第七十六話 先後 後 ‐センパイコウハイ コウ‐

 家に住んでいる猫又と、供助の友人である太一、祥太郎、和歌。

 さらに今日は供助の後輩である南も加わって、居間がいつもよりも圧迫されていた。

 全員でテーブルを囲み、友人の三人はなんとも気まずそうに座っている。理由は一匹と一人。

 テーブルを挟んで対面に座る猫又と南が、ピリピリと張り付いた空気を放っていた。


「なぁ、祥太郎……なんか、空気が怖いんだけど」

「なんて言うか、凄い緊迫感というか緊張感があるね……」

「というか、なんで私もいるんだろ」


 猫又と南。二人が何をしてるという訳では無い。ただ座布団に座って、コップに入った烏龍茶を飲んでいるだけ。

 なのに、居間には普段とは異なる雰囲気が充満していた。そんな空気に耐えながら、ひそひそと話をする三人。


「こんだけ人が居ると、部屋が狭く感じるな」


 太一達がピリついた空気に耐えていると、着替え終わった供助がようやく二階から降りてきた。

 学校の制服から、Tシャツにジャージというラフな格好になったいた。


「ん? なんだ、お前等。正座なんかして」

「い、いやぁ……なんと言うか、空気に飲まれて思わず……」

「なんだそりゃ」


 太一が察してくれと視線を送るも虚しく、供助はどっかりと畳の上に座る。


「おい、南に猫又。いつまでいがみ合ってんだ。落ち着けねぇだろうが」


 二人の空気に気付いていないかと思えば、供助はしっかりと気付いていた。

 払い屋としてバイトをしているのもあって職業柄、こういう敵意や戦意が含んだ空気には敏感なのである。


「いやの、私的には別にいがみ合うつもりはないんだが……あっちからこうも敵意を剥き出しにされるとの」


 和服の袖に腕を収めて腕を組み、猫又は対面に座る南を一瞥する。

 対して南はその視線に睨み返して舌打ちをし、頬杖していた手でテーブルを強く叩く。


「ちょっと古々乃木先輩! 誰なんスか、この妖怪は!? なんで古々乃木先輩の家に居るんスか!? おかえりってなんスか!?」

「大声を出すな、テーブルを叩くな、一度に何個も聞いてくんな」


 供助は面倒臭そうに大きく溜め息をして、胡座あぐらをかいた膝の上で頬杖をつく。


「こいつは見ての通り猫の妖怪で、猫又ってんだ。俺の相棒でここに住んでる」

「あ、あああ、相棒ぉぉぉぉぉ!?」

「まぁ組んでからまだそんな長くねぇけどな」

「こいつが! 古々乃木先輩の! 相棒なんスかっ!?」

「だからそうだって言ってんだろ」


 南は猫又を指差して睨むも、猫又は視線を受け流して烏龍茶を飲む。 


「古々乃木先輩の相棒はあたしがなるって言ってたのに! なのになんで他の女と組んでるんスかぁぁぁ!」

「それはお前が勝手に言ってただけだろ。俺に文句言うな。つーか、横田さんから聞いてねぇのか?」

「聞いてないし知らなかったッスよ! 腕を磨いて古々乃木先輩の相棒になるって決めてたのにぃぃぃぃぃ!」

「横田さんの野郎、自分が相手するの面倒だからってわざと南に言ってなかったな……」


 またさらに騒がしくなる南に、供助は頭を抱えてごちる。

 こうなる事を予想して放置していた横田さんに、今度電話した時に文句の一つでも言ってやらないと気が気が済まない。


「のぅ、太一。こっちはほっといて対戦せぬか? この前のリベンジだの」

「えっ、いや……いいんですか? なんか猫又さんが理由で騒がれてますけど……」

「構わん構わん。勝手に向こうが騒いでおるだけだの。供助がなんとかするだろうて」


 騒がしい南とゲンナリしている供助を尻目に、猫又はテレビの前に移動する。

 そんな猫又に和歌が近付き、小声で話し掛けてきた。


「猫又さん……もしかして南さんって、供助君と同じ払い屋なんでしょうか?」

「奴は耳や尻尾を隠していた私をすぐさま妖怪だと気付いた。ま、そういう事だろうの」

「そっか、じゃあ年上なのに供助君を先輩と呼んでるのって……」

「払い屋として、という事だろうの。供助をなんでそこまで慕ってるかは解らんが」


 猫又はテレビ台の下からゲームのコントローラーを取り出しながら、和歌に答えていく。

 後ろからはまだ騒いでる南の声が聞こえてくるが、我関せずと格ゲーの準備を進める。


「上の決定だとしても、なんだとしても! あたしはこの妖怪が古々乃木先輩の相棒だなんて認めねぇッス!」

「って言われてもなぁ……」

「第一、こんな遊び呆けてるのが役に立つんスか!?」

「ぬ?」


 南がゲームをしている猫又の背中を指差すと、それに気付いて猫又が反応する。


「さっきからガチャガチャと対戦して、ちっとも役に立ちそうな気がしないッス! 古々乃木先輩の相棒にはとても思えないッスよ!」

「役に立たないとは失礼な。私が今までにどれだけ供助のフォローをしてきた事か。見た目だけで判断するとは、まだまだ若いのぅ」

「んだとぉ!? 座布団を枕代わりにして、寝っ転がりながらゲームしてる奴に言われたかねぇよ!」

「ふふん、出来る女と言うのは休む時に休み、遊ぶ時は遊び、寝る時にはしっかし眠るものだの」


 供助の後輩とは言え、初対面の人が来ている最中だというのに、猫又は普段通りだらけた格好で太一とゲームしている。

 真面目に話している南に対し、猫又は全く説得力の無い台詞を言う。


「何が出来る女だ。それだとぐうたらしてるだけじゃねぇか。あと猫又、今夜も依頼が入った。遊ぶのもいいが程々にしとけよ」

「なぬっ!? これで四日連続ではないか!? 少しばばかり多くないかの?」

「また怪異が騒ぎ出して、依頼が大量に入ってきてるんだとよ。この間、寿司食ったんだから文句言うな」

「えぇー? 太一と対戦していたのにのぅ……依頼があるとなれば、仮眠せねばならんか」

「いや、学校ある俺と違って、お前は徹夜しても昼間に寝りゃいいだろ」


 昼に学校がある供助は依頼前に仮眠を取らないと次の日が辛いが、学校の無い猫又は徹夜で依頼をしても翌日の昼間に寝れる。

 供助と同じように仮眠を取る必要は、そこまで優先度が高い訳では無い。まぁ、依頼中に眠くなってヘマをしたらゲンコツの刑だが。


「はーぁ、なら対戦はもう終わりにするだの……せっかく新コンボの練習したのに、お披露目は今度か」

「お前はいつも家にいるんだから、ゲームなんて好きな時にできんだろうが」

「私は対人戦をしたいんだの! 格ゲーは難しいコンボを決めてドヤ顔するのが醍醐味ではないか! 一人でずっとCPU戦をするのは寂しいんだの!」

「あーはいはい、悪かったよ」


 南に続いて猫又の相手と、もう面倒くさくて仕方ない供助。

 小指で耳を掘じり、相槌を打って適当に謝って済ます。


「はい! はいはいはい!」

「んっだよ、南」

「なんかー、古々乃木先輩の相棒さんが乗り気じゃないみたいなんでー……今夜の依頼、代わりに私がお共するッス!」


 背筋をピンとして、肘をまっすぐ伸ばした綺麗な挙手。

 南はここはチャンスとばかりにアピールする。


「つってもなぁ……依頼は俺と猫又でやるって事になってるし、報酬や難度だってそれに合わせたモンになってっからな」

「大丈夫ッス! そこのグータラ妖怪より優れている自信はあるッス! いや、自信しかないッス!」

「まぁ確かに、寝転がって遊びながら愚痴を言う奴よかマシな気はするな」

「でスよねぇ!? あたしの方が絶対に役に立つッスよ! そんであんな奴とは解散して、あたしと新しく組みましょう!」


 南は横目で猫又へと視線をやり、ニヤリと馬鹿にした笑みを見せる。


「ちょいと待てぃ! 誰がグータラ妖怪で役立たずだの!?」

「この場に妖怪ったらあんたしかいねぇだろ。いいんだぜ、そのままゲームしてて。役に立たないで愚痴ばっかのあんたより、あたしの方が古々乃木先輩の負担が減るってもんだ」

「私が供助の負担となぁ!? 私の力も知らずに言いたい放題に言いおって……! 私が供助の負担となってるのは食費だけだの!」


 負担になってる部分はあるのかよ、とそこにいた太一達は心の中でツッコミを入れる。

 猫又も南の挑発に乗せられて熱くなっているのか、自分の発言に気付いていない。

 猫又は普段は頭も切れて知識も豊富だが、感情が高ぶるとたまにポンコツ具合が現れるのがキズである。


「ならば今夜! 依頼で私の実力の程を見せてやろうではないか! その目付きの悪い目をひん剥いて見ておくんだの!」

「おーいいぜ! こっちこそアンタにあたしの凄さを見せてやんよ! たかだか猫ごときに負ける訳ねぇかんな!」

「その猫ごときに負ける粋がった小娘は、それはもう見ものだろうのぅ!」

「あ、もちろん報酬は古々乃木先輩のものッス! あたしはこのヘタレ妖怪に実力の差を見せければいいッスから!」

「にゃにおう!? キャンキャン犬みとうに吠えくさってからに! 逆に年季の違いを見せてやろうではないか!」


 二人……正しくは一匹と一人が、ぎゃあぎゃあと騒がしく言い合っているのを、供助は頭を抑えながら心底面倒臭そうにして見ていた。

 とりあえず、太一達はそんな供助に同情の視線を送るのであった。


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