第七話 探者 人 ‐サガシモノ ジン‐
「あーあ……明日の飯が無くなっちまった」
供助はテーブルに頬杖して、力無く小さく呟いた。
からあげ弁当は既に食べ終わり、空になった容器に割り箸が置かれている。
そして、呆れと言うか脱力と言うか。半目で向ける供助の視線の先には。
「ふっぐ! ふむ、んぐっ」
二つ目の弁当をがっつく妖怪が居た。
口一杯にご飯を詰め込み、整った輪郭をしていた顔が今は、ハムスターみたく頬が丸く膨らんでいる。
三つ買った弁当の内一つは供助が食べ、一つは目の前の妖怪が平らげ、残りの一つは見ての通り現在進行形で食べられている最中である。
明日の昼食と夕食用に買い貯めした弁当が、拾った黒猫の妖怪女の胃袋に投下中。
また明日行きつけのスーパーに食料を買いに行かなくてはならなくなり、供助は面倒臭さと嵩む食費に溜め息を吐かずにはいられなかった。
「一応聞くけどよ」
「うん? なんだの?」
供助はコップに入った烏龍茶を
すると、彼女は箸を止めてパンパンの頬っぺのまま供助へと顔を向ける。
「お前、猫の妖怪だよな?」
「そうだの。ほれ、これを見て解らんか?」
そう言い、彼女は頭の猫耳をピクリと動かし、お尻から生えた二本の尻尾を軽く振って見せる。これだけでもう何の妖怪か解るだろう、と。
見習いとは言え、霊や妖怪関係の仕事を生業としている供助。頭が悪くてもそれなりの知識はある。
「猫……にしか思えねぇな」
「お前が思わなくても猫だの」
拾ってきた時の姿が猫だったのだから、猫以外にないだろう。そんな視線を供助に向ける猫の妖怪。
「いや、風船みてぇに頬を膨らませて弁当食ってっからハムスターの妖怪なんじゃねぇかと」
「誰がハムスターか! 失礼な奴だの!」
プリプリ怒りながらも、おかずを口に運ぶ妖怪。
供助は今の顔を鏡で見せてやりたいと思ったりしたが、洗面所まで行かないと鏡が無く持ってくるのが面倒なので止めておいた。
「猫耳と猫目に二本の尻尾、と来たらまぁ……」
「猫又しかないの」
メンチカツの最後の一口をパクン、と頬張り。
猫又は供助の言葉の先を答える。
「ん、茶ぁ」
数回咀嚼して飲み込み、空っぽのコップを供助へと突き出す猫又。
「それ位ぇ自分で入れろ」
「ふん、気の利かん
「妖怪に好かれても嬉しかねぇよ」
「可愛げがないのぉ」
けっ、と顎をしゃくれさせて悪態をつく供助。
それに対して猫又は鼻を小さく鳴らし、ペットボトルに入った烏龍茶をコップに注ぐ。
「あと、童じゃねぇ。俺の名前は供助だ。
「それはすまなかったの。では言い直そう。供助は気の利かんのう、モテんぞ」
「言い直すな」
猫又はコップに入れた烏龍茶を飲み干し、大きくゲップする。
「まぁ、とりあえずだがの」
「ん?」
「供助、お前が危険じゃないという事は信じよう」
「あぁ、そりゃ良かった。弁当二個も食っといてまだ信じられねえとか抜かしたら一発ブン殴ってたところだ」
その様を見て、供助は内心でおっさんか、と突っ込む。
「礼を言ってなかったの。遅くなったが、よう拾ってくれた。助かった」
「いいっての、礼なんて」
「小動物を拾うような好青年には全く見えんが、見た目によらんものだの」
「好きで拾ったんじゃねぇよ。こんな金にもならねぇボランティアしたくもねぇ」
「まるで普段だったら見捨てていたような言い方だのぅ?」
「見捨てていたな、確実に。最初も見捨てる気満々だったし」
「ふん……つまりしたくもないボランティアをしてまで私を助けた理由がある、と」
耳を微動させ、猫又は供助を見る。
「先程言っておった質問、とやらかの?」
ぴん、と人差し指で爪楊枝を弾いて、空になった弁当の容器へ投げ入れる。
「まぁ、な」
「弁当を二つも馳走になったしの、答えられるものなら答えるぞ」
「なら、早速聞きてぇんだけどよ」
「ふむ、ドンと来い」
「それ」
「んむ?」
供助は頬杖していた右手から顔を離し、その手の人差し指である物を差す。
差された先は、猫又の右手首。
「それって、これの事かの?」
供助の指先を追って、猫又は自分の右手首に付けてある物の事だと気付く。
そして、供助に確認しながら右手を軽く上げ、猫又も同じ様に指差す。
その際、小さく。ちりん、と音が鳴った。
「そうだ、その鈴の付いたヤツだ。それ、猫ん時は首に付けていたよな?」
「そりゃ首輪だからの」
「なんで今は手に付けてんだ?」
「猫の時は丁度良いのだが、人型になっとる時は流石にサイズが小さくての。だから、人型の時はこうして右手首に付けておる」
猫又は右手を軽く振り、赤い首輪に付いた鈴を鳴らす。
「ある意味使い方も合っておるしの」
「あん?」
「首輪というのだから、手首に付けても問題なかろう? 首に違いないのだからの」
「ま、別にどこに付けるかはどうでもいいんだけどよ」
「そちらから聞いておいて、どうでもいいとはなんだ。答えてやったというのに」
供助の言葉に少しカチンと来て、猫又は不満げに言葉を返す。
「その首輪……妖力で具現化した物だとか、妖具の類じゃあねぇよな?」
「別段そのような特別な物ではない。これは昔に人から
「その付いている鈴もか?」
「無論だの」
「……だよな」
猫又の返答を聞いて、特に表情に出さなかった供助だが、内心で少しだけ落胆する。
大きく期待していた訳ではない。猫又を公園で見つけた時、首輪からは何も感じ取れなかった時点で特別な代物でないのは予想出来ていた。
ただ、もしかして、と言う気持ちもあった。幼少期から聞こえていた鈴の音の正体を、原因を。せめて何かしらの手掛かりが入るんじゃないのかと。
「この首輪がどうかしたのかの?」
「いや、お前には関係無ぇ事だ。気にすんな」
「ふむ。若干気になるところだがの、気にするなと言われれば気にはせん」
特に深く聞く事もなく、猫又の興味は簡単に消える。
元々猫の妖怪だからか、興味が無くなったものには関心を見せない。
「次で最後の質問だ」
「もう最後か。思うてたよりも短い問答だったの」
供助は右腕をテーブルに乗せ、少し身を乗り出すようにして猫又を見る。
「人を喰う妖怪を……知っているか?」
声のトーンは変わらない。しかし、どこか今の供助の声には違いがあった。
言うなれば、重さ。この言葉には今までの会話とは違い、見えない重さがある。
「知らぬか、と聞かれてもの。
「知っているか、知っていないか。どっちだ」
「ふ、む」
供助は先程までの怠惰感を丸出しにした様子は消え、明らかに変わった目付き。
猫又はその雰囲気で、次の問いは特別な事情があるものと察する。
「すまぬが、私にはお前の希望に沿える答えは返せそうにないの。昔ならば数多く居たが、最近では人喰いの類は珍しい」
「……そうか」
「昔と違い、今は祓い屋の質も数も増えとるからの。人喰い妖怪となれば真っ先に祓いの対象にされる。そんな今の世で、危険を犯してまで人を喰らおうとする妖怪はまず居らんの」
「お前は」
「む?」
「お前は人を――――喰うのか?」
憤怒、怨恨、憎悪。
静かに猫又を睨む供助の目には、激しい感情が渦巻いていた。
その鬼気迫る雰囲気に、猫又は唾で喉を鳴らす。
「ふん、私は好んで人を喰うような味覚は持っておらん。生まれて此の方、一度も食った事は無いの」
「……」
「そう睨まなくとも本当だの。ほれ、ここに転がっておる弁当の空箱が証拠にならんか?」
「……いや、悪かった。この話になると、ちょっとな。気分を悪くしないでくれ」
猫又の返事を聞き、供助は視線を落として静かに深呼吸する。
少し張り詰めていた空気が元に戻り、猫又も小さく肩を揺らす。
「じゃ今までどう食い繋いでたんだ?」
「私は元々は猫のだからの。どこに行っても動物好きの人間は居るもんだの」
「あぁ、なるほど。お恵みを貰っていた訳か。猫じゃなかったらどうしてたんだよ」
「その時は他の妖怪みとうに山の作物や家畜を盗み食いでもしてたんじゃないかの? まぁでも、それに人の食べ物も美味い物が多くての、ここ最近では雑食派も増えとる」
「お前ぇみてぇにか?」
「うむ。人間社会に紛れ込んで生きる妖怪も珍しくないからの。私も人間食が好きでの、特に脂っこい物や刺身とかが……」
「お前ぇ好物なんて聞いてねぇよ、雑食」
再び頬杖をし、やる気の無い目付きに怠惰感が滲み出てる態度。
供助の様子は元に戻った。
「くだらねぇ質問に付き合わせて悪かったな」
「気にするでない。傷の手当と馳走になった弁当の礼だの。それに……」
「あん?」
「本当にくだらん質問であったなら、私も真面目に答えておらんよ」
皮肉でもなく冗談でもなく、ただ本心を。微かに口端を吊り上げ、猫又は言った。
それに対し、供助は。
「……はっ、そうかい」
一瞬動きが止まり、目を、ほんの少し大きく見開いたあと。
「そりゃどうも」
短い笑いを浮かべながら前髪を掻き上げ。
そう、返した。
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