第3話 ごろつきとの戦い
酒場の前の通りは人で賑わっていた。勇希がセリネに案内されるままにロボットを地上へと着陸させると、人々は何だ何だと集まって見上げてきた。
「本当にここに降ろして良かったの?」
「はい、みんな神のロボットを見たがっているのでしょう」
勇希は交通の邪魔になるのではと思ったのだが、セリネが気にしないようなので気にしないことにしようと思った。
それに町の人達は確かに好奇の目を向けているだけで不満を言っているような人達はいなかった。
セリネはまだ高いゴッドジャスティスの手の平から飛び降りて着地した。見事な身のこなしだと勇希は思った。
「酒場はすぐそこです。行きましょう」
戦うという話だったが、何だか降りないといけないような雰囲気だったので、勇希も降りることにした。姿を現すと人々が集まってきた。
「あなたが異世界から来た勇者様か」
「まだ若いのに偉いねえ」
「世界を救ってください!」
何だか有名人になった気分だ。
「勇者様は使命があってここへ来られたのです。話は後で城の方で伺いますから今は道を開けてください」
セリネが有名人のボディガードよろしく道を開けさせる。開いた道を勇希はセリネの後をついて歩いていった。
「それであれがセリネさんが盗られたロボットなの?」
勇希はここに来た時から目に入っていた酒場の横に留まっていたロボットを見て言った。白銀の騎士といった感じのロボットが陽光を反射していて、王国の騎士が乗るのにふさわしいロボットのように思えた。
振り返るセリネは難しい顔をして頷いた。
「はい、わたしのロボット、ナイトセイバーです。しかもあれは隊長機なんですよ。角があって装備も他の物より少し良いんです。ああ、ごろつきなんかに盗られるなんて我ながら自分が情けない」
「大変そうですね。でも、あそこにあるならそのまま持って帰ればいいんじゃ」
「ロボットはキーが無ければ動かせないんですよ。キーはおそらくごろつきが持っているはずです」
勇希はこのまま戦いもなく帰れれば楽だと思ったのだが、やはりそう甘くはいかないらしい。
「行きましょう」
セリネが扉を開けて酒場に入っていったので、勇希もその後に続いていった。
酒場は大勢の荒くれ男達で賑わっていた。セリネが勢いよくドアを開けるとみんなの視線が集まった。
「わたしのロボットを取り戻しにきたぞ!」
賑やかな建物内に勇希は少し居心地の悪さを感じていたが、ここは堂々としたセリネに任せておこうと思った。
勇ましいセリネの声に答えたのはいかにも乱暴で屈強そうな目付きの悪い片目が眼帯の男だった。
「あの時の姉ちゃんじゃねえか。また俺にロボットをくれるってのかい?」
「今度は前のようにはいかないぞ! 今度お前の相手をするのはこちらにおられる勇者様なのだからな!」
「え? ああ、こんにちは」
いきなり話を振られて勇希がぎこちなく頭を下げると、酒場に笑いが起こった。
「わはは、そんなひよっこに頼るなんて王国の騎士団も落ちたもんだな」
「ひよっこではなーい! 勇者様のロボットは凄いのだぞー!」
セリネは完全に男達に馬鹿にされていた。
なおも嘲笑する男達に勇希の気分も悪くなってしまった。思い切って言うことにした。
「僕は魔王を倒すためにこの世界へ来ました。あなたに負けるつもりはありません。セリネさんのロボットは返してもらいます」
その言葉に乱暴なごろつきの男は手にしたコップを勢いよくテーブルに叩き付けて、ぎらつく目で勇希を睨み付けた。
「いい度胸だ。お前のロボットも俺がもらってやるよ。決闘だ!」
こうして勇希は彼と決闘することになった。
勇希はゴッドジャスティスに乗り込み、男はナイトセイバーに乗り込んだ。
酒場の前の通りにお互いに向かい合って立つ。白銀のロボット、ナイトセイバーを相手にどうやって戦おうかと考える。
「勇者様、遠慮することはありません! 思いっきりやっつけてやってください!」
セリネは地上から大声でそう応援してくれるが、彼女のロボットを派手に壊すわけにもいかないだろう。
勇希が考えていると相手の男が通信を入れてきた。
「俺はごろつきのゴロウっていうんだ。坊主、お前の名を聞いておこうか」
「僕は勇希です」
「そのロボの名は?」
「ゴッドジャスティスです」
『正義は神とともにあり!』
「なるほどな。つまりそれが俺がこれからロボを取り上げる相手の名前と手に入れるロボの名前となるわけだ。覚えておいてやるよ」
ゴッドジャスティスには選ばれた者しか乗れないんだけど、とは説明する義理は無かった。どのみち勇希には負けるつもりは無かった。
「ちょうど手に入れた王国の騎士様のロボットの試し運転をする相手が欲しいと思っていたんだ。簡単には終わるなよ!」
決闘が始まる。ナイトセイバーが足を踏みだし、細身の剣を突き出してくる。突き出されてくる剣を勇希は無理をせず後方に大きく跳んで避けた。
「よし、動ける! こっちも剣だ!」
『おお! ジャスティスソード!』
勇希の声にゴッドジャスティスが答え、大きな剣を抜いた。ゴロウは不敵に笑い、舌なめずりをした。
「お前も剣を使うのか。だが、そんな大きな剣でナイトセイバーのスピードと打ち合えるか」
「試してみるよ」
勇希はゴッドジャスティスの剣を振り下ろす。その初撃を避け、ナイトセイバーが剣を突き出してくる。勇希も剣でそれに応戦した。剣と剣が火花を散らし、打ち合う。
「大きいわりにたいしたスピードだ」
「思ったほどたいしたことないね」
「なんだと?」
勇希はゴッドジャスティスの性能を実感していた。戦いにもそろそろ慣れてきた。
「これぐらいの強さなら」
『問題ない。勝てる相手だ』
「ああ!」
ゴッドジャスティスの剣を振る。今度後退したのはゴロウの方だった。
「くそっ、パワーもスピードも相手が上なのか? こっちは騎士のロボットなんだぞ!」
ナイトセイバーが剣を投げてくる。勇希は落ち着いてそれを払いのけた。
ゴロウは焦りを見せてきた。
「なんなんだあのロボットは。ただのロボットじゃないのか!?」
「教えてやるよ! これがゴッドジャスティスだーーー!」
勇希は大空高くジャンプした。ゴロウは大口を開けて驚いて見上げることしか出来なかった。
「跳んだだとう!」
太陽を背に高くジャンプしたゴッドジャスティスはそこからキックを繰りだした。
「ゴットジャスティスキッーーーック」
ゴロウは受けることも避けることも出来ずにキックをまともに食らって倒れた。倒れたナイトセイバーに勇希は剣を突きつけた。
「決闘は僕の勝ちだ。さあ、セリネさんに謝ってロボットを返してください!」
ゴロウはしばらく目を白黒させていたが、やがて両手を上げて負けを認めた。
「参ったぜ。こんな強い奴が現れちまうなんてな。王国の奴らなんざ腰抜けばかりだと思っていたが、お前なら確かに魔王を倒せるかもな」
「勇者様さすがです! 自分は……自分は感動しましたーーー!」
ゴロウが負けを認めて、セリネが尊敬の眼差しを強く煌めかせて、決闘は終結した。
巨大なロボット同士が戦っていた。その光景は町はずれの見晴らしのいい山の上からでもよく見えていた。
「あれが神のロボットか……」
一人の少女がそこの岩の一つに腰かけて戦いの様子を眺めていた。
長い黒髪を風に吹かれるままに任せている少女の表情は固く無機質で、彼女が何を考えてロボットの戦いを見ていたのか、推測させることを周囲の者に許さない。
ただロボットに興味を持っていることだけは伺えた。その少女の背後に竜の仮面の男が現れて歩み寄った。
「エミレール様、こんなところにおられたのですか」
「ドラゴンか」
屈強な体格を持つ竜の仮面の男が背後に立っても少女は涼し気な態度を全く崩さない。何者にも臆せずにただ呟くように訊く。
「お前はどう思う。あのロボットを」
「性能はかなり高いでしょうな。だが、どれだけのスペックを引き出せるのか。勝負を決めるのは結局はパイロットの技量でしょう」
「あれに乗れるのは異世界から来た人間だったな。お前も異世界から来たのだったな」
少女が不意に振り返り、見上げる。少女の感情を映さない無機質な黒い瞳に見つめられてドラゴンは僅かにたじろいだ。
「はい、ですがあの者が私の知っている者とは限りません。向こうの世界も広いのです」
「わたしの元に連れてきてくれないか? 異世界から来た人間にわたしは会ってみたい」
「は……?」
ドラゴンはしばし考える。目の前で返事を待っている黒髪の少女が冗談を言っているようには彼には思えなかった。
「ですが、勇者を連れてくるとなったら、いろいろ問題が起きるでしょう。王国との全面戦争にもなりかねません。それはザメク殿が嫌がると思いますが」
「わたしの望むことをザメクは嫌がるのか?」
「いえ、これは私の勘違いでした。ザメク殿もエミレール様の望むことを最大限に喜ばれることでしょう」
「そうか」
望む答えを与えてやっても少女は喜びの顔一つ見せない。ドラゴンはとっくに彼女の思考を計るのを止めていた。
少女の前にひざまずき、礼を正す。
「あなたの望まれるままに事を成しましょう。魔王エミレール様」
そして、彼女の命令を果たすために真紅のロボットに乗って飛び立った。
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