第11話 奪われた召喚の杖

 レオーナは絶望に打ちひしがれる国王を宥めながら、魔王の機体デスヴレイズを見上げた。

 魔王と決戦に挑む覚悟はしていたが、こんなに近くでその機体を見ることになるとは思わなかった。

 魔王の機体は黒く邪悪で見る者に畏怖を抱かせる。レオーナも体が震えるのを止められなかった。

 コクピットのハッチが開く。噂の悪魔が現れるのかと思っていたが、姿を現したのは静かな黒い瞳をした長い黒髪の少女だった。

 彼女は軽い足音を立てて、国王とレオーナのいるバルコニーへと降り立った。

「召喚の杖をもらいに来た。渡せ」

 静かだが有無を言わせぬ口調。だが、相手は年下に見える少女だ。レオーナは幾分かの冷静さを取り戻して立ち上がった。

「あなたが魔王? エミレールさんなのですか?」

「そうだ。わたしが魔王エミレールだ」

 戸惑いながらのレオーナの言葉をエミレールはただ冷静に事務的に返した。

「話と随分違うような……」

「お前が言いたいのは父のことだろう。勇希がそう言っていた」

「勇希さんと話したんですか?」

「話した」

「…………」

 レオーナは少し考えてしまった。勇希と魔王は何を話したのだろう。気になったが、気にする時間をエミレールは与えてくれなかった。

 彼女はただ静かに自分の要求を突きつける。

「わたしはお前と話をしに来たわけじゃない。部下を待たせている。召喚の杖を渡せ」

「ただで渡すわけにはいきません」

「お前はわたしに何かを望むのか?」

「この戦いから手を引いてください」

「分かった」

 レオーナは戸惑ってしまう。エミレールがあまりにも簡単に要求を呑んだからだ。思えば彼女は最初から杖を渡せば手を引くと言っていた。

 レオーナは寒気がしてしまった。目の前の魔王を名乗る少女が何を考えているのか分からなかった。だから、訊ねた。

「あなたは杖を手に入れて何をするつもりなんですか?」

「お前には関係ない。渡せ。手を引いて欲しくないのか?」

 魔王の言葉は真っ直ぐで拒むことを許さない。レオーナは迷ってしまった。

「どうすれば……」

「こんな奴に渡す物などないわ!」

「お父様!?」

 見ると父が復活していた。自信に溢れた態度で立ち上がっていた。鼻息を鳴らして拳を握り、レオーナの昔見たことのあるファイティングポーズを取った。

「見ていろ、レオーナ。この父が魔王を倒すところをな! キングパーンチ!」

 王様はパンチを繰り出した。

「ちょ、お父様!?」

 いきなり魔王に殴りかかった父を見てレオーナはびっくりしてしまった。父が若い頃にボクシングを習っていたのは知っていたが、相手は魔王なのに。

 エミレールは殴りかかってくる国王をただ黒い瞳で一瞥しただけだった。彼女はただ立っているだけで何も戦う構えを見せてはいなかった。

 このままでは父は殺されてしまう。相手が少女で何もしていないにも関わらず、レオーナはそう確信してしまった。

 だが、その手はエミレールに届く前に掴まれ、捻り上げられた。

「いてて、なんじゃお前は」

「我らが魔王様に乱暴な振る舞いはしないでもらおうか」

 国王の手を捻り上げたのは竜の仮面の男だった。その声と姿をレオーナは知っていた。

「あなたは前に召喚した……なぜあなたが魔王の味方についているのです!?」

「こちらの方が俺の目的により近いのでね」

「あなたは何を」

「ドラゴン、離してやれ」

 エミレールに言われて、ドラゴンはつまらなそうに国王の手を離した。乱暴に離された国王は握られていた腕を抑えた。

「いてて、強い力で掴みおって」

「召喚の杖を渡せ」

 再度の要求。エミレールの言葉は断ることを許さない。レオーナも覚悟を決めるしかなかった。

「これを渡せばみんなには手を出さないと約束してくれますか?」

「約束しよう」

 苦渋の決断にレオーナは迷ったが、渋々と差し出すことにした。

 エミレールは静かに受け取って踵を返した。

 揺れる黒髪を悔しく見送るレオーナの前にドラゴンが立ちはだかった。

「王とこいつはここで始末しておきましょう。後々の火種になっても面倒だ」

「そんな、約束が違います!」

 レオーナは抗議するが、ドラゴンの殺意を持った爪は振り上げられる。

 それを止めたのは始めての強さを感じさせるエミレールの声だった。

「止めろ、ドラゴン。わたしはそいつと約束をしたのだ」

「ここまで来て戦乱の首謀者を放っておくのですか?」

「お前はわたしに約束を破れと言うのか?」

 エミレールとドラゴンの間で視線が交わされる。二人とも目をそらすようなことはしなかった。ドラゴンは諦めたように肩をすくめた。

「従いましょう。今の王はあなたです。それにたかが弱者二人、いつでも殺せる」

 ドラゴンの冷たい瞳にレオーナは背筋の凍える思いだった。


 デスヴレイズとクリムゾンレッドは飛び立つ。

 国王とレオーナはどうすることも出来ず、見送ることしか出来なかった。

「むざむざ奪われるとはな……」

「大丈夫です。あの杖は単体では効果を発揮しません。塔の魔法陣と合わせて始めてゲートが開かれるのです」

「奴がそれに気づいて戻ってきた時、その時が本当の勝負じゃな」

「はい……」

 国王とレオーナの意識はすでに次の戦いへと向かっていた。


 飛びあがったデスヴレイズはそのまま城の上空で静止した。クリムゾンレッドも止まり、ドラゴンは訊ねた。

「エミレール様、次はどこへ?」

「待っていろ。今杖の魔力を探る」

 エミレールは杖をそっと抱きしめて、その魔力を探った。

「召喚の杖よ。お前の力を感じさせよ」

 エミレールは静かに杖に秘められた魔力を探った。

「うむ、だいたい分かった」

 しばらくして目を開き、彼女の見る先には塔があった。

「あそこか」

 エミレールはデスヴレイズの剣を一閃し、塔の頂上の壁と屋根を綺麗に吹っ飛ばした。召喚の魔法陣がむき出しで現れる。

 それは国王とレオーナのささやかな希望を打ち砕く行為だった。

「召喚の門よ、開け」

 エミレールが杖に力を入れるとともに魔法陣から光の柱が立ち上った。その先には異世界に続く扉がある。

「この先に異世界が」

 エミレールは見上げ、すぐに仲間達の方へ振り返って声を掛けた。

「ザメク、ここはもういい! 行くぞ!」

「はい! エミレール様! くっ、時間切れか」

 マッドスパイダーはすぐに戦線を離脱した。配下の魔物達も後に続いていく。

 合流した魔王軍はそのまま異世界の扉の向こうへと姿を消していった。

 勇希は何も出来なかった。

「うう、服が……」

「すっぽんぽん……」

 最後まで動けなかった二人にも絶望を置いて戦いは終結した。

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