第六十三話 助人 ‐タスケビト‐
誰かの声が聞こえて、失いかけていた意識の中に響いて。
供助は何とか目を開き、映るは霞む視界。それでも現れた人物の輪郭は映される。
ぼんやりと映し出される、眼前にあった光景は。
「お、前は……」
謎の人影の正体、それは――――。
「供助から手を離せってんだっ!」
耳にピアスを付けて、聞きなれた声の金髪の少年。
「た……い、ち?」
供助のクラスメイトで、友人の――――太一だった。
そして、太一が殴った事によって不巫怨口女の視線が供助から離れ、隙が出来たのを見計らい。
「今だ、祥太郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
もう一人の助っ人の名を、叫び呼んだ。
「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
恐怖で声を震わせ、けれども勇気を振り絞って。
太一に続いて、持っていた金属バットで供助の首を掴む不巫怨口女の腕を叩き付けた。
「あれは……供助の友人ではないかっ!?」
予想していなかった人物の登場。
しかも、霊感の無い一般人が供助の窮地を救う助っ人として現れた。この想定外の事に、猫又も驚きの色を隠せない。
「がっは、ごほっ……はぁ! っは!」
不巫怨口女による締め付けから開放され、供助は脳に酸素を届けようと大きく、激しく息をする。
現れた予想外の助っ人。それに驚くよりも何よりも、まずは呼吸をするのが最優先だった。
「祥太郎、早く供助を助けるぞ!」
「で、でも……首以外にも何本も手が掴んでて……」
「くっそ、この野郎……!」
供助を今だ壁に押し付け、四肢を掴み縛る不巫怨口女の腕。太一はその内の一本を右手で引き剥がそうと引っ張るも、離れる気配は全く見えない。
不意打ちの一発で不巫怨口女の動きも少しばかり止まっていたが、太一は払い屋でもない一般人。
威力が低いのは当たり前。意識外からの一撃だったというだけで、十秒も意識を逸らせただけでも御の字であった。
「祥太、郎……右腕の、を、頼む」
「えっ!?」
「右腕さえ自由にな、りゃあ……あとは自分、でや、る……」
「解った、右腕のだねっ!?」
翔太郎はバットのグリップを握り直し、大きく振りかぶる。運動は得意じゃない祥太郎だが、何も速く飛んでくるボールを打つ訳ではない。
狙う的は大きく長い。振り上げたバットを、力一杯振り下ろす。
「このぉ!」
ベキッ。バットを通して感じる嫌な感触と、音。
しかし、今の一回だけでは不巫怨口女の腕を完全に折る事は叶わず。供助の右腕はまだ締め付けられ、骨が軋み悲鳴を上げている。
「この、この、このこのこのっ!」
一回で駄目なら、二回。二回で駄目ならば三回。
祥太郎は大事な友人を助けるべく、何度も何度もバットを打ち付ける。
「アア、アアァァァィイイィ……」
「ひぃ!」
いきなり現れ、殴りかかって来た払い屋でもない只の人間。
ダメージなどある筈も無く、不巫怨口女は祥太郎に顔を向けて。そして、興味も向けた。
「これでも喰らえっ!」
祥太郎が怯えて固まる横から太一が持ち構えるは、校舎内から持ってきていた消化器。
安全弁を外し、噴射口から白煙を不巫怨口女の顔に吹きかける。噴射される消火剤。辺りにもくもくと立ち込めるは白い煙。
「祥太郎っ!」
「……あ、うん!」
太一が横目で見ながら名前を呼び、翔太郎は恐怖を振り払う。
再度、狙う。狙って、殴って、叩く。自分を助けてくれようとしてくれている友人を、助けようと。
「離せ、離せ、離せぇぇぇぇぇぇぇ!」
――――ベギン。
折れる、音。関節とは別の箇所が曲がり、腕には血が滲にじむ。
不巫怨口女の腕がだらんと力が抜けて、供助の右腕から手を離した。
「いい加減、に……こ、の……きったねぇ手を……」
自由になった供助の右腕。握られていた手首付近には、不巫怨口女の手の跡。青紫に残る痛々しい痣。
それでも構わず。痛みなど慣れたもの。この程度の痛みなど、いつもの事。
「離せってんだよッ!」
強く首を絞められて、痛めた喉から出されるガラガラの声。
そして、淡く光る利き腕。それを、思い切り、振るう。
――――ごっ。
「アアァァアァァィイイィィ……!」
「ハッ……お触り代にしちゃあ安かったか……?」
供助の左腕と両足を掴んでいた不巫怨口女の腕を易々とへし折った。
しかし、ようやく五体満足になるも、供助はその場に力無く倒れる。
気を失いかけ、死にかけた所からの攻撃。今放った一撃はかなり無理をして打ったものだった。
「供助君っ!」
「っは、はぁ! げっほ! ごほっ!」
倒れた供助へと駆け寄る祥太郎。首、両腕、脚。掴まれていた箇所には全て痣が出来て、物凄い力で締め付けられていたのが解る。
供助も体の痛みよりも先に、欠乏している酸素を体が欲していた。
「祥太郎、今の内に離れるぞっ!」
「う、うん!」
空になった消化器を投げ捨て、太一も供助の元へと駆けつける。
消化器の煙で辺りは視界が悪い。今がチャンスだと二人で供助を起こし、肩を貸して担ぎ運ぶ。
「猫又さんっ!」
「お前も来ておったのか……」
そして、太一と祥太郎の他に、現れた救援はもう一人居た。
委員長こと、鈴木和歌も二人と共に駆け付けたのであった。
「怪我は大丈夫ですかっ!?」
「怪我という怪我は負っていない、大丈夫だの。怪我ならば私ではなく供助の方だ……」
太一と祥太郎。二人で肩を貸し、運ばれてくる供助はぐったりとしている。
不巫怨口女の隠し腕による不意打ちから、追い打ちに壁への強打。さらには首の絞め付け。
蓄積されたダメージは一気に限界を超え、供助の身体はボロボロ。首に付けられた痣が痛々しい。
「はぁ、はぁ……祥太郎、供助を下ろすぞ」
「う、うん……」
二人は息を切らせながら、担いでいた供助を地面に下ろす。
「はぁ、はぁ! げほっ、ごほっ」
「き、きょう君っ!」
「んだよ、委員、長も……来てたの、かよ」
和歌は供助へと駆け寄り、息を詰まらせ咽むせる供助の背中を摩る。
あまりに酷い様。体中の痣。苦悶の表情。唇に残る血の跡。クラスメイトのこんな姿を心配しない方が難しい。
「酷い怪我……大丈夫っ!?」
「大丈夫たぁ、言え、ねぇが……生きてんなら、十分、だ」
痛みと疲労。顔を上げるのすら
供助は隣に来た和歌に視線を向けるだけで精一杯だった。
「それより、なんでお前等が……居るんだよ」
「隠れていた教室の窓から二人があの妖怪に押されているのが見えて、何か手助け出来ないかと思って……」
「そんで、祥太郎も叩き起し、て……駆け付けたって訳よ」
和歌に続き、太一がここに来た経緯を話す。
相手が一般常識と一般知識を逸する存在なのは解っていた。自分達に出来る事は限られているのも知っていた。
それでも太一達は友人の危険を、黙って見てはいられなかった。
「それに祥太郎は気絶してた、だろ」
「知ってたか? 軍手は二つでひと組なん、だぜ?」
言って、太一は右手に付けた軍手を供助に見せた。
いや、正しくは右手“だけ”に付けられた軍手を。
「へへ、僕は手で殴ったりは苦手だから……」
苦笑して、祥太郎が見せてくるは金属バット。ハサミで切って面積を広げられたもう片方の軍手が、ガムテープで貼られていた。
「供助が軍手これを付けて妖怪を殴ってる、なら……俺等にも殴れると思ってよ」
太一の考えは正解だった。
尤も不巫怨口女は物質化していて、軍手を嵌めずとも触れて殴る事は可能であったが、注意を引く程の威力は出なかっただろう。
人にとってはただの軍手だが、妖怪に対して供助の軍手は鉄板を仕込んだグローブのようなもの。
一般人が嵌めれば、メリケンサックで殴るのと同様の威力になる。
「けど、やっぱり……きっつい、なぁ」
「う、ん……ちょっと動いた、だけで、こんな……に、疲れる、とはね」
「太一……? 祥太郎っ!?」
呼吸を荒くさせ、胸元に手を当てて苦しみ出す太一。
祥太郎も同じく、持っていたバットを杖代わりにして苦しみ始めた。
「は、は……慣れない事は、無理、して……やるもん、じゃ……ないな」
「と言うか、これ……きつい、って、レベル、じゃ……ない、ね」
そして、二人共。自分の力で立つのも身体を支えるのも難しくなり。
糸が切れた人形のように、倒れ込んだ。
「やっぱお前等、無理して……!」
「あ、はは、は……ちょっと無理、しなきゃあ……供助君を、助けられ、なか……った、から、さ」
供助を心配させまいと祥太郎はなんとか笑って見せるも、引き吊った笑いにしか見えなくて。顔色は青く、唇は紫。それは太一も例外ではなく。
元々、不巫怨口女の影響で生気を吸われて弱まっていたと言うのに、それでも無理をして動けば当然の結果。祥太郎に至っては一度は気絶までしていた。症状は太一よりも重い筈である。
普段の供助ならば二人の症状に早く気付けただろう。不巫怨口女に負わされたダメージで、供助は二人の状態にすぐ気付ける余裕がなかった。
「ッカ野郎……! 俺の軍手で影響は薄まっても、生気は吸い取られて身体ぁ弱ってんだぞっ!」
「へっ、その弱ってる奴に……助けられ、てる……のは、誰、だよ……礼も、言わないでよ」
目を開けてるのも辛そうな顔をしているのに、太一は笑みを作って強がって見せる。
弱々しい声で、なのに激励しようと皮肉を言って。
「供助、君は……すぐサボり、たがる、から……たまには尻を叩、いて……あげなきゃ、ね」
「祥太郎……」
祥太郎はバットを握る力さえも残っておらず、息苦しそうに短い間隔で呼吸している。
二人の友人も、供助と同じだった。供助が
供助が思うように、太一と祥太郎も思う。互いが互いに、己の友人が……掛け替えのない、大事な存在なのだから。
「アァァァア、イイイィィィィアアアアアァァァァァ……!」
白煙の中から聞こえてくる奇声。
太一が消化器の煙を吹き撒けてから、三分そこいら。白煙は微風に散らされ始め、不巫怨口女の影が薄らと現れて来た。
「供助、消化器での目暗ましも消えかけておるっ!」
「っち!」
猫又に言われて供助が視線をやると、不巫怨口女の手足が煙からはみ出てきていた。あと数十秒もすれば、あの巨体が完全に露になるだろう。
疲労困憊、満身創痍。そんな状態でも、供助は霊力を込めようとする。
「悪い、な……供、助」
力が上手く入らず、痙攣にも似た震えを起こす供助の右手。
その手の上に、太一の手が被せられた。
「助けに、き、といて……早く、も、足でまとい……だ」
「太一……」
「学校の皆、を……っはぁ、救え、なんて、さ……」
「生気を吸い取られてんだ、黙って寝てろっ!」
「面倒臭が、りの……お前、は……うんざり、だろう……けど、よ……」
もう、口を動かすのすら辛い状態であろうと言うのに。
太一が握ってくる手からは、僅かに。微かに。だが、確かに。
力が込められ、熱い何かが伝わってきた。
「供助は、俺達を助け……に、来たんだろ……?」
掠れて、途切れ途切れになりながらも、太一は必死に声を搾り出す。
そして、おもむろに太一が向ける視線の先を。供助も追って、見やって、目が合った。
不安と心配で一杯になっている和歌を――――幼い頃の、祭り帰りと重ねて。
「だっ、たら、ちゃんと……助けてくれよ」
「……あぁ」
供助は短い言葉で返して、被せていた太一の手を握る。
太一の言いたい事を察し、気付き。短くも供助の返事には確かな、強い意志が感じられた。
「太一、祥太郎……ありがとよ。お陰で助かった」
ふらりと。覚束無おぼつかない足取りと、倒れそうに身体を揺らしながらも。
供助は自身の足だけで、立ち上がる。立ち上がって、大きく息を吸い、大きく息を吐く。
「今度は俺が――――助けてやる番だ」
供助の内には、再び戦意の炎が燃え出す。
まだ折れちゃあいないと。闘志の刃は、眼前の敵を倒さんと鋭く光っていると。
供助は己の
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