第七十九話 条件 -クチドメ-

「どへぇー、ようやっと着いたのーぅ」

「座りすぎてケツいってぇ」


 駅の出入り口から出てくるは、疲れきった表情で肩を落としまくる猫又と南。

 電車を二度乗り継いで揺られる事、二時間半。最初はテンションアゲアゲで気持ち浮き立っていた二人だったが、長時間の着座に大人しくなっていった。

 目的地の最寄駅に着いた時にはこの通り。疲弊しきって腰を曲げて歩いている。

 その後ろに続いて、供助や太一、祥太郎、和歌も駅街へと出て来た。


「確かに移動時間は長くて、私も少しお尻が痛い……」

「僕もだよ。座りっぱなしって結構キツイよね」


 和歌は着替えなどが入った大きなカバンを肩にかけ直して苦笑する。

 それに対して隣に居た祥太郎も腰の辺りを擦りながら、少しずれていた眼鏡を整えた。


「で、供助。ペンションとやらはここからどれ位なんだ? 俺も流石に疲れたぞ……」

「確かオーナーが駅前に車で迎えに来てくれてる筈だから、それが最後の乗り物だ」

「まだ乗るのか……まぁゴールが見えたから気は楽だけどさ。その迎えの車ってのはどこに来てんだ?」

「あーっと、駅前から見えるところにフクロウの像があるから、その近くで止まって待ってるらしい」

「車種は?」

「灰色のバン」


 供助は太一に答えながら辺りを見回し、目印のフクロウの像と迎えの車を探す。

 すでに空は暗く夜を迎えたが、まだ八時になったばかり。駅前は色々な街灯で明るいが、昼間ほど明るくはない。明るさが疎らで見つけにくく、太一も一緒に探す。


「ところで供助、その今から乗る車の移動は目的地まで何分掛かるのかの?」

「横田さんから送られてきた案内では三、四十分だとよ」

「ひぃぃ、そんなに掛かるのかの!? それではお尻が二つに割れてしまう……」

「くだらねぇ事を言える元気があんなら大丈夫だ。一時間も掛かんねぇんだからまだマシだろ」


 ゲンナリしている猫又を見向きもせず、供助は欠伸を堪えてなかなか見つからないフクロウを探す。

 すると駅前から少し離れた右手側に、遠目ではフクロウかは分からないが、何やら銅像っぽい物が見えた。

 外灯が当たっていなくて色は見えにくいが、その銅像らしき物の近くに車が止まっているのも。


「多分あれか? 他にそれっぽいのねぇしな」

「んじゃ、あたしがひとっ走りして確認してくるッス!」

「いいのか? ケツいてぇって言ってたのに」

「少しでも体を動かして筋肉をほぐしたいッスから!」


 南は両手を大きく上げて背伸びしてから、パーカーのフードを揺らしながら小走りで向かっていった。


「ねぇ供助君、南さん一人で大丈夫かな? まだ遅い時間じゃないけど夜の街だし、皆で行った方が良かったんじゃ……」

「大丈夫だって。あいつは払い屋として化物と戦ってんだ、街のヤンキー程度どうって事ねぇよ。それに空手を習ってたしな、人間の相手は俺より上手ぇだろうよ」

「そうかもしれないけど」

「なにより、あの眼力だ。そうそう手ぇ出されねぇだろ」

「た、確かに……でも」

「ん?」

「迎えに来てくれたオーナーさんが怖がって逃げたりしない、よね?」

「……それは考えてなかった」


 横田から送られてきたメールでの情報では、オーナーは五十歳男性と書かれていた。

 南の鋭い眼力で見られてオーナーが怯え震えれば、傍から見れば親父狩りをしているように見えよう。

 最悪、不良に絡まれたと思ってオーナーがその場から逃げ去ってしまったならば、ペンションまでの足を失ってしまう。

 車で三、四十分の距離を徒歩。何時間かかるか分からない。下手すれば日付が変更しても着くかどうか。

 すでに長時間の移動で疲れている。それだけは避けなければ。絶対に避けなければ。


「しゃあねぇ、俺らも……」

「あ、南さんがこっちに手を振ってる」


 南単騎だと眼力による威圧感と夜の街というフィールド効果で恐怖心ドンッ!さらに倍!

 なので恐怖心を和らげようと全員で向かおうかと思った時。南がこっちを見て手を振ってきたのだ。笑顔で。

 元々整った顔立ちをしている南。普段はアレだが、こうして笑えばモデル並みに可愛い。もう一度言うが、普段はアレだが。




   ◇   ◇   ◇




「いやぁ、最初はカツアゲかと思って焦ったよ」


 駅からペンションに向かう車中。所々に白髪が混ざる壮年の男性が、微笑を零してそう言った。

 口髭を伸ばしていて肌が少し色黒いのが特徴的で、人あたりが良い印象が持てる。


「すんませんね、ウチの連れが脅かしちまったみたいで。悪気は無ぇんですけど」

「あっはっは、見た目で判断してしまった私が悪かったんだ」

「けど、わざわざ駅まで迎えに来て助かりました。さすがにこの時間じゃあバスも動いてなかったんで」

「いいんだよ、これくらい。それに助けてもらうのは私の方だからね」


 助手席に座る供助はオーナーと会話をしていき、後部座席に座る南はバックミラー越しに目が合う。

 さっきまでの陽気な雰囲気は消え、オーナーは訝しげに口を動かす。


「君達がその……払い屋なのかい?」

「払い屋なのは俺と、後ろに座ってる黒髪の女と目付きの悪い女の三人っす」

「そうなのかい。いや、なんと言うか、まさかこんなに若い子だとは思わなくてね……」


 想像していた払い屋とは違って、来たのは女子供ばかり。成人を迎えているのは南だけ。猫又もまぁ成人といえば成人か。

 魑魅魍魎を払う者といえば、それなりに歳を取ったお坊さんとか神主さんとか。普通のイメージではそういう風なのを予想する者が多いだろう。

 漫画やアニメ、ホラー番組などのメディアだと大体がそのパターンばかりなので、そこから霊を払うといえば歳を取ったお坊さんというイメージが広まったと思われる。

 

「ま、年齢や見た目はこんなんだけど、あたし達ゃ腕には自信ある。安心していいぜ、オーナーさん」

「あぁ、ごめんごめん。別に腕を疑ってた訳じゃないんだ。霊を祓うってなると、想像して出てくるのは年取った爺さんとか婆さんだからね。意外だったんだ」

「あー、わかるわかる! あたしも払い屋になる前はそういうイメージだったわ!」


 バックミラーでチラチラと見てくるオーナーに、南はカラカラと笑いながら背もたれに寄り掛かって足を組む。

 除霊の依頼を頼んでくるのは大きな土地を持つ企業や、多くの物件を持つ不動産屋などが多い。その場合、責任者として依頼してくる者は大体が役職を持っている壮年の人がほとんど。

 成人したとは言え、南は二十歳。そういう人達からすればまだまだ若く、子供に近い扱いをされる事も珍しい事じゃない。

 しかし、依頼を幾つもこなしていけば慣れてくるもので、南は怪しまれる反応をされても軽く流せるようになっていた。まぁ、元は勝気で短気な性格なので、払い屋になりたての頃は度々カチンと来ていたが。

 そして、街中から外れて行って風景に明かりが無くなっていく窓の外を眺めながら、供助が二人の間に入る。


「逆に言っちまえば、今回の依頼は俺等みたいな女子供でも余裕でどうにかなる程度って事だ。すぐに終わらせちまうんで」

「余裕って、アレを……?」

「あれって事ぁ、オーナーさんは依頼の原因になってる霊を見たんすか?」

「あ、あぁ……私は今までに色々と不思議な体験をした事はあったが……アレほどはっきりと見えて恐怖したのは初めてだった」


 仕事柄、不動産をやっていると色んな人と関わる事が多い。仕事の経験からオーナーは人を見る目にそれなりの自信があった。その供助達を信用したというのもある。

 一番最初に受けた印象が、肝が座っている。そんなイメージを強く感じていた。

 言動、行動、見た目。それらは歳相応なのに、どこかが違う。落ち着いているというか、漂わせる空気に余裕がある。といえば良いか。


「ウチみたいに物件の賃貸を仕事にしていると、やっぱり多いんだよ。今回の依頼みたいな事故物件ってのはさ。だから、そういう時の為に不動産協会がお得意先にしている所があるんだ」

「それが俺等んトコってか」

「知り合いに相談したら進められてね。その知り合いも前に何度も助けられたって言ってたんだ。見た目で判断はしないよ」

「まぁ、こっちも仕事は責任を持ってやってる。依頼主がこっちを信用してるしてない関係無く、俺等は請け負った依頼をこなすだけだ。飯を食ってく為にな」

「仕事ってのはそういうものだ、それでいいさ。私も仕事に支障が起きてるから除霊を頼んだ。君達を信頼しているしてない関係無く、原因となってる霊を祓ってくれなきゃ困る。君と同じく飯を食いっぱぐれない為にね」

「お互い飯を食う為に働く。当然のこったな」

「でも、払い屋には感謝してるんだよ。それに悪霊祓いなんて個人で頼むとかなりの大金を要求されるけど、協会を通せば良心的な値段で且つ、信頼出来る所から人が派遣されるからね。条件付きとは言え、こちらとしては有り難いよ」

「条件付き? そうなのか?」

「知らないのかい? 容姿や特徴、関わった払い屋の情報を口外しない。それが条件だよ」


 ドアの肘掛に頬杖していた手から顎を浮かせて、供助は運転するオーナーを見やる。

 今まで幾つもの依頼を受けてきたが、オーナーが言った条件は初めて耳にした。


「古々乃木先輩、知らないんスか? この界隈は一般人に顔を知られると面倒なんで、依頼主には口止めさせてるんスよ」

「へー、初めて知ったわ」

「普通なら最初の研修期間の時に言われるんスけどね。教わらなかったんスか?」

「いや、覚えてねぇや。言われてみれば教わったような気も……」


 頬杖の手に顎を戻し、眉を寄せて考えてみる供助。が、やはり思い出せない。

 供助は馬鹿だが、記憶力が悪い訳ではない。恐らく、教えてもらった時に興味がなくて話を聞いていなかったんだろう。

 供助の研修に付いた上司に対しては失礼な話であるが。


「それに人と接する職業柄、色々な話や噂も耳に入るからね」

「ふーん。まぁ怪談だの都市伝説ってのは土地柄に合わせて、細かな部分が違うだけで似たようなモンが必ずあるからな」

「本当かどうかは分からないけど、この手の話題は尽きないよ。この頃だとそうだね……小さな子供が何も無い所を眺めて怖がるとか、飼ってるペットが行方不明なったとか、どこかから歌が聞こえてくるとか」

「どこにでもあるようなのばっかだな。ペットに関しちゃどっかに逃げただけってオチだろ」


 供助は鼻を鳴らして、捻りのない噂に眉を緩める。

 どこにでもあるような、どこかで聞いたような。そんな代わり映えのない噂話。

 供助も言った通り、ペットの噂に至っては飼い主の管理責任の問題な気がする。


「で、最近……その噂の中に今回の依頼であるペンションが入ってしまってね。それが噂じゃなくて本当だから頭を抱えてる、って訳さ」

「自殺した人の霊が現れる呪われたペンション、って感じかねぇ」

「ははっ、そんな感じだよ。自殺した人どころか、死んだ人も居ない物件なんだけどね」


 オーナーは小さく笑って答えるも、その笑いはどこか渇いていた。

 そりゃそうだ。嫌な噂が流れて利用客が激減し、SNSが流行している昨今では他県に広まるのも早い。

 客は来なくても、来た時の為にペンションの維持費が掛かる。早急に何とかしなきゃいけない状況で、冗談を言えても本気で笑える心境ではない。

 そんな仕事の話を続けていく供助達の後ろの席。後部座席の二列目に座る一般人の三人は、ひそひそと小さな声を出す。


「……僕達、一言も喋ってないね」

「真面目な話をしてる後ろで騒げないしな」

「私達が入れる話題じゃないし……大人しく待つしかないわね」


 オーナーにこの近くに何があるか、観光地や遊び場のオススメがあるかを聞きたかったのだが、仕事の話をされちゃそうもいかない。

 太一達はあくまでついでのオマケであって、メインは供助達の依頼である。供助達が依頼を解決しない限り、安心してペンションに止まれないのだ。

 その辺りをわきまえている三人は、静かにして仕事の話が終わるのを待つ。

 そして、車に乗ってから喋っていない者がもう一人。


「腹ぁ減ったのぅ」


 仕事の話だろうが関係無く。長旅で夕飯をまだ食べていない猫又は腹を押さえて呟いた。

 

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