なのでしょうか」
「大丈夫だ。わたしの手にはこの召喚の杖がある」
エミレールはすぐに杖を出してその魔力を探った。杖は魔法陣とも繋がり、あらゆる仕組みを教えてくれる。エミレールはそれを掴んだ。
「なるほど。こちら側で召喚の力が弱まるのは、この通路が向こうの世界の環境と魔法陣を基点に作られているからだ」
「つまりどういうことなんです?」
「頭の悪い俺達にも分かるように教えてください」
「この辺りの環境を向こうと同じにし、この杖でこちらにも魔法陣を築けば、通路を固定化することが出来るはずだ」
「さすがは、エミレール様」
「よく分からないけどよく分かりました」
「うん」
エミレールは頷き、デスヴレイズを上昇させた。高空から町を見下ろし、振り上げる両手の間にエネルギー球を出現させた。その中に宿るのは小さな木の苗のような物。
「ヘルドラシルを使う。お前達は離れていろ」
指令を受けて、部下の悪魔達は輪を広げるようにその場から退避した。ドラゴンは飛びあがってエミレールの隣に並んで通信を送った。
「俺の世界に何をするつもりなんですか? 魔王様」
「この辺りを魔界化させる。心配するな、人体に害は無い。お前も勇希も何の影響もなく魔界で過ごせていただろう」
「心配はしていませんがね。魔王様のお手並みを拝見いたしましょう」
ドラゴンは通信を切った。エミレールは地上を見つめた。ずっと憧れを抱いてきた世界の平和な光景に戸惑いを感じていた。
「こうするのが正しいことなのか? 迷うことはない。必要なことだ」
エミレールは魔王として決断する。ドラゴンの言ったことは全て正しいのだ。父から託されたこともある。エミレールは魔王として強くあらねばならない。神にも負けないように。
デスヴレイズの両手を振り下ろす。地上に激突したエネルギー球が爆発となって広がり、木はしっかりと大地に根付いた。
魔界の大樹ヘルドラシルは急速な成長を遂げ、そこを中心に町の魔界化を侵攻させていく。
広がる異界の景色に人々は大混乱に陥り、逃げ惑った。
勇希達は次元の通路を進んでいく。周囲には亜空間が広がっているが、トンネルのように一本の空洞の道が伸びていて迷うことは無かった。
いくらか進んだところで白い物が道一杯に広がって通路を塞いでいるのが見えて、勇希は前進を止めた。
「何だこれ」
『触るな、勇希。それはマッドスパイダーの糸だ!』
「え!?」
ゴッドジャスティスに注意され、勇希は慌ててロボットの手を引っ込めた。
「やはり追ってきたな。異世界の勇者。いや、もうこっちの世界になるのか」
現れたのはザメクのマッドスパイダーだ。糸の壁の向こうに姿を現した。
「お前を足止めするために念入りに糸を張らせてもらったぞ」
「こんな物、超音波で」
勇希は超音波で糸を切るが、糸はすぐに周囲の糸と合わさって復元されてしまった。
「念入りに張らせてもらったと言ったはずだ。やはり、その超音波。あまり広い範囲には効力を発揮しないようだな」
「くそっ、対策を考えてきたのは僕達だけじゃなかったのか!」
「ここは自分のナイトセイバーの剣で!」
セリネは玉砕覚悟で飛びこもうとするが、デイビットが止めた。
「止めておけ、セリネ。勇者様の超音波で無ければ糸に巻き取られるのがオチだ。そうするとまた毒液を避けられなくなるぞ」
「くうっ」
前の戦いのことを思い出しては、セリネも引き下がるしか無かった。
「どうやらお前達にもう打つ手は無いようだな。これで私も安心してエミレール様の元に行くことが出来るというものだ」
ザメクは満足してその場を去ろうとするが、その動きを止めた声があった。
「俺の助けが必要なようだな!」
「え!?」
現れたのは見たことのない鉄球を担いだロボットだった。彼は通信を送ってきた。
「俺だよ。ごろつきのゴロウ様だよ!」
「ゴロウ!?」
「あなたはまた誰かのロボットを奪って!」
セリネは非難の目を向けたが、ゴロウは手を横に振った。
「違う違う。あれから俺は心を改めて一生懸命お金を溜めて自分のロボットを買ったのさ。お前達のように勇気ある戦いをしたくてな。このロックハンマーの力を見せてやるぜ!」
「何か手があるの?」
「それを今から見せてやるって言ってるんだよ!」
ゴロウは力任せに鉄球を糸の壁に叩き付けた。だが、糸の壁は柔らかくそれを受け止めただけだった。
ザメクは笑う。
「馬鹿め。パワーで切れるほどこのマッドスパイダーの糸は柔では無いぞ!」
「ここからがパワーの見せどころだ!」
ゴロウは勢いよく鉄球を振り回した。糸がくっついたままどんどん巻き取られていく。糸の壁が薄くなっていく。ザメクは思わず唖然とした。
「馬鹿な! 糸の壁を全部巻き取るつもりか? 何というパワーなのだ……だが、させん! この毒液を食らえ!」
「食らうかよ!」
ゴロウは振り回す鉄球を傾けて、糸と鉄球で毒液をガードした。鉄球は頑丈で魔界の毒でも簡単には溶かされなかった。
「馬鹿な!」
「今度はこっちの番だ!」
ゴロウは敵に近づく。驚くザメクは退くタイミングを逃してしまった。巻き取られる糸に彼の機体も巻き込まれてしまった。
「離せ! 私はエミレール様の元に行くんだ!」
「勇希! 今のうちに行け!」
勇希は感謝して先へ進むことにした。
ロックハンマーとマッドスパイダーの姿は巻き取られる糸の中へと消えていった。
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