企ての主は

 廃墟にたどり着いた時も銃声が続いていた。まず目に入ったのが回転式拳銃を構えるエッカだった。弾丸が発射される部分がぎりぎりまで切り詰められた、ひたすら携帯性に特化した形の拳銃はエッカの手にすっぽりと収まり、その口からはかすかに煙が立っている。物陰に倒れている黒服の男。正体の分からない銃声はエッカによるものだった。 

「エッカが仕留めたのは何人だ」 

「私は四人撃ったよ。うち三人は致命傷だけど、一人だけはまだそこらへんで呻いている。ミアのほうはどうだったの、あの程度の演技で敵をだませるわけはないでしょう」 

「一人しか出てこなかった。エッカを追っている途中でも二、三人は見かけた。全員が黒に統一された服を着ていた。そこらへんのゴロツキが集まって襲っているのとはわけが違う。これは普通じゃないぞ。誰の依頼なのだ」 

「私がやり取りしたのは代理人って称する人。胡散臭さはあったけれども、周りを取り囲まれて、遠回しに断れば殺すとと言われているような状況だったから」 

「それでも周りの連中を黙らせるだけの力はあるだろう。どうしてそれをしなかったのだ」 

「ミアちゃんの名前を聞いたから」 

「それほどまで私を殺したかったのか」 

「死んでほしくなかった、だから受けることにしたの。だって私以外の誰かに仕事が割り振られたらそれこそ殺しに行くかもしれないじゃない。それに、万が一にエリエヌのことでミアちゃんが死を望んでいたとしたら、私の手で終わらせてあげたかったから」 

「そんな気遣いのせいで私は随分と苦しめられたのだぞ。そのようなことをする前に私のもとへ来ればよかったものを」 

「住所不定じゃないですか、どうやって見つけろっていうのよ」 

「何とかして見つけろ」 

 エッカがそこで不満そうに声を上げた。どこか未成年の女の子が喫茶店でおしゃべりしているかのような調子の声色だったが、当人の手には拳銃が握られていて、話している相手もどこかで強奪した黒いものを手にしている。足元には死体が転がっている。うまくかみ合っていない状況はライラにとっては現実離れしたものを見ているように感じられた。なにせ、目の前に撃ち殺された死体が転がっているのに、男が首を折られて死んだのを目にしたのにも関わらず、恐怖といった気持ちが全く湧き上がってこないのである。 

 恐ろしさを感じられなかったのは目の前の二人によるものかもしれなかった。繰り広げられているのは数年も前に離れ離れとなった友人同士のおしゃべりである。決して良好とはいえない別れ方をしている二人が、柔らかな顔を浮かべている。あのずっと硬い表情をして、笑うとしても言葉の後ににやりするぐらいのソフミシアが、ずっと笑みを浮かべている。 

「で、エッカ、どうするつもりだ。もう後には戻れないぞ、依頼主を裏切ったのだから」 

「はなから依頼を守るつもりはなかったよ」 

「じゃあなにかしらの計画があるってことよね。教えてほしいものだ」 

「とっちめる」 

「無計画で今まで過ごしてきたというのか」 

「そんなわけないでしょ、何も考えていなかったわけじゃないのだよ。代理人の向こう側をずっと探ってきた。まず相手をはっきりさせなければならない。でしょ」 

「それで、何か分かったの」 

「後ろにいるのは大臣だよ。教育省の」 

「まさかエリエヌが絡んでいるのか」 

「エリエヌというのをこの世から抹消したいらしいよ。なにが理由でそうしたいのかまではまだ掴めてはいないけれど」 

 ソフミシアは腕組をしてエッカの目に入るところを行ったり来たりした。少しばかりうつむき気味な顔に宿っているのはおしゃべりをしていたときのにこやかさはどこにもなくなって、どこにいるか分からない殺し屋を強く警戒しているようであった。ひどくピリピリしていたのか、地面に倒れている黒服がうめき声をあげるなり腕をほどいて引き金を引く始末だった。 

 今更エリエヌを消す理由が分からない、ソフミシアはそうつぶやいた。ソフミシアの暴走が起きてからは十年が経っている。生きている人はほぼいない、少なくとも若い人間はエッカとソフミシアの二人だけである。 

「今になって消そうとするのはどうも腑に落ちないのだが」 

「誰も知らないっていうのにね。私もそこがわからないの。この世にエリエヌを知っている人がどこにいるっていうのよ。ここにいる私たち以外に」 

「そう、そこだ。もし人々の記憶からエリエヌを消そうともくろんでいるのだったら放っておけばいい話だ。なのにどうしてわざわざエリエヌの人間を使って、エリエヌの人間を殺させようとして、それをもってエリエヌの存在が消えるとするのか」 

「その顔、ミアちゃんは何かひらめいたみたいだね」 

「いいや、ただ、エッカの言っている相手の目的そのものを疑っている。相手はエリエヌを消したいわけではないのではないか」

「じゃあ何がしたいっていうのよ」

「具体的には何とも言えない、だが確実なのは力だろう。相手は何らかの理由で力を欲しがっている。その踏み台としてのこの依頼なのではないか。私たちは壺の中の虫だったってこと」

 ライラは何も知らないながらに、ソフミシアの考えはどこか飛躍しすぎているような気がしてならなかった。一人に何かをさせるよりも二人にさせるほうが心強いに決まっている。それをわざわざ潰して一人にしてしまうというのはどういうことなのであろうか。当初聞いていたように、エッカにソフミシアを殺させて、それからエッカを殺してしまおうと企てていた、といった方がよっぽどしっくりくる。

 わざわざ殺し合いをさせるようなことをして何の意味があるの。

 ふとこぼれた言葉にソフミシとエッカは声の主に顔を向けた。

「力がほしいなら二人に頼めばいいじゃないですか。どうしてわざわざそのようなことをしなければならいのですか。私には理解できないのですが」 

「可能性はいろいろとある。報酬の問題、道具の問題、場所の問題。つまりは二人分の依頼をできる状態ではないか、二人ではならない場合だ」 

「それ、答えになっているとは思えないのですが」 

「情報が少なすぎる。私が今示したのは一般論だ。依頼する相手を絞り込むというのはそういうことだ」 

「そういうことが起きる場合はどういう時なのですか」 

「これも一般論だけれどね、ミアちゃんの新しいお友達、大抵最後まで生き残った人に依頼をしたい場合、これは一番強い人に依頼したいって気持ちの表れだよ。あまり考えたくはないけれど、あとはこれ自体が何らかの賭けに使われていることもあり得るね。呪術的な意味があることも。昔はそういうこともあったみたいだし」 

「なんだか、とっても意味がないような気がするのですが」 

「そう、普通はこんな無駄な依頼をするバカなんていない」 

「つまり、ありえない仕事、ってことですか」 

 エッカとソフミシアの話をまとめればそういうことになる。ソフミシアはそのありえない依頼のためにあそこまでびくびくしていたということとなる。誰かに殺されるという状況を常に感じて、しまいには孤島に雨で閉じ込められてしまう始末である。逃げられもできない。たぶんソフミシアは相手がエッカだと初めから知っていた。だから手が出せなくて、むしろ殺されて当然だと考えて、でもライラとの依頼を反故にはできなかった。逃げるにも逃げ出せない状況に陥ってしまった。

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