第七十七話 戦法 -オヒロメ-
「横田さんから聞いた話だと、依頼標的は二匹って話だ。本来なら俺と猫又で対応するとこだが……」
供助は自分のスマホを操作し、横田から送られてきた地図を見ながら説明すしていく。
そして、前を歩く意気軒昂な女二人へと目を移した。
「という事はつまり、私と小娘とで一匹ずつ相手にし……」
「実力を見せつけて、どっちが上かハッキリしようじゃねぇか!」
猫又は腕を組んで一瞥し、南はスカジャンのポケットに手を入れたまま睨みを利かせて。
お互いが戦意を奮い立たせ、競う相手へ視線と態度で威嚇する。
「はぁ……ま、気が済むようにやれよ」
昼間、家で猫又と南は供助の相棒の事で言い合いになり、今夜の依頼でどっちが上かを決める事になった。
供助にとってはどうでもいい問題だったが、いつか供助の相棒として組みたがっていた南にとっては大問題だったらしい。
知らぬ間に相棒の座を奪った文字通りの泥棒猫に、南は納得できず勝負を仕掛けたのであった。
「今回は俺の出番は無さそうだな」
供助は独り言を呟きながら、スマホをズボンのポケットに仕舞う。
南は供助と同じく、横田の元で払い屋として働いている。しかし、供助と違うのはバイトではないという事。成人を迎えている南は既に正式な払い屋として所属している。
それでも供助を先輩として慕っているのは理由があり、払い屋という道を生きて歩く切っ掛けになったのが大きい。
その辺りの詳しい事は、また近い内に。
「今日の現場はここッスか、古々乃木先輩」
「ここが今回の稼ぎ場かの、供助」
いがみ合って競い合おうとしている割には、発した声は重なっている二人。
数歩先を歩いていた二人は足を止めて、視線を向ける先にあるのは大きなトンネル。
舗装されていない雑草が目立つ砂利道の奥。雑木林に囲まれている場所に、大きく開けられた口のように黒い大穴があった。
ここは数年前に新たな道路が作られた事で廃トンネルとなり、向こう側と繋がってはいるが今ではここを通路として使う者はいない。
微かに照らされる月明かりも届かず、真っ黒に染まっているトンネル内は、まるで異空間への入口か何かと思えてしまう。
「あ、暗くて分かりづらかったッスけど……ここ、たまにネットで見かける心霊スポットじゃん」
「ほう? つまり、もの好きな奴等がちらほらと来ているのか」
「らしいぜ。チョイッターなんかでよく、肝試しに行ってきたっつって画像あげてる奴いたな」
「成る程。面白半分で遊びに来た若者を襲い、怖がらせ、少しずつ力を蓄えていったか」
元々は力が弱く、人に害を生むまでの驚異が無かった霊や妖でも、場合や環境によっては変わる。
今回のように心霊スポットとして有名で、人が何人も来て怖がり恐怖を抱けば、そこにいた怪異を成長させる事がある。
恐らく今回の依頼はこのケース。人の恐怖心を喰らってある程度の力を得た怪異が、味を占めて肝試しに来た人を襲うようになったのだろう。
その結果、最近になってここに来た人が怪我をしたり気絶するなど、不可解な事が頻繁に起きるようになった。
それを危惧し、不安になった地区や団体が、こうして払い屋に依頼した。というのが今回の流れである。
「んじゃ、どっちが先か」
「うむ、決めるとしようか」
猫又と南。お互いに向き合い、鋭い眼光と共に放たれる威圧感。
そして、利き腕を前に突き出し、強く握った拳を大きく振るい――――。
「じゃん!」
「けん!」
掛け声を一緒に握った拳を引いて構え、勢い良く前に出す。
「ぽいっ!」
「ぽいっ!」
言わずもがな、ジャンケンである。
「っしゃあ! あたしの勝ちぃ! んじゃ一番手、行かせてもらうぜ」
「ぐぬぬ……あっちむいてホイにしとくべきだったか」
グーで勝った南は拳を高く上げてガッツポーズし、猫又は負けたチョキを渋い顔で見つめる。
これで二匹いるであろう、依頼の標的を最初に相手するのは南に決定した。
「そんじゃ、トンネルの中に行こうじゃねぇか」
「おい南。分かってるとは思うが、一応標的の意志を確認しろよ」
「わーかってるッスよ、古々乃木先輩。あたしは払い屋ッスから」
供助に返事しながら、八重歯を覗かせて笑顔を綻ばせる南。
そして、先陣を切ってトンネルの中へと入っていく。
「外は月明かりがあってそこそこ見えてたけど、トンネル内ってなると真っ暗ぇなぁ」
あまりの暗さに南は独り言を言い、さらに黒が濃くなる奥へと目をやる。
後から供助と猫又もトンネルの中に入ると、ものの数歩で目先は真っ黒の真っ暗闇。まさに一寸先は闇状態。
「猫目でも流石に暗くて不便だのぅ。しょうがない……ほっ!」
猫又は和服の袖に入れて組んでいた腕を解き、利き腕の人差し指へと妖力を集中させると。
卓球の球くらいの大きさの炎が灯された。このような暗い場所で用いる技の一つ、灯火。
トンネル全体を照らすには火力が低いが、周囲を明るくするには充分。これで十数メートル先まで視界が効くようになった。
「へぇ……あんた、火ィ使えんのか」
「ふっふふ、私は器用な女だからの。多彩な技を使えるぞ」
「ま、なんだかんだと使える技が多いだけが器用って訳じゃねぇけどな。それに器用さなら、あたしも自身あんぜ」
南は猫又の技を素直に感心したが、それだけが全てじゃないと微笑を零す。
そして、それは自信の表れでもあった。己の腕はまだまだだと自負はしているが、それでも幾つもの依頼を解決してきた。
南は南で未熟ながらも、払い屋としての誇りを持っている。
「ほう。ならば南の器用さというものを見せてもらおうではないか」
「あぁ、いいぜ。今すぐ見せてやる――――よっ!」
猫又へ返答の途中。
南は急に後ろへ振り返り様、ポケットに突っ込んでいた手を鋭く振るう。
キンッという金属音がトンネル内に響き、そして……。
「――――イギィッ!?」
なんとも言い表し難い、酷く錆び付いた鉄扉が強く擦れたような悲鳴。
猫又の灯火によって作られた、供助達の人影。ゆらゆらと壁で揺れていた黒い影から、その声は発せられていた。
「闇に紛れて近付いたら、影に潜んで襲おうってか? 姿を隠してもダダ漏れの妖気でバレバレだぜ」
南は口端を緩く釣り上げ、供助の影へと霊気を放つ。
猫又と南の影は灯火の揺れに応じて動くのに対し、供助の影はぞわぞわと揺れとは異質の動きを見せる。
先ほど南が投げ放ったのは釘。そこいらのホームセンターで売っている長さ9cm程の鉄丸釘だった。
「ギィ、サマァァァア……!」
醜い声と共に黒いナニカが蠢き、壁に刺さっていた釘が抜け落ちる。
「先に手ェ出そうとしたのはソッチだ。なら、やられる前にやり返されても文句はねぇよな?」
「イギギギギィ……!」
「でもま、人を襲うのを止めて改心するってなら、謝っけどよ」
「許サナイ、オ前ノ恐怖モ食ッテヤル!」
黒い影はじわじわと大きくなっていき、トンネルの天井までその体を伸ばしていく。
辛うじて人と認識出来る影の形。南達を威嚇し、恐怖心を煽ろうと黒い炎の如く体を揺らす。
「予想通りの反応だな。こりゃ話し合いは無理だと思うけど、どッスか? 古々乃木先輩」
「あぁ、無理だな。あっちは殺す気満々だ、こっちもそれに応えてやれ」
「オッス! んじゃ、あたしの実力をグータラ妖怪に見してやっかぁ!」
「っと、ちょい待て」
「……?」
戦闘態勢に入ろうとした南を止め、供助は今回の標的である黒い影へと一歩踏み出す。
そして、つい、と。顎を小さく上げてから、供助はいつもの台詞を口にする。
「おい、お前。人を食う妖怪……知ってるか?」
「共食いをする
指先で灯火を燃やし、供助に続いて猫又も問う。
互いが因縁を持つ、復讐を誓う仇敵の妖怪を。
「アァァ、痛イ痛イ……! オ前のセイデ痛イダロォォォォ!」
「駄目だな、こりゃ」
「駄目だの、これは」
返ってきた言葉は、問いに対してカスリもしないもの。
人の言葉を話しても、この妖怪は既に人の話を聞かない。己の感情と欲望のみでしか口を動かさない。
供助と猫又は予想のままの反応だと、興味は薄らいで肩を竦める。
「南、もういいぞ」
「オッス! じゃ、今度こそ本当にあたしの出番ッスね!」
南はようやく来た出番に、小さく舌を出して下唇を濡らす。
「怖ガレ怖ガレ怖ガレェェェェ! オ前ノ恐怖ヲ喰ワセロォォォォォォォォ!」
「そうやって人を襲って超えてきたってか。古々乃木先輩からOKが出た以上、手加減はしねぇぞ」
「喰ゥゥゥゥワァァァァァァァセェェェェエェロォォォォォォォォォォ!」
「ま、つっても先手は打たせてもらってるけどな」
人の恐怖心を喰らうに喰らって、肥大して成長した妖怪。影だった体は黒いモヤへと変化し、両手の指を鋭い刃物のように尖らせる。
その様はまるで蜘蛛の足の如く。南を握り潰し突き刺さんと、悪霊は両の手を大きく広げる。
――――が。
「思うように体が動かなくて不思議か?」
南が不敵に微笑むと同時に、悪霊の腕の動きがビタリと止まった。
「さっき言ったろ、やられる前にやり返すってな。文字通り、初っ端から釘は刺しといたって事だ」
先ほど投げた釘は一本にあらず。あの時、他にも同時に何本もの釘が
影が伸びる足元。壁と地面の境目、根っこの部分。そこに数本の釘が刺さっていた。
「あたし特製の釘だ。そう簡単にはどうこうできねぇぜ」
影縫い……とは少し違う。だが、効果は似たようなもの。
釘自体は市販されている一般的な物だが、釘に込められた南の霊気を刺した妖怪へと流し込み、その動きを鈍くさせる。
基本は鈍化だけだが、このように数本刺された場合はろくに身動きさえ出来ない。南がよく使う霊具の一つである。
「でもま、釘数本ぽっちで動けねぇんじゃ大した妖怪じゃねぇな。そんなんであたしから恐怖心を喰おうってのは無理な話だ」
「イ、ギ、ギギ……イ、ィィ!」
「お?」
南に挑発されて怒りが頂点に達したか。影の妖怪は歯軋りのような呻き声を発し、黒い体を僅かだけ動きを見せる。
地面に刺さった釘が軋む音を漏らして、さらに悪霊の影体はさらに肥大していく。
「へぇ、意外と根性あんじゃん」
「恐レロ! 怯エロ! 泣キ喚ケ!」
「しょうがねぇ、真面目に相手してやっか!」
言って、南はおもむろに着ているスカジャンの内側へと両手を入れる。
少し前屈みの状態で腕を交差させた腕。薄ら笑みを浮かばせるも、その瞳は獲物を狩る獣の眼。
「恐怖デ歪ンダ顔ヲ見セロォォォォォォ!」
南の釘による束縛を押しのけ、悪霊は大きく開かれた両手。その太く鋭く尖らせた指で貫き殺さんと。
目の前で嘲笑う
「ほうらよっとぉ!」
しかし、そんな単純にして短調な攻撃など馬鹿でも読んで対処出来ると言いたげに。
南は軽い掛け声と共に、スカジャンの内側に収めていた両腕を広げた。
刹那、鳴り響くは激しい打撃音。そして、斬撃音。
「ギャアァァァァァァァァァァァァァァァ!」
加えて、悪霊の悲鳴。
「手ぇ出すって事ぁ、手ぇ出される覚悟はあんだろ?」
言って悪戯に笑みを零す南の右手には警棒、左手にはサバイバルナイフ。
スカジャン内から両手を出した勢いのまま、襲い掛かってきた悪霊の両手を殴りつけ、切りつけた。
打撃と斬撃。二つの同時攻撃。悪霊も何かしらの抵抗がある事は読んでいただろうが、まさか二種類の攻撃が来るとは思ってもいなかっただろう。
「おいたが過ぎりゃ、過ぎたお痛で返ってくるってな」
右手に持った警棒を肩に乗せ、南は痛がる悪霊に対して軽口を叩く。
攻撃に使った警棒とサバイバルナイフは何か特別な物という訳ではない。これも釘と同様、そこいらで売っているのと同じ物。
一昔前なら週刊雑誌の後ろにあった通販ページに載っているような、ごく一般的で普通の商品。
ただ、ちょいと一手間かけてあるが。
「ほう、釘に続いて警棒とナイフとは。随分と珍しい武器を使うのぅ」
「南は俺と違って意外と器用でよ、ああやって色々なモンを武器にすんだ」
「性格は供助みとうに粗雑でガサツっぽそうだが、あっちは器用な分、供助より取り柄があるのぅ」
「うっせ」
依頼の標的を相手する必要が無くなった供助は物見遊山気分で、興味を示す猫又に答える。
普通ならば払い屋として武器を使うならば刀や杖、道具なら札や数珠などが多い。
しかし、南が使用するのは一般人が使用する武器。本来ならば霊や妖には触れも出来ない物を使い、相手をしている。そりゃあ物珍しいだろう。
「恐怖ニ脆イ人間ノ分際デ……!」
予想から外れた反撃と展開。悪霊は肥大していた黒い体を縮ませながら、南から離れようと後ろへと下がっていく。
今までに何人もの人間を襲って恐怖心を喰らい、取り込み、力だけでなく知能も付けてきた。
悪霊は感情と欲望だけに任せず、不利と感じれば一度退いて立て直す。ある程度の状況を判断する賢さも備えていた。
しかし、それを許すかどうかは相手次第。相手が自分より実力差があった場合、それすらも読まれて先手を打たれてしまう。
そう、こんな風に。
「おいおいおい、お触りに失敗したら逃げるたぁ死ぬ前は痴漢だったか?」
チャリ――――。
南の声の中に混ざる、金属が擦れる小さな音。
「ギ……!?」
ガクン、と。後退しようとした悪霊の体が急停止する。
その反動で悪霊の頭部は振られ、揺れる視界には鼠色に鈍く光る長い鎖が映った。
いつの間にと聞かれれば、それは気付かれぬ間に。
「逃がしゃしねぇよ」
悪霊の動きを止めた正体は分銅鎖。長い鎖の先端に
良く見るとサバイバルナイフの柄尻に鎖が繋がっていた。南は自分が使いやすいように分銅鎖とサバイバルナイフを繋げて使用している。
鎖鎌ならぬ、鎖ナイフと言ったところか。
ここで豆知識。よく鎖鎌は忍者が使う忍具や武器に思われがちだが、実は元々は農具である。
「このまま一気に終わらせてやらぁ!」
「人間ノ癖ニ、人間ノ癖ニィィ!」
南はサバイバルナイフを地面に突き刺して固定し、スニーカーの靴底でさらに深く押し込む。
これで悪霊は思いのまま自由に動けず、両腕も体と一緒に鎖に巻かれて先程のような攻撃は出来ない。
一気に畳み掛けようと、南の全身の霊気が高めて疾走する。
「ッらぁ!」
「イギャア!」
ダッシュから高く飛び、南は右手に持っていた警棒を横一線に薙ぐ。
鈍い音がトンネル内に響き、悪霊の頭部が大きく弾かれた。
「イイ気ニナルナ人間ンンンンンン!」
が、それも一瞬。劣勢に陥った悪霊は憤怒を露にして。
先程、両手を大きくさせたのと同じく。今度は頭部を巨大化させ、可能な限り開かれる口。
白い歯など有りもせず。黒く尖った不揃いの牙がずらりと並び、空中で自由が利かない南を噛み殺そうと首を伸ばす。
「いい気になってんのはそっちだろ」
――――バチッ。
「……ギ」
バヂヂヂヂヂヂヂチチチチチッ!
「ギャアアアアアアアッ!」
悪霊の全身に走る高圧電流。青白く照らされるトンネルの中。
南の左手に握られているのはスタンガン。スカジャンの袖内に隠していたのを取り出して、近付いてきた悪霊の頭部へと容赦なく放電する。
「お前の行動なんかバレバレなんだよ、ばぁか」
自分よりも弱い人間を襲い、恐怖を喰らい、半端に力を身に付けて調子に乗っていた敵が滑稽で。
南は膝を曲げて着地してからゆっくり立ち上がり、鼻で笑う。
悪霊の攻撃を危険など微塵も感じさせずに
「後が
ひゅ――――。
短い風切り音の直後、鈍器で殴打されたような鈍い音。
スタンガンによる電撃を喰らって
悪霊の頭部は顎下からカチ上げる形で大きく煽られ、同時に顎から鼻先付近までがごっそり抉られる。その顔面には深い溝が作られた。
「ほい、一丁あがり」
抉られた箇所から霧散していく悪霊を眺め、南は勝ちセリフと共に微笑む。
そして、軽く上げられた右手には標的を倒した武器が戻ってくる。
右手の薬指には輪っかが作られた紐が通されて、紐の先には連ねられた二枚の小さな円盤。いわゆるヨーヨーであった。
釘、鎖分銅、警棒、ナイフ、スタンガンにヨーヨー。本来の払い屋が使う道具といては珍しい物の数々。これらが南の武器にして、払い屋としての戦闘方法である。
「さ、次はアンタの番だぜ」
完全に悪霊が消え去っていくのを見送り、後ろを振り返って挑発的な表情で。
南は猫又へと微笑混じりに、視線を送った。
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