第4話 赤い疾風
酒場に向かう時はゴッドジャスティス一体だけだったが、帰りはナイトセイバーと並んで勇希は空を飛んでいた。
別に緊急の用事もないので今はのんびりと空の飛行を楽しむ。眼下には城下町ののどかな街並みが広がり、時折見上げる町の人達がいる。
前方の空に視線を移す。あの山の向こうには何があるのだろうか。思っていると通信で隣のセリネが話しかけてきた。
「勇者様にとってわたし達の国ってどうなんでしょうか」
「どうって?」
「守ってもらえる価値のある国なんでしょうか」
「もちろんだよ。僕はセリネさんやレオーナさんの力になりたいし、困っている人がいたら守りたい。それに」
「それに?」
「僕は選ばれてこの世界に来たんだよね? だったら、選ばれた者の使命を果たしたいんだ。僕は父さんにそう聞かされて育ってきたんだ」
「立派な御父上様だったのですね」
「うん、母さんは夢ばかり見ているろくでなしだと言ってたんだけどね。僕には自慢の父さんだよ」
空の旅は平和だった。とても世界が魔王に脅かされているとは思えないほどに。だが、その平和も長くは続かなかった。
ゴッドジャスティスが突如として警告を発したのだ。
『気を付けろ。何か来るぞ。このスピードは……凄い速さだ!』
「凄い速さって言われても何も見えないよ」
「まさかこの領内に敵が来たというのですか」
ゴッドジャスティスとナイトセイバーは空中に止まって周囲を警戒する。何も見えない。
「いや……いた!」
空に星とは違う赤く見える奇妙な点があった。距離はかなり離れているが勇希はゴッドジャスティスの剣を抜いて構えた。
その動きを制するように、セリネのナイトセイバーが前に進み出た。
「勇希様はごろつきとの戦いで疲れているでしょう。ここはこの自分に任せていただけませんか?」
「セリネさん?」
「不名誉を挽回する機会をいただきたいのです」
彼女の意思は強かった。その固い騎士の覚悟に勇希は任せることにした。
「分かった。……って、セリネさん前!!」
「え? 前? うわああああ!」
赤い衝撃がセリネとナイトセイバーを襲った。勇希にはただ赤い竜巻が通り過ぎていったようにしか見えなかった。ナイトセイバーはなすすべもなく地上へ墜落していった。
「セリネさーーーん!」
「大丈夫です。それよりも敵を!」
セリネは地上で倒れたまま通信を送る。しばらくは立ち上がれそうになかった。
勇希は遠くの空を見る。通り過ぎた赤い風はもうかなり遠くまで離れていた。だが、旋回して再び向かってくる。
勇希は今度こそ敵の正体を見極めようと剣を構えて意識を集中した。敵が近づいてくる。敵は赤い風を纏った赤い竜の形をしていた。
『大丈夫だ。奴の突進には私のAIで対応しよう』
「ありがとう。心強いよ」
ゴッドジャスティスが太鼓判を押してくれる。だが、赤い竜は再びの突進攻撃は仕掛けてこなかった。
赤い竜は近くまでくるとスピードを落として変形した。竜の姿から人型のロボットの姿へと。マフラーをなびかせ、人型のヒーロー然とした力強さを感じさせる真紅のロボットが腕を組んで勇希の前で静かに滞空していた。
赤いロボットのパイロットが話しかけてくる。彼は竜の仮面をしていた。
「邪魔者には退場してもらった。召喚された勇者というのはお前だな。俺はお前に用があってここへ来たのだ。俺はドラゴン。そして、俺の機体クリムゾンレッドだ」
「ドラゴン!?」
その名前を勇希は知らなかったが、セリネは知っていた。
「勇希様、気を付けてください! ドラゴンは最近になって魔王軍に加わった奴で、我々の同胞が何人もやられているのです!」
「ほう、俺の名前も知られるようになったか。だが、この場で余計な口は挟まないでもらおうか」
クリムゾンレッドが組んでいた腕を解き、地上にいるナイトセイバーに向けた。勇希は嫌な予感がした。すぐに前に出て射線上で剣を構えた。
クリムゾンレッドの腕から発射された数発のミサイルをゴッドジャスティスの剣で一閃する。空中に爆発の炎が広がった。
爆風が晴れ、剣を振りぬいたゴッドジャスティスをドラゴンは興味深く見下ろした。
「そいつを守ったか」
「当然だ! 僕は勇者だ! みんなを守るのが僕の使命だ!」
「青いな。まあいい。少し遊んでやろうか」
クリムゾンレッドは二本の剣を抜いた。一つは白銀に光る真っ直ぐな長剣。もう一つ黒く歪な邪悪さを感じさせる魔剣だった。
マフラーをなびかせ、二本の剣を持った敵が突っ込んでくる。勇希は剣で応戦するが相手のスピードと技に押されていく。
「くっ、こいつ強い!」
『勇希、敵の行動パターンの分析には時間が掛かりそうだ』
「そんな物が無くても!」
勇希は剣を構えて突っ込む。敵の二本の剣を警戒していた。その注意が仇となった。ゴッドジャスティスはクリムゾンレッドのキックで蹴り返されてしまった。
「せっかくの神のロボットもパイロットがお前では宝の持ち腐れだな、勇希」
「どうして、僕の名前を!?」
ドラゴンは答えず二本の剣を合わせた。旋回する二本の刃に勇希は防戦一方になってしまう。
「お前の考えは間違っている。古い考えに縛られて一番良い選択を始めから放棄しているのだ。お前の父の過ちだ」
「お前に父さんの何が分かるっていうんだ!」
勇希はヘリコプターのように振り回す敵の剣の下を縫うように剣を横薙ぎに一閃する。クリムゾンレッドは上昇して避け、すぐに急降下して二刀の乱撃と肘打ちを繰り出してきた。
勇希には全く相手の動きに対処することが出来なかった。呆然としかける彼にゴッドジャスティスが語り掛けてくる。
『落ち着け、勇希。今私が勝利の計算式を計算している』
「分かっている。分かっているけど」
目の前の赤い存在が不気味だった。彼は言う。
「お前は本当に奴らが救わなければいけない存在だと思っているのか? お前の力はそのためにあるのか?」
「当然だ。困っている人がいたら助けなければいけない。僕は父さんにそう言われてきたんだ!」
「くだらないな。奴らは勇者にすがるしかない哀れな弱者だ。それに気づかず同じ場所にいるから、お前もいつまでもそこで止まっているのだ!」
剣を打ち合い、離れたクリムゾンレッドが急上昇する。再び竜の姿に変形し、赤い風を纏って突っ込んできた。
「強さを活かすのならば強者は強者の位置にいることだ。お前もいい加減に学ぶことだ。俺はまだお前に少しは期待しているんだぜ。この世界で久しぶりに会ったんだしな」
「お前はいったい……」
「今は俺の使命を果たさせてもらうぞ。せいぜい魔王の秘密を知る役ぐらいには立てよ。クリムゾンストライク!!」
赤い風が勢いと強さと密度を増す。赤いドリルとなって貫く衝撃に勇希は対抗する手段を持たなかった。
「うわあああああ!!」
激しい揺れが機内を襲い、勇希は気を失った。
レオーナは城の広場で二人の帰りを今か今かと待ちわびていた。だが、帰ってきたのは一機だけだった。
肩を落としたように着陸するナイトセイバーをレオーナは出迎えた。降りてきたセリネはうつむいてふらつき、レオーナの前でしゃがみこんでしまった。
「申し訳ありません、姫様。自分は勇者様に助けられておきながら、何も……何もすることが出来ず」
「落ち着いてください。事情を説明してくれますね」
涙ぐみながら話すセリネの言葉をレオーナは根気強く聞きだした。
「勇者様が魔王軍にさらわれてしまうなんて……」
「自分は……自分はもうただ情けなくて……」
「安心してください、セリネ。希望が無くなったわけではありません。実は近々お兄様が遠征から戻られると連絡があったのです」
「デイビット様が……ですか?」
「はい、きっとお兄様なら良い知恵を貸してくださいますわ。だから涙を拭いて。それまでこの国を守っていきましょう」
「はい」
太陽が地平に沈んでいく。長かった一日が終わろうとしていた。
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