第五十話 軍手 ‐ショウバイドウグ‐

「ただいま、っと」


 ガラガラと玄関の引き戸を開け、ようやく帰宅した供助。

 玄関の明かりは消されていて暗いが、戸が開けられたままの居間からは廊下に明かりが漏れていた。鍵を掛けてから靴を脱いで家に上がり、夕飯の到着を待ち侘びる居候が居る居間へと移動する。


「また漫画を読み散らかしやがって……ちゃんと片付けろよ」

「おぉ供助、帰ったか。お帰りだの」


 猫又は枕代わりに丸めた座布団を使い、仰向けに寝転がって漫画を読んでいた。

 テーブルには飲みかけのジュースに、テレビは点けっぱなしでバラエティ番組が流れている。

 なんともまぁ悠々自適な生活。こんな自堕落な生活を俺も送りたいもんだと、供助は脱力しながら思う。


「む? 供助、弁当はどうした? いつものレジ袋が見当たらんが……」

「鞄ン中に入れてある。持って歩くのが怠くてよ」


 いつもはレジ袋を手に持つ供助だったが、今日は中身がほぼ空だった学生鞄の中に入れていた。


「で、今夜の弁当は何かのぅ?」

「好きなの選べ。俺はどれでもいい」

「おおっ! 今日は種類豊富で迷ってしまうのぅ!」


 鞄のファスナーを開け、中からレジ袋ごと入れていた弁当を取り出す。それを起き上がった猫又が受け取り、テーブルの上で中身を広げだした。

 弁当は全部で四つ。からあげ弁当、チキンカツ弁当、アジフライ弁当、サバ味噌弁当。猫又はどれを食べようかと目移りさせながら悩む。


「よし、今晩はサバ味噌弁当にしようかのぅ!」

「ん? あれ?」

「どうした、供助。鞄の中を漁って、何か忘れ物でもしたかの?」

「いや、忘れ物っつーか……落とし物しちまったみてぇだ」

「落とし物とな? 財布でも落としたかの?」

「財布を落としていたら今頃は飯抜きになってるっつの」


 供助が鞄の中を何度も調べてみるも、探し物は見付からない。

 やはりどこかに落としてしまったと考えるべきだろう。


「では一体、何を落としたのかの?」

「商売道具だ」

「商売……あぁ、あの霊印を入れた軍手かの。学校にも持って行ってたのか」

「一応な。横田さんから急な依頼が来るかも知れねぇし」


 制服のズボンのポケットも確認してみるも、やはり商売道具の軍手は無い。


「ま、誰かが拾ってどうかなるもんでもねぇか。予備も無くなったし、新しいの作るか」

「前々から思っておったが、あれは自分で作っておったのか」

「まぁな。別段作るのが難しい訳でもねぇし」

「不器用な供助が自身の商売道具とは言え、物を作ると言うのは多少驚きだがの」

「軍手に霊力を込めた筆ペンで適当に書き殴るだけだしな。広告裏に落書きすんのと同じだ」


 数組セットで安売りしている軍手に、百均で買った筆ペンで文字というか、模様を書くだけ。軍手と筆ペンを合わせても五百円も掛からなく、なんとも安上がりな商売道具である。

 前に友恵にあげた霊札もどきも、この商売道具と同じ方法で作った。まぁもっとも、供助は不器用で霊具を作る才能は持っていない。

 効果の程はそうそう高くはなく、本職の人と比べると雲泥の差がある。


「見た目が粗末でも火力の底上げにはなる。無いよりはマシかの」

「まぁ自分の霊力を込めたモンだから幾らかは威力上げにゃあなるが、使ってる理由はどっちかってぇと防具だな」

「防具? 武具ではないのかの?」

「霊や妖怪が相手たぁ言え、直接触れりゃあ当然衝撃が生まれるし、硬けりゃ痛ぇ。だから手を守る為に付けてんだよ」

「ふむ……実体を持たぬ霊や妖怪でも、払い屋からすれば普通の物体と変わらんからの。軍手は反動を減らす為であったか」

「テメェの体が一番の商売道具、ってな。怪我ぁして稼げなくなったら元も子もねぇ」

「成る程、自分の体が一番の商売道具……確かにそうだの。供助にしては納得させられる言葉だのぅ」

「俺のじゃねぇよ。受け入りだ」

「ほう? それは誰からかの?」


 供助は鞄を部屋の隅に置いて、弁当が並ぶテーブルの前に座る。

 そして、一言で答えた。


「――父親」


 今は亡き両親。生きていた時の口癖で、供助は幼い頃からよく聞かされていた。

 両親と同じく払い屋として金を稼ぐようになり、今では供助一人となった古々乃木家の家訓として残されている。

 とは言え、性格上スマートに物事を解決するのが得意ではない供助は、依頼で魑魅魍魎を祓う際に怪我をするのは珍しく無い。重傷を負う事は今までに一度も無かったが、軽い打ち身や擦り傷等は多々あった。

 もっとも、打たれ強さが取り柄の供助にはその程度は平気であるが。


「ってと、弁当食ったら軍手に霊印書いて、今日は早めに寝っかな。面倒臭ぇ事に明日も学校だし」

「うぬ? 明日は土曜日であろう、休みではないのか?」

「あぁ、学校側の予定でな。代わりに今度の月曜と火曜が代休だとよ」

「代休があるとは言え、土日に登校とは大変だの」


 供助は適当に誤魔化し、チキンカツ弁当を手にする。

 明日、供助が通う高校で文化祭がある事は猫又には秘密にしていた。理由は言わずもがな。文化祭には色んな出店が並ぶ。知れば確実に自分も行きたいと騒ぐのが目に見えているからである。

 しかも、供助が拒否しても前みたいに猫の姿で高校に来そう……いや、確実に来るのは簡単に予想出来る。出来てしまう。

 よって、供助は猫又に文化祭の事を“教えない”という結論に至った。


「くぁ……」

「顎が外れそうな大きな欠伸だのぅ」

「今日はなんか妙に疲れた」


 目尻に涙を浮かばせ、いつもより一層怠そうにする供助。

 太一の手伝いをしたのと、明日も学校だという億劫な気持ちが疲れを大きくしていた。

 もし今夜、依頼というさらに大きな疲れの種があったら、供助は明日の文化祭は半死状態で過ごす事になっていただろう。

 今夜はさっさと寝よう。そう思いながらチキンカツ弁当の蓋を開け――――。


「供助、やっぱり私はチキンカツ弁当がいいのぅ!」


 ――られなかった。


「……ほらよ」


 あとここに疲れの種がもう一つ。

 今夜はぐっすり眠りたいと心底思う供助であった。


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