第2話 学生時代

         苗字

 彼は生まれながらに強迫神経症だったわけではない。

 彼は小柄で純粋無垢な少年だった。

 彼は小一と小六を同じ小学校で過ごした。

 小二から小五を両親の仕事の都合上、別の小学校で過ごした。

 小六に元の小学校に戻ったわけであるが、唯一変わったのが「苗字」。

 しかし、親が離婚して苗字が変わったわけではない。

 遺産相続の都合上、父親が婿養子になったのである。

 そんな事情を理解出来る訳でもない同級生共が、

事あるごとに、苗字が変わった事を吹聴するのである。

 彼は、説明を一々説明をするのが煩わしくなり口をつぐむようになった。


           卒業式

 小六の彼の精神状態はアンバランスであった。

 彼は転入したばかりで右往左往していた所に、クラブの部長を押し付けられた。

彼は責任重大で職務を全うしようとしたのだが、クラブ中に大切な文房具を盗まれて、

顧問に相談した所、部員一人~に尋問するように云われた。彼は泣き寝入りする事にした。

 二学期には学級委員を押し付けられた。彼はまた一生懸命務めたが、

クラスメートは何の助けもしてくれなかった。

 三学期になって、アンバランスさが増した彼は、クラスで問題を起こすようになり、

担任の彼に対する態度が一変した。

 そして卒業式になり、担任が人生最初のハシゴを外すような事を彼にした。

 担任は、彼の名前を飛ばしたのである。

 卒業式の予行演習を何度も行っていたので、これは故意だと分かった。

 担任は弁明したが、両親はそそくさと彼を連れて帰宅した。


          親友

 彼が病気になった決定打は親友だと思っていた人間に裏切られたからだ。


 親友とは小六の時以来の付き合いだったが、自分の価値観を強要する奴だった。

グループで中心人物だった。

 小六の家庭訪問の時、担任に彼の自宅に案内して同行して来た。

その時母親が、親友が彼に対して付け入るスキを与えてしまった。

 「この子、友達が居ないから仲良くしてあげて」、と。

 彼は、以前の小学校でも普通に級友と遊んでいたりしていた。

 父親の仕事上昼寝をしているので、家に級友を呼ばなかっただけなのである。

 母親も親として切実だったのだが、子供心に十分なトラウマを与えてくれた。

そして、それは親友に弱みを付け入るスキを与えてしまったのである。

 彼と親友の立場に主従関係が生まれた。


 彼と親友の間では何度かイザコザはあったが、それなりにうまく行っていた。

 しかし、その関係も終了する時が来た。

 中二の三学期の班替えの際、親友が彼をグループから外したのである。

組める人数に制限もあったのかもしれないが、選定の機会も与えてくれなかったのだ。

その上、親友の取り巻きの一人に、彼へ外す旨を伝えさせたのである。

 彼は実際に班替えがされるまで一縷の望みをかけて親友を信じたのだが、

結果として裏切られたのである。

 彼にとって死の宣告を告げられた瞬間だった。彼の精神は崩壊し始めていた。


 彼は誰にもその真実を打ち明けられずにいた。なんとなく学校へは行きたくないなぁと

考えたりもし、両親にそれとなく訴えたりもしたのだが、父親が突如怒り狂ったので、

我慢するしかなかったのである。

 この年は彼の祖母が二人とも亡くなったりして、

二度も葬式を行なった両親の事を思うと、自分が頑張らなければならないと

自分を追い込んでいた。

 さらに不味かったのが、亡くなった祖母の亡骸の前で母親が、

「貴方には医者になって欲しい」等と彼に重圧を与えてしまったのである。

 その瞬間、彼の脳裏には「どうして…」と

過度の期待を与えないで欲しいとよぎったのだが、

相槌を打つしかなかったのである。

 そして、級友も二人の祖母を失った彼に対して何の同情も寄せなかった。


            高校受験

 彼は中三になり親友だった人間と別のクラスになった。彼らは徐々に疎遠になっていた。

しかし、彼は班替えによる心の傷が癒えないままでいた。

 彼は新しいグループを築けないでいたので、二学期の班替えでは余ってしまった。

彼はクラスのさらし者になってしまったのである。

 彼は人数の足りない班に入れてもらい事なきを得たのである。

 三学期には、クラスのリーダー格に拾ってもらうことが出来た。


 彼は学校が嫌で仕方がなかったが、彼には医者になる使命があったので、

それなりの進学校に入る事が目標になっていた。

しかも、両親には資産がないので、

国公立の大学に入らなければならない事が決定事項だった。

 

 目標は近くにある男子校だった。

 そこで上位になれば、東大だって夢ではない学校である。

その上、彼の父親もその高校に通っていたのだから宿命のようなものだった。


 彼は学校が嫌で仕方がなかったが、授業中は他人との人間関係から

解放されるので真剣に臨めた。

 彼は塾にも通っていて、他の生徒との人間関係はうまく築けなかったが、

塾の講師陣たちは優しくしてくれたので居心地が良かった。

お陰で志望校は合格圏内になっていた。


 そして受験のシーズンになった。滑り止めの高校は問題なく受かり、

いよいよ志望校の前日…。

 そこでアクシデントが起こった。

 同じ高校を受ける人間が何故か遊びに誘ってきた。

 気の弱い彼は断れず、その人間に付いて行ってしまったのである。

 後になって思えば、その人間は彼を落としてでも受かろうとしたのだろう。


 彼は帰宅後、疲れたのかうたた寝してしまった。


当然、夜眠れなく翌日寝不足のまま受験する羽目になった。


 試験は7割程度しか出来なかった。半ば諦めていたが、

合格発表日に彼の番号はあった。

 おそらく、受験倍率が偶然低かったのと、内申点が良かったのだろう。


           高校生活

 彼は春休みに必死になって勉強していた。

 受験時の点数が低かったので高校でやっていけるのか不安だったのだ。

高校で与えられた課題だけでなく、塾にも通っていた。


 そして入学式。彼は不安の中、高校生活を始めることになった。

しかし、好事魔多し。彼に悲運が降りかかった。

 教材を買いに慣れない靴を履いて走ったので、何故か半月板を痛めてしまった。

全治1カ月だった。

 お陰で二日目に学校を休む事になり、部活動の紹介を聞く事が出来なかった。

とりあえず囲碁将棋同好会に入会届を出したのだが、

病院へ何日も通わなければならなくなり、初日のみの参加になった。

 結局行き辛くなり、帰宅部になってしまった。

半面、怪我の功名もあった。クラス全員にすぐ覚えられ、優しくしてもらえた。


 そこまでは良かったのだが、入学直後のテストでクラス三番になってしまった。

 春休みクラスメートは大して勉強をしなかったのだろう。

彼らの風当たりも強くなったような気がした。

一応進学校だから皆勉強が出来るのである。

彼も自分よりも優れた人間の中で揉まれて鍛えられたと思う。

そして高校時代は、あっという間に過ぎてしまった。


そして高三になり進路問題が発生した。

担任から彼の実力では国公立の医大は無理だと宣言されてしまった。

彼は道を失ってしまった。

目標を持った生徒の成績が当然伸びるのだから、彼の成績は急降下。


その上、クラス替えの際、彼の知っている生徒が誰もいなく

既にグループが出来上がっていて上手くいかなかったのである。

彼の精神状態は徐々におかしくなっていた。

自暴自棄になったりTVゲームに明け暮れるようになっていた。

結果、彼は浪人することになった。


          浪人時代

 浪人生になったが、彼はTVゲームばかりしていた。

一応高校時代の知識が腐らないように、最低限の勉強はしていたが、

それ以外はTVゲーム。

 医学部を目指していたので潰しが効いたのだろう。

彼は数学が得意だった。しかし社会や理科が苦手だった。

数学受験の出来る経済学部を目指すことにした。

 彼は受験に失敗した原因を勉強法にあったのではないかと

考えるようになった。

 そして、勉強の基本である現代文を疎かにしていたのを自覚した。


 彼には一つ上の兄がいた。兄も浪人したのだが、

兄は一浪の末、無事中堅大学に受かったのである。

 彼は兄が使っていた現代文の教材を貰うことが出来た。

彼はその教材を見るや、目から鱗が落ちる思いをした。


その教材は弁証法をベースにし、「アンチ」と呼ばれていた。

大まかに言うと、文章を二つの対立軸の視点から青と赤で色分けをし、

さらに具体例と論点に分けるというものだった。


 彼も当初は半信半疑だった。しかし大学受験の際、

問題文がこの構造で出来ていることに驚かされた。

無事大学に合格した。


         大学時代

 一浪の末、中堅大学に入学出来たのだが、

その大学はエスカレーター式だったので内部生のグループが出来ていて、

彼はそれに馴染めないでいた。

 その上課題も多く、彼の成績は芳しくなかった。

 そこで、彼は「アンチ」を大学の勉強に使うことを思いついた。

これが功を奏して彼の学業に拍車がかかり、

三年間で4年分の卒業単位を取ることに成功した。

 しかし、彼の人間関係は最悪だった。彼は孤独な生活を送り続け

ゼミに入ることが出来ず、強迫神経症の症状が出始めたのである。

 講義内容を一言一句聞き逃さなければならなくなった。

ドアノブに触れただけで手を洗うようになってしまった。

DVDのインナーカードの痛みが気になって同じソフトを何度も購入していた。

 これらの行為をしないと不安で仕方がなくなってしまったのである。


 結局、どこの就職先も見つからず学生生活を終えることになった。

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