第3話世界は酒場に


ギルボアは空になった酒瓶をゆっくりテーブルの上においた。


「嬢ちゃん、まだいたのか?さっさと帰んな」


「ギルボアさん、お願いです。話だけでもお聞きください…!」


少女はギルボアにせまる勢いで懇願する。


「なんで俺が嬢ちゃんの話を聞かねばならんのだ?…そもそも、おまえさんは誰なんだ」


「それは…その今は言えません。しかし私はある方の紹介であなたの元へと参ったのです」


「だれだい、そいつは」


「アイリス将軍です」


「アイリス将軍…?アイリス…。アイリスってあのアイリスか…!?」


「はい、その方です」


「そうか、そうか…。あいつ将軍になったか…!…で、あいつは『いい女』になったか?」


「ええ、とても魅力的で素敵な方ですよ」


「そうか、そうか。あのアイリスが将軍かぁ」


ギルボアは嬉しそうに顔をくしゃっとして懐かしむように笑った。


「で、嬢ちゃんは、そのアイリスからの紹介でここにきた、と」


「はい、その通りです」


ギルボアは低い声を出しながら思案した後、少女を彼のテーブルを挟んで対面にある椅子に座るように促した。


「そうか、アイリスがよこして、嬢ちゃんは何者か言えないと。ほう。事情はだいたい理解した。あいつの名前を出されちゃ仕方がない。…どれ、話くらいは聞こうじゃないか」


「本当ですか!?ありがとうございます!」

少女は座ったまま深く頭を下げた。


「いいか?話だけだ。まだ俺がなにかをするわけじゃない」


「心得ております。しかしながらお聞きしてくれるだけでもありがたいのです」


「で話の内容は?あれか?重い話か?そうなんだよな?」

ギルボアはまくしたてるように尋ねる。


「え、あ、そう、ですね。真面目な話ですね」


「そうか、なら酒でも飲まにゃやってられないな。…マスターもう一本!」











ほどほどにしとけよと店主は酒瓶をテーブルへと置いていった。


ギルボアは嬉々としてすぐさま口をつけラッパ飲みで三分の一ほどを飲み


「じゃあ聞かせてもらおうか」


少女に話すよう促す。


「はい、すでにギルボアさんはご存知かもしれませんがこの国の状況を説明させていただきます」


「このアイオラ王国は海に囲まれた大陸の中央に位置し、元は複数の国々を寄せ集めて出来上がった国です。そして国の範囲としてはこの広大な大陸全てを覆っています」


「そうだな、大陸全土がいまとなってはアイオラ国だな」


「そして蒸気機関の発達により全土全てが蒸気機関車や蒸気船により移動がいままでよりもスムーズに行うことができるようになりました」


「もとはアイオラだけで発展していたのを他の地域にまで伸ばすってんだから、あの時の工事はほんと大規模だったな。大陸中が大騒ぎだったなあのときは」


「はい、しかしながらそのおかげで今日、私たちは人も物もより素早く西から東へ、北へ南へ移動することができています。皆はこうできようになったのも蒸気機関の発展のおかげと言いますが、そうではないのです」


「石炭だな?」


「はい、石炭で動かすことができる。より詳しく言うと、精巧な蒸気機関の仕組みだけを造ってもいまの私たちの技術では石炭がなければ動かすこともなにもできないのです」


少女は続ける。


「そして近年、石炭の産出量が全土で格段に落ち込んでいます。これが意味することは、誰でももうお分かりでしょう」


「石炭が…、資源がなくなってきているということだな」


「はい、石炭がなくなっても代替の資源はいずれ発見されるでしょう。しかしこのままでは国中の資源が次第に尽きていくばかりです」


「『国外』に支援を求めようにも、大昔の部族たちの奇妙な技のせいでこの大陸の外へは濃霧のせいで船は進むことができない」


「そうです。その濃霧を晴らす方法もわかっていない今、これ以上この大陸の資源を有限ととらえ慎重に使っていかねばなりません」


「しかしながら現国王、ザハマールはそのことを頑なに認めようとはしないのです」



ギルボアは酒をまた一口のみ


「それは、残念だったな、嬢ちゃん」


とからかうように呟いた。



気にせず少女は続ける。


「加えて、体の異変を訴え始めるものが出始め、また各地で気候が徐々に変わり始めていることも新たに報告されるようになりました。確認された時期が蒸気機関を取り入れてからすぐ起き始めたことから、私はこれは全て蒸気機関を使用する『副作用』ではとわずかに感じております。そのためこれ以上蒸気機関の力に頼るのは危険と考えています。…ギルボアさんもそう感じていたから『この国は終わりだ』とおっしゃていたのではないですか?」


ギルボアはぐびっと再度ラッパ飲みをした。


「そうだな…あぁそうだ。そう感じたからもうなにをしても手遅れなんだよ。なにをしてもかわらねぇ、この国は、この大陸はこのまま少しずつ死んでいく運命なんだよ。」

「それともなにか?お前さんには打開策があるってのか?」









「一つあります」







力強く答えた少女はギルボアをまっすぐ見つめた。被っている白いフードの奥にある綺麗な瞳はギルボアの目をしっかりと捉えている。


「言ってみろ」


ギルボアはぶっきらぼうに言葉を投げかける。







「宝玉です」


少女はギルボアの眉がぴくりと動いたのを見逃さなかった。





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