第十三話 鎌鼬 ‐カマイタチ‐
「獣の妖怪か。見た感じ猫とも犬とも違ぇな、なんだぁありゃ。落ち武者にゃ見えねぇのは確かだが……タヌキか?」
「狸ならばもっと丸い身体をしておる。あれは狸に比べ体が細く長い」
「じゃ何なんだ、あれ」
「よう見るんだの。奴の前足を」
「前足ぃ?」
暗い中で目を凝らし、妖怪の前足を見てみる。
初めは落ちていたゴミや瓦礫で隠れ見えなかったが、妖怪が一歩。前に出てきた所で視界に入った。
「足四本あんのに二本立ちたぁ器用じゃねぇか。ちょっと前にあんな二本立ちする動物が流行ったよな。アライグマだっけか?」
「私が言ってるのはそこではないんだがの」
「わぁってるよ。暗闇ん中でも光るくらい立派な光りモン、嫌でも目に入る」
現れた妖怪の前足二本。正しくは、前足の足首よりも先。
足から生えている爪なのではない。足そのものが一本の、鎌のような鋭い刃物になっていた。
前足を交互に擦らせ、しゃらん、という金属音。月明かりに照らされ青白く、不気味に主張する。
そして、猫又が言っていた通り。妖怪の後ろからもう一匹。姿形が同じ妖怪が現れた。
「獣姿に前足が刃物……これだけヒントがあれば馬鹿でも解る。のぅ?」
「俺に言ってんのか? おい」
「違うのかの?」
「否定出来ねぇから腹が立つ」
けっ、と悪態をつく供助。
頭が悪い事は自分でも重々承知している。
赤点も今まで何度取ってきた事か。
「ここに住み着いて人を襲っていた妖怪ってぇのは……“鎌鼬”だったか」
「被害にあった人の傷口。それに、さっきの壁の傷も理由がつくの。だが……」
猫又は言葉を止め、難色を示す。
「だが、なんだ?」
「鎌鼬というのは従来、親子や兄弟の三匹組で行動する筈だの。一匹が転ばせ、一匹が切り……」
「最後の一匹が薬を塗る、だろ」
「知っておったのか。意外だの」
「一応払い屋だからな。で、見た限りだと……」
「うむ。薬を塗る三匹目が居らぬ」
薬を塗る鎌鼬の足は刃物ではなく、塗りやすいよう羽にも似た形をしている。
だが、二匹目の鎌鼬の前足も鎌になっている。
まだどこかに隠れているのか、三匹目の姿は見当たらない。
「どっかに隠れてんのか……? 三匹まとめて相手をした方が楽なんだけどな」
「しかし、向こうは三匹目が現れるまで待ってはくれぬようだの。まぁ、お前が挑発したのだから当然か」
二匹の鎌鼬が供助達に対し、戦闘態勢に入る。
もう少し様子を見たいところではあるが、それは出来そうにない。
相手は供助のせいで頭に血が上っている。
「猫又、同じ妖怪なんだから話せたりしねぇ?」
「お前はイルカや鯨と会話は出来るかの?」
「どういう意味だ?」
「同じ哺乳類だからと言って言葉が通じるか、と言っておるんだの」
「……なるほど、解りやすい返答どうも」
同じ妖怪と称されていても、中には話が通じない相手はいる。
現に人間でも国が違えば話が通じない。それと似たようなもの。
逆に言ってしまえば、こうして人間と妖怪が話している時点で種族など関係無いような気もするが。
要は向こうに話せる程の知能があるかどうか。
「キキ――キッ!」
動物のような鳴き声。それと同時。
供助と猫又の会話を遮るように、一匹の鎌鼬が前足を翳して突進したきた。
「うおっとぉ!?」
咄嗟に身体を捻り、鎌鼬の攻撃を避ける供助。
すれ違いざまに目前を、淡い光を放つ一線が通り過ぎた。
攻撃を避けられた鎌鼬は、供助の十メートル程後ろに着地する。
「ビビった……予想以上に速ぇな、動き」
「相手は鎌鼬、当然だの。名の由来の一つに、“構え太刀”から来ているとも言われておる。切れ味も侮らん方がいいの」
「わってるつの」
供助は後ろに振り向き、攻撃してきた鎌鼬へと身体を向ける。
猫又は一方の鎌鼬から目を離さず。二人は背中合わせで言葉を交わす。
「言葉は通じねぇし暴力的。説得は出来なさそうだ。んじゃ、祓っちまう前に……」
「うむ、そうだの」
二人は互いに向き合う鎌鼬へ。
「おい、お前」
「のう、お前」
霊気と妖気。混ざり合わさり反発し。肌がひりつき、空気が張り付き。
鎌鼬が――――たじろぐ。
「人喰いを知ってるか?」
「共喰いを知っておるかの?」
言葉が重なる。二人の言葉が。
なんて事は無い。普通のトーンで、普段の声量で。
なのに、今居るこの部屋。この空間に見えない圧迫感が襲う。
「キ、キキ……」
二人の静かな威圧感に、鎌鼬二匹は半歩足を引き、怯む。
胸から背中へ突き抜ける何か。鎌鼬の感情には、恐怖が占めていく。
「……ま、答えれる訳無ぇよな。話せねぇんだから」
「うむ。期待はしていなかったがの」
なのになぜ聞いたのかと言えば、供助はもう妖怪や霊を祓う時の通過儀礼になっていた。
猫又はと言うと、ダメ元で一応、といった感じだった。
「んじゃ、本題に入るか」
「そうだの。私も早うこの誇り臭い場所から去りたいからの」
供助は指の関節を鳴らし。猫又は組んでいた腕を解き。
二人は戦闘態勢へと入る。
「ノルマは一人一匹だ。簡単なモンだろ?」
「うむ。余裕だの、この程度」
人間は霊力を両手に込めて握り締め。
妖怪は妖気を放ち、爪を剥き出す。
「キキ、キ、キキ……」
二人の雰囲気に圧倒され、鎌鼬は完全に飲まれている。
だが、無理矢理に恐怖を振り払い、両手を再び構えた。
「寝床に入られた上に、大声を出すような真似をされて怒るのも無理はねぇが……力量差が解らねぇでもねぇだろうに」
「ふん、中途半端に力を持つ者ほど矜持が高い。命よりも面子を優先するあたり、矜持に反して知性は低いようだの」
「きんじ? なんだそりゃ?」
「……矜持に関係無く知性が低い奴もいるがのぅ」
背中越しに、供助へと脱力した目線を送る猫又。
「どれ、こちらから仕掛けるかの」
妖力が篭められ伸びた爪。長さは三センチ程。
大きく掌を開き、疾走する。
「キキキ――――!」
速攻。猫の如く俊敏な動き。
数メートル離れていた鎌鼬の所へと、一足飛びで距離を詰める。
突然の行動に、構鼬は驚き戸惑い、動きが遅れ。
猫又による右手の爪撃が、右肩を削いだ。
「ギ……ギィィィィィィ!
生々しい音。吹き出る血潮。落ちる鎌腕。
鎌鼬の悲鳴、絶叫、悶絶。
耳を劈く痛々しい鳴き声。いや、泣き声。
「ほう、辛うじて避けおった」
頭部へ一撃即死を狙った猫又であったが、咄嗟に後ろへと身を引かれて狙いがずれた。
結果、鎌鼬の頭部は残り、代わりに右腕が吹っ飛んだ。
即死とはいかないが、このまま放っておけば衰弱死に至るだろう。
「ギギ、キ……キッ!」
「ぬ?」
痛みに悶絶していると思っていると、鎌鼬は落ちた腕を残したまま逃走した。
さらに奥へ続く通路。闇に紛れ反撃に移るのか、本気で逃げ出したのか。
それとも、まだ確認していない三匹目の元へ行ったのか。
「依頼の目的が討伐以上、このまま逃がす訳にはいかぬからの」
やれやれ、と。小さく息を一つ吐いて、猫又は頭を?く。
「しかし、他の仲間も連れてくれれば芋づる式に見つけれるのう」
闇の奥へ消えていった一匹の鎌鼬を追い、猫又も暗闇の中へと追っていった。
広いホール。そこに残るは供助ともう一匹の鎌鼬だけになる。
「仲間は逃げちまったが……てめぇはどうする? 攻めるか逃げるか。どちらにしろ祓らわせてもらうけどな」
小指から人差し指を、順にゆっくり。最後に親指を曲げ、握り拳を作る。
「来いよ。面子を守りてぇんだろ?」
右腕を前に突き出し、構える。
供助の戦闘方法は打撃。殴りやすい自分に馴染む構えを取る。
「ギギキキギキキキキィィィ!」
先程と同様。鎌鼬は己の得物である両手を広げ、突進。
そのすれ違いざま。
「フッ!」
殴打を繰り出す体の捻りを利用し、相手の斬撃の回避行動を重ね。
狙いはカウンター。供助は右手を最小の動きで拳を振るう。
目の前を刃物が通ると同時、振るった右手に感じた手応え。
――――だが。
「ちょいと鎌を気にし過ぎた。大きく躱した分、当たりが浅かったか」
供助は握り拳解いた右手をプラプラと振り、力を抜く。
そして、そのまま髪を掻き上げた。
「だがま、悪くは無ぇ結果か」
後ろへ目を向けると。鎌鼬は地に転がり、鼻頭に皺を作って苦悶の表情。
供助のカウンターは成功し、鎌鼬の横腹に拳が打ち込まれていた。
正直、クリーンヒットには程遠い。むしろ掠り当たりに近かった。
だが、供助の霊力が強く、それでも与えたダメージは大きい。
要は馬鹿力。技術や器用さが無い分、供助の瞬発力、爆発力はとてつもない。
「ギギキ、ギキ……キキキ」
殴打された横腹が痛みに耐えながらも、鎌鼬は立ち上がる。
口からは吐血し、致命傷ではないにしろ大分弱まっているのは明らか。
「足が止まりゃあ殴るのは楽だ……!」
再び両手を握り直し、供助は不敵に微笑む。
あと一撃で屠れるという勝利の確信。
利き足に入れ、一気に踏み込む。地を蹴る。
狙いは頭部。一撃粉砕。拳撃万歳。
姿勢を低くし、相手を捉え、距離を詰めんと疾走し――――。
「んがっ!」
転けた。
顔から盛大に、勢い良く見事に。ずっこけた。
「いだだだ……」
供助は上半身を起こし、ぶつけた鼻を押さえる。
幸い、鼻血は出ていなかった。これで出ていたら完全に間抜け面である。
供助の足元を見てみると、そこには壊れた長机が転がっていた。どうやらこれに足を引っ掛けたらしい。
もしこの場に猫又が居たら、馬鹿にされた上に大笑いされていただろう。
「……あいつが居なくて助かった」
供助は呟き、猫又に笑われる姿を想像するのは容易い。
と、安堵していると。
「って、うぉ!」
鎌鼬が前足の鎌を振る姿が見え、横に飛んで避ける。
意識が鎌鼬から離れていたところを狙われた。
だが、負傷している鎌鼬の動きは先程よりも明らかに遅くなっていた。
「まだ動けやがったか」
供助は体勢を整えて立ち上がる。
すると、また足に何かがぶつかった。
今度は足が三本になった椅子。
「……あーもう、ウザってぇなぁ!」
あちらこちらに散らばり転がるゴミや瓦礫片。
供助は苛立ちから声を上げて頭を搔く。
「おら、こっちだカマ野郎!」
いちいち足場を気にして戦うのも面倒臭い。かと言って、足場を気にせず無視してまた転ぶのも避けたい。
そして、少ない脳みそで出した答えは。
ガラスが割れた窓から外に出る事だった。
外は元工場の敷地。地面は更地で足場を気にする必要は無い。
「ここなら何も気にしなくていい」
工場内よりも月明かりが明るく、埃っぽくもない。
右手を左手に打ち込み、供助は気合を入れる。
「どうだ、そっちも片付いたかの?」
ストン、と。どこからきたのか、猫又が飛んできた。
「どっから降ってきたんだ、お前ぇは」
「三階の窓からだの」
供助が呆れながら聞くと、隣に落っこちてきた猫又は顎で十メートル上を差す。
元は猫だから身軽さもあるだろうし、妖怪ならばこの程度は朝飯前である。
「そっちは終わったのか?」
「うむ。この通りだの」
すると猫又は、手に持っていたモノを供助に見せる。
それは、首から上が無くなった鎌鼬。片腕も無いところを見ると、猫又が追った鎌鼬であろう。
鎌鼬の死骸からは白く煙のようなモノが上がり、少しずつ体が消えていく。
「供助の方はどうだの?」
「今片付けるところだ」
視線の先には。供助を追って外に出て来たもう一匹の鎌鼬。
窓の縁の上に立ち、こちらを威嚇しながら様子を見ていた。
しかし、なにか様子がおかしい。供助と猫又を見て怯え、焦った様子。
いや、正しくは猫又が手に持つモノを見て、である。
そして、鎌鼬は情けない鳴き声を出して。
「ギ、キキ……キィッ!」
逃げた。一目散に、全速力で。工場の外壁を駆け登るように空を飛び。
味方の亡骸を目の前にし、自分の未来の姿を連想したのだろう。
恐怖が全身を襲い、必死の逃亡。
「あ、逃げやがった」
「逃げたのぅ」
二人は特に焦る様子も見せず、呑気な口調。
必死に逃げる鎌鼬の後ろ姿を見上げていく。
「しかも、鎌鼬って飛べんのかよ。俺が知った情報じゃ飛んでなかったってぇのに」
「どこからの情報かの?」
「漫画」
「……あてにならんの」
払い屋なのに妖怪の情報源が漫画というのはどうしたものか。
猫又は呆れ、半目にして脱力する。
「粗方、仲間がやられたのを見て怖気づいたんだろうの」
猫又は手に持っていた鎌鼬の遺体を一度見やり、軽く投げ捨てる。
どちゃ。そんな乾いた音をさせて鎌鼬の遺体は地面に転がった。
「ちっ、逃げられたら面倒臭ぇ。追うか」
「いや、その必要は無いの」
「あん?」
「私に任せろ」
追おうとする供助を制止させ、猫又は一歩前に出る。
そして、おもむろに右手を前に出した。
掌に力を集中させ、凝縮する。
「ふっ!」
短い吐息。
同時に、掌に集めた妖力は別のモノに姿を変える。
目に見えぬ妖気を、視認できるソレへと。
右手に現出されたのは、ゆらゆら揺れ、暗闇を照らす。
真っ赤に燃ゆる、轟々たる炎。
「へぇ、芸達者じゃねぇか」
「昔取った杵柄だの」
猫又の持ち技である一つ。
妖力を炎に変え、発火させる特技。
猫又は篝火と名を付けている。
「ふんっ!」
それを、逃げる鎌鼬へと投げつけた。
思いっ切り、大きく腕を振りかぶって。
猫又の手から放たれ、大きな火柱が鎌鼬を襲う。
「キキ――ッ!?」
迫る炎。肌が焼ける程の熱気を纏う、妖気の塊。
必死に逃げる鎌鼬の背中を、赤炎が一気に――――。
「あ」
「あ」
――通り過ぎた。
高速道路で追い越し車線を走るスポーツカーの如く。
赤い炎はだけに、真っ赤なポルシェみたいに。
二人の口からは、間の抜けた一言が漏れた。
「さて、見失う前に追い掛けるか」
「ま、待つんだの! そう焦るでない!」
追い掛けようとする供助を止めるが、焦るなと言った猫又の方が焦っている。
「私の篝火はこれだけではない――」
言って、猫又は火柱を放つ右手を大きく上に翳し。
「――の!」
そして、一気に振り下ろす。
すると、猫又の動きに連動して炎の軌道が変化した。
鎌鼬を通り過ぎ、上空へ登っていた炎は。
軌道を整え、頭上から鎌鼬を覆い尽くす。
猫又のもう一つの技。篝火の応用、発展技。
その名も――――
「キ……!」
短い悲鳴。気付けば目の前に炎が迫り、気付けば火だるま。
鎌鼬の体は一瞬にして炎に包まれ真っ赤に揺れる。
すでに意識は無く、命も無くしたのだろう。
声も聞こえず、体も動かず。
推力を失った鎌鼬は重力に逆らえず、火衣を纏い落下する。
「おー、イタチの丸焼き」
「食えたものではないがの。食いたいとも思わんが」
猫又は手を軽く振って炎を消す。
地面に落ちて燃える鎌鼬からは、炎に混ざり、蒸気にも似た白い煙が上がる。
妖怪が死した証である白煙。それが出ているという事は、もう動き出す事はない。
「うむ、一丁上がりだの!」
めらめらと燃え上がる鎌鼬を一目見て、納得気に頷く猫又。
二本の黒い尻尾もご機嫌に揺れている。
「何が一丁上がりだ、まだ三匹目が出てきてねぇだろ」
「その点は大丈夫だの。三匹目は居らぬ」
「なに?」
「今ので最後だの。ここにはもう妖怪の匂いはせん。お前も霊感を澄ましてみるといい」
「ああいう神経を削るようなのは苦手なんだよ。出来ねぇ事はねぇけどよ」
渋い顔をして、供助は頭を搔く。
「だがまぁ、確かに……他に妖気は感じねぇな」
「だろう?」
「しかし、ちょいと気になるな。鎌鼬は本来、三匹組なんだろ? じゃあ残りの一匹はどこに行ったってんだ?」
「ふむ……気にはなるが、妖気も無ければ匂いも無い。居ない事は確かだの」
顎に手を当て気に掛ける供助に、猫又は和服の袖に手を入れて答える。
依頼は完了した筈なのに、供助の顔には陰りを見せていた。
何かが納得出来ず、腑に落ちない。根拠は無い、ただ気になるだけ。
「どうかしたのかの?」
「いや、なんかしっくりこねぇだけだ」
「理由は?」
「勘」
「勘か」
「あぁ、勘だ」
「あてにならんの」
「あてにならねぇな」
ハッ、と。乾いた笑いを浮かべる供助。
自分でもくだらない理由だと思う。
「もう妖怪が居ない以上、一応は仕事終了か」
「で、どうすればいいのかの? 終わったから帰っていいのか、それとも査定とやらが終わるまでここで待機かの?」
「査定結果が五分足らずで出るとは思えねぇ。依頼はこなしたんだ、帰っても問題は無ぇだろ」
供助は大きな欠伸を一つ。
仕事も終わって気が抜け、眠気と疲れが出てきた。
欠伸で出て来た涙を薄らと目に溜め、背伸びをしていると。
「お?」
供助はポケットから振動を感じた。
ポケットから携帯電話を取り出すと、新着メールのマークが出ていた。
「横田から電話かの?」
「いや、メールだ」
携帯電話を操作し、届いたメールを確認する。
暗い場所だと画面が明るく、少し眩しく目を細める。
「あぁ、横田さんからだ」
「ほう。なんと?」
「査定者が依頼完了を確認したから、帰っていいってよ」
「そうか。では早く帰るかの」
「あと、査定結果お楽しみに。だと」
「期待してよい、という事かの?」
「さぁな」
返信はせず、そのまま携帯電話をポケットに戻す。
普段は電話で連絡をしてくるが、メールの時は返信は要らない。というのが供助と横田の間での了解である。
「にしても凄ぇな、あの技。猫又でも炎が出せるたぁ知らなかった」
「昨今、威力に差はあれど炎を使える妖怪は少なくないの」
「そうなのか。しかしまぁ、ありがてぇ限りだ」
「んむ?」
「あの技がありゃ、大体の妖怪は一発だろ。射程距離が長ぇし威力もある。これなら無理して俺が戦う必要が無ぇからな。これからの仕事が楽になる」
供助はカラカラと笑う。
嬉しい誤算だった。まさか猫又がここまでの力と技を持っているとは、微塵にも思っていなかった。
供助は近距離型で、猫又は追篝を使え遠距離にも対応が可能。
追篝を使用中で無防備な猫又を、供助がサポートする。遠近と共に、死角無しで対応が出来る。
思いの外、この二人は相性が良いと言えるだろう。
「だが、あの技には欠点があっての」
「欠点?」
「うむ。あの篝火という技は妖力を多く消費しての、そうそう連発出来るものではない。体調が万全の状態でも二発が限界だの」
「たった二発かよっ!?」
嬉しい誤算のあとには、嬉しくない誤算があった。
しかも、二発と言っても万全の時で、である。何かしらで妖力を消費してしまえば、二発は打てない。
妖怪と戦闘する場合、まず確実に攻撃以外でも妖力を使う。近接での格闘、回避行動、索敵など様々。
つまりは実質、一発限りと思った方がいいだろう。
威力が高い分、必要な妖力が大きい。威力と射程距離の優秀さを考えれば、このリスクは当然である。
「糠喜びかよ……」
「回数は少なくとも使える事には変わりない。供助が一人の時よりは楽になるのは確かだの」
「まぁな」
使用回数は二回と言えど、供助の弱点を補ってくれるのには変わりない。
その事は供助も重々承知している。
「とりあえず帰るか。帰って寝てぇ」
「帰りも歩きと思うと憂鬱だのぅ……」
既に火は消え、鎌鼬の姿は完全に消滅した。
地面に残るは焦げ跡のみ。骨はおろか灰すら残らない。
依頼を終えた二人は工場を背にして、帰路に立つ。
「ところで供助」
「あん?
「先程言うたろう? 私の炎の技は妖力を多く使うと」
「あぁ、カガリビ……だっけ?」
「ここで相談なんだがの」
「なんだよ」
「腹が減っってしまってのぅ」
猫耳をペタンと下げて。猫又は自分のお腹を摩る。
「我慢しろ」
「ぬぅ、そこをなんとか。お腹と背中がくっつきそうだの」
「安心しろ。今まで空腹で腹と背中がくっついた奴はいねぇよ。くっつく前に餓死だ」
「うー、腹が減ったのぅ」
ぐぎゅるぅぅ。猫又の腹から、大きな腹の虫が鳴った。
辺りには建物は無く、車も全く走っていない。
静かなここでは、猫又の腹の音がよく聞こえる。
「腹ペコだのぅ。ひもじいのぅ」
「……」
「うぅ……ご飯が食べたいのぅ、ご飯が食べたいのぅ」
「あーうっせぇな! 戦時中のガキみてぇな事言いやがって!」
供助は無視して先を歩いていたが、独り言を言う猫又のしつこさに我慢出来なる。
「腹が減ってしょうがないんだの」
「わぁったよ、飯食わせりゃいいんだろ!」
「本当かの!?」
「ずっと後ろでブツクサ言われたら堪ったもんじゃねぇからな」
項垂れる供助とは逆に、猫又の表情は明るくなる。
それはもう、漫画ならキラキラと光るエフェクトが出てそうな程。
「けど、この時間じゃやってる店っつったら限られてるからな……コンビニか牛丼屋か」
「牛丼!? 牛丼がいいのぅ、牛丼!」
「つーか、前にも言ったが猫がネギ入ったモン食うなよ」
「牛丼特盛り! 玉お新香味噌汁付きだの!」
「ふざけんな、牛丼並盛り一択だっつの!」
「それでも構わん! 牛丼だのーぅ!」
ひゃっほう、なんて言って。猫又は子供みたいにはしゃぐ。
「ツユだくネギだくだのぅ!」
「はぁ……牛丼一つではしゃぐなよ、なんか悲しくなるだろ」
スキップしながら先を行く猫又を見て、供助は何とも言えない気持ちで肩を下げる。
牛丼でここまで喜ばれると、普段はろくな物を食べさせていないみたいである。
いや、毎日がスーパーの半額弁当な時点でいい物とは言えない。
「紅しょうが盛るのぅ、超盛るのぅ!」
「……まぁ、いいか」
微苦笑を浮かべ、小さく呟く。
なんだか、あんなに喜んでいる猫又を見たらどうでも良くなって。
無意識に笑みが零れた。
「ったく……程々にしとけよ、恥ずかしいから」
供助はがしがしと頭をぶっきらに掻いて、猫又を追い掛けた。
別に特盛り位ならいいか、なんて思いながら。
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