第七十八話 対抗 -ミセアイ-

「生意気な小娘だと思っておったが、中々に面白いものを見せてもらった。なら、私も少しばかり対抗心を燃やすとしようかの」


 難無く一体目の標的を倒した南は武器を回収し、次の番である猫又はググッと背中を伸ばして軽くストレッチする。

 想像していたよりも上を行った南の実力を認め、同時に自信の強さを隠さずに見せた相手への敬意も含めて、猫又もまた出し惜しみをすれば失礼だと妖力を高めていく。


「手に負えなくなったら早く言えよな。そん時ゃあたしが二匹目も祓ってやっからよ」

「ふん。そんな要らぬ心配しとらんで、使った道具を片付けとればいいの」

「あとは釘を拾うだけだ。そっちはさっさとおっ始めてどーぞ」

「そうか。ならば、おっ始めるついでにもっと明るくしてやろうではないか」

「あん?」


 南がしゃがんで釘を探しているのを横目に、猫又は微笑を浮かべて。

 指を曲げ傾けて地面へと落とされるは、右手の人差し指の先に灯していた小さな炎。

 そして、火が地面に触れた瞬間。


 ボ――――ッ!


 まるで撒かれた油に着火したが如く。凄い勢いで炎が地を走っていく。

 さっきまでの灯火とは比較にならない炎が盛り、トンネル内に赤い光源が広がる。


「っちち! おい猫又、俺がいる事を忘れてんなよ!」

「すまんすまん、ちと張り切りすぎたの。しかしまぁ、逃げようとしていた標的を捉えたのだ。大目に見て欲しいの」


 供助に返してから猫又が目を向けるは、地を走る炎が一際燃え盛る場所。

 ほとばしる豪炎は一箇所で渦巻いていた。


「アアアアァァァァァァァァアッ!」


 その渦巻く炎の中から聞こえてくる、叫び声。言わずもがな、絶叫の正体は標的の残りの一体である。

 周囲を炎で包み逃げ場を無くす技――――火廻ひまわり

 激しい炎と熱気に、堪らず標的は隠していた姿を現す。


「私が何もせずにただ小娘の戦闘を見ておる訳なかろう」


 残りの一体が近くに潜んでいるのに気付いていた猫又は、感覚と嗅覚から標的の居場所を突き止め、すでに手を打っていた。

 こっそりと自身の妖気を地面に流して隠れていた標的を囲い、そして、火廻による炎が燃え走る道を作っていたのだ。


「さて」


 トン、と。猫又が右足で軽く地面を踏むと。

 火廻の火力が収まっていき、標的である悪霊の体が半分だけ露になる。

 されど炎は敵を離さず。辛うじて対話が出来る程度の余裕だけを与える。


「お前にも一つ聞きたいのだがの」

「アアアアァァァァグゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

「いや、此奴こやつに会話は無理のようだの」


 逆巻く炎に叫びを上げ、熱に悶える標的への言葉を止めた。

 苦しむ霊は鼻が長く毛むくじゃらで、猫又と似た耳。恐らく、残りの標的は犬の霊だろう。

 大型犬であるシベリアンハスキーの倍はある大きさで、前足からは鋭い爪が生え、剥き出しにされた犬歯は今にも噛み付きそう。


「先程の悪霊と違い、こっちは動物霊ときたか。これでは探し者を聞いても意味が無さそうだの。供助、祓って問題ないの?」

「あぁ、さっきから殺気を放ってきて隙ありゃ襲いかかる気マンマンだ」

「飼い犬が捨てられて怨みを持ったか、野良が死んだ事に気づかずうつし世に長く留まった結果か……悪霊と化した理由は解らぬが人に危害を加える以上、祓わせてもらうの」


 再度、猫又が右足で地面を小さく叩くと。

 最初の火力よりも一層強まり、犬の霊を一気に炎が包み飲み込む。


「グアァァァァァァァオォォォォォォォォ!」


 遠吠えとも違う、雄叫び。

 痛みよりも怒り。自分を滅せようとする相手に抵抗しようと声を轟かせるが、猫又の炎はそれしか許さない。

 まさに手も足も出せず。ただただ炎に体が焼かれていく。


「では、トドメと行こうか」


 猫又の両手に妖気が集中されていき、爪が長く伸びていく。

 長さは20cm程だが、その鋭さはナイフ顔負け。切れ味も抜群である。

 そして、刹那。一瞬だけ前屈みの体勢になってから。


「――――のっ!」


 猫又は声と共に姿を消す。いや、正しくは凄まじい速さでの移動。

 その姿を目で追えていたのはこの場では二人だけ。供助と南である。

 唯一見えていなかったモノからすれば、それは前触れもなく消えたようにしか見えない。

 そう。犬の霊は段々とズレていく視界に気付き、大人しく雄叫びを上げるのを止めるのであった。


「往生際が良いのは褒めてやるの。あの世でしっかり反省するがよい」


 猫又は徐々に二つに分かれていく犬の霊を眺めながら、両手の爪を元の戻す。

 火廻によって相手を束縛した後、妖気を込めた爪撃によって炎ごと切り裂く一撃。

 炎と爪による合わせ技――――猫削ねこそぎ

 炎の渦が真っ二つにされた犬の霊を燃やし去り、地面には微かに炎の余韻が残った。


「とまぁ、こんなものだの。持ち技はまだ幾つかあるが、全てを出すまでもなかったのぅ」


 相手がもっと手応えのある霊だったらば、もっと技を見せれたのにと。

 猫又は少しばかり残念そうに独りごちた。


「どうだったかの、南? 派手さならば負けていなかったと思うが」

「……いや、あたしの負けだ」

「ぬ? あれだけ突っかかって来たというに、随分と簡単に負けを認めたの」

「目の前で見せられた力差を認めねぇ程、節穴でもなけりゃ馬鹿でもねぇ。認めなきゃならねぇのは素直に認めるさ。悔しさはあるけどな」

「ほう」

「あんたが今見せた技を使われたら、あたしは手の打ちようがねぇ。というか、炎はなんとか対処出来るが、その間にアンタはいくらでも手を出せる」


 猫又の力を目の当たりにして、肩を竦ませて見せる南。

 相手の実力を認めるのも、自分の実力の内。変な意地やプライドで視野を狭めず、猫又が自分よりも格上だと受け止める。


「っつーか、アンタ本当に猫又か? ここまでの力を持った猫又は見た事がねぇ」

「猫又という妖怪自体は希少でもなく驚異も低いが、ぶっちゃけピンキリだの。私のように経験を積んで力を磨ぐ者もおる」

「確かに元々が基礎能力が低い妖怪だからって弱いとは限らねぇかんな。あたしだって人間の払い屋でも、古々乃木先輩の足元にも及ばねぇ。ピンキリの話は妖怪だけじゃねぇか」


 弱い種族だからと言って、その全てが弱いとは限らない。中には切磋琢磨して己を鍛え、力を付けて強くなる者もいる。

 猫又もまた、その中の一人。復讐という目的を胸に燃やし、旅をしながら己を鍛えてきたのだ。

 さっき披露した数々の多彩な技が今までの努力の形である。もっとも、威力も高く応用も利きやすいが、相応の妖力を消費してしまう欠点もあるが。


「つーわけで、古々乃木先輩の相棒はアンタだ。猫又さん」

「うーむ……こうもすんなりと認められるとは、なんか拍子抜けだの」

「でも認めたからって、あたしが古々乃木先輩の相棒になるのを諦めた訳じゃねぇからな。いつか実力で追い抜いて、アンタを越えてやる」

「ほう、面白い。それは楽しみだの」


 南は決して相手の実力を偏見や私情から視野を狭めたりしない。競うべき者の力を分析し、己の至らない部分を省みる。

 ここにいた悪霊は弱くない。それを軽くあしらう程の力を持ちながらも慢心せず、己の上に居る実力者を認め、悔しさをバネにする。

 今はまだ猫又に劣っていても、彼女の伸びしろは大きいだろう。数年、数十年後。もしかしたら、数ヵ月後。あるいは明日。

 いつかきっと、その日が来るかもしれない。


「お前等、ダベってないで霊視確認しとけよ。俺は横田さんに依頼が終わったって連絡すっから」

「もうしたッスよ、古々乃木先輩。ここにはもう霊は居ないッス」

「事前情報通り、標的は二匹だけだったようだの。魑魅魍魎の類の匂いもせん」


 互いに標的を倒して会話をしていても、やる事はしっかりやって。

 猫又は嗅覚で、南は霊感による探知で。前情報による標的以外に有害な霊や妖が居ないかを索敵していた。

 依頼の前情報に手違いがあり、元々の数とは別に標的が居たりする事がたまにある。標的を祓ったからと安心していたら、後ろからバッサリ。そんな事も無いとは限らない。


「おし、横田さんにメールした。帰っか」

「そうだの。早く帰って寝たいのぅ」

「そりゃ俺のセリフだ。誰かさんのせいで昼間に寝れなかったからクソ眠ィ」


 顎が外れそうなくらい大きく口を開けて、目尻には薄らと涙。

 昼間に仮眠を取れなかった供助は眠気がMAXで、後頭部を掻きながら欠伸あくびする。

 と、左手に持っていたスマホが光りだして、着信音が鳴り出した。


「ん? 電話?」


 現時刻は丑三つ時をとうに過ぎた、午前三時。

 こんな時間に電話が掛かってくるのが珍しいが、加えて着信相手が横田である事が珍しさを割増にしている。

 深夜に依頼完了の連絡を入れても時間が時間だからか、連絡してすぐに返事が来る事がまず無いからだ。


「はい、もしもし?」

『もしもーし、おつかれさーん』


 画面をタップしてスマホを耳に当てると、気の抜ける緩い口調。

 相手は紛れもなく供助の上司、横田だった。


「珍しいですね、依頼完了の連絡後に反応があるなんて。しかも電話で」

『本当にね、自分でもそう思うよ。いつもならオネムの時間だしなぁ』

「もしかして、さっきのメールに何か不備がありました?」

『いやいや、そういう訳じゃないのよ。ちょっと急ぎの話があってね』

「急ぎの話? 依頼の追加すか?」

『そそ、依頼の話。今から追加って話じゃないから安心してちょうだいよ』

「まぁ、俺は稼げるからいいっすけど」


 とりあえずは今夜の依頼は無事終了。

 用が無くなったトンネルにいつまでも居る必要は無いので、供助は電話をしながら出口へと向かう。


「はぁ、まぁた依頼かの。そろそろ休みが欲しいのぅ」


 供助の会話だけを聞いて、なんとなく内容を察した猫又は渋い顔。さらに肩を落として大きな溜め息を吐いた。

 今週は月曜からずっと依頼が続き、明日は金曜。もし明日も依頼があるのなら、せめて土日くらいは休みたいところ。


「んで、依頼の話ってのは?」

『その前にちょいっと違う話があるんだけども』

「なんすか? 出来れば手短にお願いしたいんすけど」

『ままま、そう言わずに聞いてよ。いやほら、前に不巫怨口女の依頼で、君には私的で報酬っていうか褒美をあげたじゃない? でも、不巫怨口女の件で活躍してくれたのは君だけじゃないでしょ?』

「活躍……って、太一達の事すか?」

『そそ。経緯はどうであれ、彼等に助けられたのは確かだ。だから、彼等にもちゃんと報酬をと思ってね』


 突如として石燕高校を襲った異変。多くの人命が危険に晒された一夜。

 数百年前から存在していた妖怪、不巫怨口女。その凶源との激闘で、供助は何度も窮地に陥った。

 そして、相手の凶手に襲われ意識を失いかけた供助を救い出したのが、三人の友人達だった。

 太一、祥太郎、和歌。三人の協力がなければ、最終的な結果はどうであれ、不巫怨口女を祓う事は叶わなかったかもしれない。

 報酬も横取りされて利益どころか赤字の一件だったが、自身の部下を含めて誰一人と命を落とさずに済んだ事に。横田は彼等の助力には大きく感謝していたのだ。


『それでさっきの話に戻るんだけども、依頼は明日。でも、ちょっと遠くてね。移動費は全部出すし、宿泊場所は準備してあるから。手間が掛かるけどお願いしたいのよ』

「別にいいっすけど……それが何か関係が?」

『まぁぶっちゃけちゃうと君が泊まる所なんだけど、実はそこが依頼を受けた霊障が起きるペンションでね。ほら、明後日から祝日が繋がって三連休じゃない? 問題を解決してくれたらそのまま、三日間は好きに使っていいって持ち主が言ってくれたのよ。タダで』

「あー、なるほど。そういう事っすか」

『そ。そーいう事。依頼のランクはC。しかも今回は南ちゃんも居る。簡単でしょ』

「は? 南も一緒なんすか?」

『彼女も最近は働き詰めだったからね、いいタイミングだから一緒に骨休めさせてあげようと思ってさ』

「骨休みだぁ? 働き詰めだったにしちゃ今も元気が有り余ってんだけど」

『それは久しぶりに君と会えたからテンションが上がってるんじゃなーい? 供助君が不巫怨口女の件での傷を癒している間、君が抜けた分を埋めようと彼女が頑張ってくれたのよ』

「それを聞かされちゃ断れねぇじゃねぇっすか」

『供助君がそういう性格だから話したのよ』

「横田さんがそういう性格だったの忘れてたよ、ったく」


 その人の性格や人柄を読んで先手を打つのが横田の得意技。しかし、不思議と嫌悪感は無い。

 横田は人格を踏まえ先読みして人を動かすが、その人が本気で嫌がり困る様な方法は取らない。あくまでその人その人に合わせた形で動かす。

 口調が緩く頼りなく見える時もあるが、親しみ易くて人柄も良く、現場上がりなのもあって払い屋の部下からの信頼も厚い。

 その厚みの中に、供助の信頼も多少は入っている。


「明日……ってかもう今日の話か。いきなり誘って大丈夫かどうか分からねぇから何とも言えねぇっすけど……ま、寝る前にメールしときますよ」

『もし供助君の友達等がダメだったら、その時は君達だけで楽しんでよ。あ、あと近くに海があるらしいよ。もう十月になるから泳げないだろうけど』

「海ねぇ。真夏の時期だったら少しは喜べたかもしねぇけど、この時期じゃあな」


 いきなりの遠出で泊まりの話だが、太一や祥太郎は頻繁に供助の家に遊びに来て泊まっている。普段から友人宅に泊まりに出ている二人は大丈夫だろう。

 ただ、最近までほとんど付き合いがなかった和歌については何とも言えない。とりあえず連絡して返事を聞いてみない事には分からない。


「でも遠いって言ってたし、電車代や新幹線代が高くなりそうなら厳しいかもな」

『そこら辺は安心してよ。さっき言ったでしょ、移動費は全部出すって』

「全部って……まさか太一達の分もって事すか!? 随分と太っ腹じゃないすか」

『彼等のお陰で多くの生徒や俺の部下が助かったんだ。何十、何百の命と比べたら安いもんでしょーよ』

「そう言われたら何も言い返せねぇけど……大丈夫なんすか? 前に経費節約とか言ってたじゃないすか」

『こういう時に使う為に普段は節約してるのよ。でもまぁこれが限界なんで、食費とかは自腹でお願いね』


 節約出来るところは節約して、使う時には使う。節約するだけ節約して、結局使わないのはただのケチ。

 こういう風に余裕が出来た経費で部下を労うのも、横田が信頼される理由の一つである。


「とりあえず太一達には聞いときます。一緒に行ける人数が決まったら連絡しますんで」

『よろしくー。依頼のペンションがある場所はあとで送るから』

「わかりました。んじゃ学校までに少しでも寝たいんで」

『あー、長くなってごめんね。俺も眠いし、終わりにしようか。じゃ、おやすみー』


 供助は電話を切り、何か妙な気配を背後に感じて振り返ると。片耳に手を添えて、聴き耳を立てて居る猫又と南が。

 そして、供助が話す前からニンマリと。頬を緩ませながら体を震わせてから、大きく両手でバンザイ。


「海だのーっ!」

「海だぜーっ!」


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