第2話 神の与えたロボット
勇希が王女様に案内されていって着いた場所は城の地下に広がる大きな部屋だった。
武器はどこかなんて探すことすら意識する前に、勇希の目は部屋の中央に鎮座する巨大な物体に吸い込まれていた。
振り返ったレオーナがそれを紹介してくれる。
「これが勇者様に与えることになっている武器ゴッドジャスティスです」
「巨大ロボット!?」
そこにあったのはアニメで見たような厳つい顔をした巨大ロボットだった。レオーナは説明を続ける。
「これこそが勇者様に与えるために神様から贈られた伝説の武器。ゴッドジャスティスという名前には正義は我にありという神様の主張が込められているそうです」
「へえ、ゴッドジャスティスねえ」
何だか大げさな名前だが、自分が正義と言われて悪い気はしない。だが、問題があった。
「僕ロボットの運転なんてしたことないんだけど」
ロボットどころか自動車の運転すらしたことは無かった。もちろん免許も持っていない。
王女レオーナはそんな勇希の戸惑いにも笑顔で太鼓判を押してくれた。
「大丈夫です。このロボットには神のAIが搭載されていて勇者様のサポートをしてくれるようになっているのです」
その言葉を裏付けるようにロボットが喋った。
『うむ、私にはAIが付いていて君をサポートするぞ!』
「うわっ、ロボットが喋った!?」
「これがAIです!」
レオーナは自慢顔だ。勇希は腑に落ちない物を一つ感じていた。
「そんな凄いロボットがあるなら、自分達で戦えばいいんじゃ……」
「それは駄目です。このロボットに乗れるのは選ばれた勇者だけなのです」
『そうだ、私には選ばれた勇者しか乗ることを許されないのだ。それにロボットは操縦者がいなければ動かない!』
「そうですか」
『そうだ』
「わたし達もゴッドジャスティスを手本にいくつかロボットを作ってはいるのですが、やはり神の領域には遠く及ばないのが現状です」
何だか大変なようだった。レオーナはパンと手を打ち鳴らして話を打ち切った。
「話が長くなりましたね。では、さっそく勇希様にはこのロボットに乗ってもらいましょうか」
「いいけど、どうやって乗るの?」
見たところ乗れそうな場所が見当たらない。
『正面に立つのだ。少年よ』
ロボットに言われた通り正面に回り込んで立った。ロボットの表情なんて分からないが、まじまじと見下ろされているようだった。
『今度のパイロットは随分とひよっこだな。前の奴は強そうだったんだが』
「前にもパイロットがいたの?」
勇希には初耳の情報だった。レオーナは言いにくそうに言った。
「はい、ですが彼は赤いロボットじゃないと嫌だと言って去ってしまったのです」
「赤く塗れば良かったんじゃ……」
見たところゴッドジャスティスと名乗るこのロボットは青や白や黄色がベースで赤はあんまり無い。だが、赤が良いなら塗ればいいと勇希は思ったのだが。
その言葉にレオーナはびっくりしたように目を見開いた。
「わたし達ごときの腕で神のロボットに手を加えるなんてとんでもない!」
『神のデザインにケチを付けるなんて君は勇気のある少年だな』
「そんなつもりじゃなかったんだけど……」
二人の驚きに勇希は戸惑ってしまう。レオーナは話を切り替えるようにコホンと一つ咳払いをした。王女様らしい優雅な微笑みを湛えて言う。
「ともかくそんな感じであなたが召喚に答えて来てくれて助かりました」
「はあ」
『じゃあ、さっそく乗るか? 異世界から来た少年よ』
「はい」
断る雰囲気でも無さそうなのでそう答える。
『では、手を振り上げてゴウ! ゴッドジャスティス! と叫ぶのだ」
「ゴウ! ゴッドジャスティス!」
決め台詞は重要だって父さんが言ってたっけ。
勇希は遠い日の記憶を思い出して、言われた通りに手を振り上げて叫んで指をパッチンと鳴らした。
ロボットの額のクリスタルから不思議な光が照射されて、勇希はロボットに乗り込んでいた。そのテクノロジーに驚いてしまう。
「凄い!」
目の前のスクリーンには外の光景が広く映し出されている。
『驚いたか? これが選ばれた人間しか乗ることを許されない神のロボ、ゴッドジャスティスだ!』
「僕本当に選ばれたの?」
何だか今でも不思議な夢のような感覚を感じてしまう。
『そうだ。選ばれたからお前は召喚されてここへ来たんだ』
「でも、どうやって操縦すればいいのか」
コクピットにはよく分からない計器やレバーが並んでいた。
『適当にやってみろ。私が適当にフォローしてやろう』
「分かった」
最初は戸惑った勇希だったが段々と慣れてきた。そうしてしばらく時間が経った頃、ダンスをしているようなロボットの動きを見上げていた王女様の元へ一人の女騎士がやってきた。
青い髪をした活発そうな少女だった。
彼女は随分と傷ついている様子だ。その報告を聞いてレオーナの顔が青ざめた。
「何ですって!?」
「何かあったんですか?」
勇希の質問にレオーナはロボットを見上げて答えた。
「実は彼女には魔王の情報を集めに行ってもらっていたのですが……」
「まさか魔王に!?」
「姫様、事情は自分から説明させてもらいましょう」
「ええ、そうね。その方が早いわね」
王女様に代わって女騎士が前に進み出た。年は若いが随分と凛々しいかっこよさを感じさせる瞳だった。
「自分はこの国の騎士長を務めておりますセリネというものです。勇者様に会えたことを光栄に思います」
「はい、僕もみんなに会えて嬉しいです」
さすが騎士長というだけあって彼女の声は堂々としてしっかりしていた。しかし、そこで彼女の顔が言いにくそうに陰った。
「会ったばかりの勇者様にこんなことを言うのは誠に心苦しいのですが……」
「何でも言ってよ。僕は困っている人を助けるためにここへ来たんだ」
「では、頼らせていただきましょう。実は自分は魔王の情報を集めに酒場に向かったのですが……」
「ふむふむ」
この世界には酒場があって情報はそこに集まるらしい。勇希はこの世界の話を興味深く聞いた。
「そこでごろつきと決闘することになってしまって……ね。自分は軽くあしらってやろうと思ったのですが……」
セリネの言葉の歯切れが悪くなってきた。誰にだって言いにくいことがあるのだろう。勇希にも経験があることなので黙って彼女の話の続きを待つことにした。
彼女は指をもじもじと付き合わせて迷った末に思い切ったように顔を上げて言った。
「うっかり負けてしまってな。自分のロボットを取られてしまったのだあああ! 仕方なかったんだ。ただの三下のごろつきがあんなに強いなんて思わなかったんだああ!」
「つまり僕はそのごろつきを倒せばいいんですね」
「戦っていただけるんですか?」
セリネは驚いたように目をぱちくりさせた。勇希は優しく笑みを浮かべた。
「はい、僕は勇者ですからね。このロボットの性能を試すためにもちょうどいいかもしれない」
『ゴッドジャスティスー』
「おお! なんと力強い」
その勇敢なロボットをセリネは尊敬するきらきらとした眼差しで見上げた。勇希は悪い気はしなかった。すぐにでも飛び立とうとしたのだが、レオーナが話を戻した。
「それで魔王の情報は何か分かったのですか?」
王女様からの質問にセリネは騎士としての礼儀を正して答えた。
「あまり詳しいことは分からなかったのですが、昔魔王が現れた戦いに参加して知っていると答えた酔っ払いの老人の言葉によりますと、なんでも魔王は巨大な黒い悪魔のような姿をしていて、その黄金の瞳は見ただけで周囲の者を震え上がらせ、邪悪に裂けた口から吐かれる息は灼熱の業火となって大地の全てを焼き尽くし、その鋭い爪は地上に存在するどんな物も容易く切り裂くらしいです」
「そんな者がいればすぐに分かりそうですね」
レオーナは勇者なら当然勝てるとばかりに気易く答える。勇希は少し引いてしまったのだが。
「そんなとんでもない奴に勝てるかなあ、このロボットで」
『魔王は神様の宿敵とも呼ばれている存在だ。私のAIにはその情報はあまりないのだが、昔はよく神様と世界を滅ぼしかねない戦いをしたそうだ』
「そうなの!?」
何だか大変な戦いに関わることになったらしい。勇希は今更ながらに緊張してしまう。レオーナは太鼓判を押してくれる。
「大丈夫。勇者様なら勝てますよ」
「そうだね」
今はとりあえず目の前のごろつきだ。魔王もいきなり攻めてきたりはしないだろう。まずは戦えるようになってから決めよう。
勇希はそう結論付けて行動を開始することにした。
「まずはごろつきからロボットを取り戻そう。セリネさん、案内してくれる?」
勇希がロボットの手を差し出すとセリネは喜んでそこに飛び乗った。さすが騎士長と言われているだけあって身軽な動きだった。
「おお、これが神のロボットの乗り心地なのですね。自分は今感激しております」
その瞳は子供のようにきらきらしていたが。
「しっかり掴まっていて。落ちないでよ」
「大丈夫です。勇者様に迷惑はかけません」
中にまで入れられれば良かったのだが、ゴッドジャスティスには選ばれた者しか乗ることは出来なかった。
「悪党に我が国のロボットを悪用されれば大変なことになります。どうかよろしくお願いします」
「任せて」
見上げるレオーナの言葉に応え、ゴッドジャスティスは飛び立った。
その飛翔するロボットの姿は遠く離れた場所で水晶玉に映されていた。
暗黒の渦巻く果ての大地、魔王城の一室で一人の貫禄のある顔つきをした魔道士がその様子を見ていた。
「召喚の光が出た報告は受けていたが、あのロボットを動かせる者が再び現れるとはな」
彼は気難しい顔をして水晶玉の中のロボットの姿を見つめる。召喚の報告は受けていたが、こうも早くロボットが行動を開始するとは思わなかった。
その動向を見定めようとしていると、不意に横から声を掛けられて彼はわずかに驚いて顔を上げた。
「次の召喚者がもう現れたのか。少しは楽しめる奴だといいな。魔宰相ザメク殿」
「ドラゴンか。いきなり現れるなよ」
彼は竜の仮面をした謎の男だった。その体は一流の武闘家のように力強く隙が無い。
本来なら古くから魔王軍の幹部を務めている魔宰相ザメクがどこの馬の骨とも分からない新参者の男と対等に口を聞く筋合いなどないのだが、彼を連れてきたのが魔王本人なので表向きだけでも仲良くするしかなかった。
「ノックはしたのだがな。それに俺はこの城での自由な行動を魔王様から許されているのだ」
その言葉にザメクは不機嫌に眉根を寄せた。ドラゴンは気にせずに話を続けた。
「あの方がどこにいるか知らないか? 俺はあの方に城を案内して欲しいと思ったのだがな」
「あの方の動向は私にも分からない」
「その水晶玉があれば全てを見通せるものかと思ったがな」
「そんな恐ろしいことが出来ると思うか? 覗いていると気づかれた瞬間、私はこの城にいられなくなってしまうだろう。お前もあまりエミレール様を甘く見ない方がいいぞ」
「ふむ……」
その静かな怒りも込められた言葉にドラゴンは少し考え、踵を返した。
「邪魔をしたな。外に出てくる。何か動きもありそうだしな」
「何かするつもりか? 余計なことはするなよ。お前の行動でエミレール様の評判にも傷が付きかねないのだからな」
「なに、俺もあの方には恩義があるんだ。悪いようにはしないさ」
そう言って退室していく竜仮面の男をザメクは渋い表情で見送った。
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