養成
火柱の後にはっと我に返ってほかの人たちが救助をしたのだが、火柱にのまれた十人を無傷に助け出すことはできなかった。
軽傷と呼べる扱いの奴は一人もいなかった。うち一人は意識が戻っていないという。その時の私は自分自身を誇りに思った。私は全員に対して強烈な一撃を与えたのだ。それこそ二度と私にひどい扱いをしようと思えないぐらいに、私が持っている力を知らしめたのだった。私にとってもその火柱は予想だにしなかったことで、自分の資質にびっくりしてしまったのだけれども、相手を打ち負かせる力を持っていることがとてもうれしくて、魔術への戸惑いはあっという間に消え去った。
学校は私に注意をしたり何らかの処分を下したりはできなかった。魔術の才能のある子供を見つけるのもまた学校の役目であることから、魔術で人がけがしたとしても、素質のある子供を見つけたというほうが優先して考えらえる。私は学校によっては処分すべき対象ではなく、賞賛すべき対象だった。
しかし母は激しい感情をあらわにした。見たこともない形相で私に詰め寄り、どうして大けがをさせたの、と問いただしてきた。仕返しをした、ただそれだけだと答えたら頬をしたたか打たれた。あなたは人の命をなんだと思っているの、言葉は人を苦しめるために使うものではない、そう言って私の目の前で崩れ落ちた。どうしてそのようなことをしたの、と涙ながらに訴える。しかし、私には連中のことばかり考えている母に対するいらだちがふつふつとわきあがった。私がどのような仕打ちを受けているのかも知らないで、連中のことばかりを気にするだなんておかしい。私は正しいことをした、なのに、母は見方をしてくれなかった。
この出来事を気に母との間は一気に冷え込んだ。同じ屋根の中にいたって私は全く口を利かないで、たとえ話しかけてきたとしてもまともに返事をしなくなった。母の言葉を無視する私を叱りつける場面が何度かあったけれども、私は外に出るなり自室に閉じこもるなりして拒んでいれば、叱られることもなくなった。
きわめて冷え切った状況にあったから、『塾』に転入することが決まった私は正直なところ嬉しかった。なにせ『塾』は寄宿舎で生活することとなる、つまり、母と顔を合わせなくてよくなるからだ。
『塾』に入ってからの私はひたすら魔術に打ち込む日々だった。月に一度だった実技は毎日のように行って、そうでもなければ理論の勉強や研究に没頭する。毎日がそれだけで過ぎていった。『塾』が使っている施設には母の職場も入っていて、何度か見かけたこともあったが、見なかったことにして自分のやるべきことに集中した。
四六時中魔術に没頭したおかげか、私の魔術はますます強さに磨きがかかり、『塾』の中でも一番の力と知識を持つまでに至った。魔術発現方法に関するものや、魔術が人体以外の素材を経由して作用するときの振る舞いや方法について、十二歳の子供が何食わぬ顔で発表するのである。
『塾』に入ってから四年が経てば、もはや私よりも魔術を使いこなせる人はこの町にはいなかった。
そのようなときにとある話が持ち上がった。私に『塾』をやめさせると言うのだ。私を追い出すような内容にひどく衝撃を受けたのを覚えたし、しばらくの間部屋から出られなくなってしまうぐらい落ち込んだ。私の居場所がなくなる、またなくなる、そう思ったら、私だけの部屋から出たくなくなってしまった。
気持ちが落ち着いて恐る恐る真相を尋ねてみれば、『塾』から出てゆくことになるのは本当のことだった。事実を突きつけられて、奈落の底を突き破るぐらいに気持ちが落ち込んだ。が、直後の言葉で私の心は戻ってくるのである。
もっとふさわしい場所がある。
私にとってその言葉は思いもしないものだった。一日中魔術に触れて、訓練ができて、研究もできて——これよりも私にふさわしい場所などあるだろうか。私はこの町の連中に虐げられて、復讐の後には恐怖の目で避けられてきた。私の居場所はどこにもない、あるのはただ魔術のもとにのみ。もっとふさわしい場所と言いながら私から魔術を奪ってしまうのではないかとおののいた。
提案されたのは、『部隊』の隊長という場所だった。『塾』は魔術を研究するのが主だったけれども、『部隊』は実際に使うところに重みが置かれるという。国、あるいは国を超えた機関からの依頼をうけて、『部隊』は任務を遂行する。
私は詳しいことを聞かなかった。聞かなくても想像はついた。偵察、妨害、破壊工作、暗殺——裏の世界に忍び込んで国や世界を動かす。しかも、私の居場所である魔法を使って。当時の私としては研究しているほうが性に合っていると思っていた。とはいえ、今の私からしてみればまさにふさわしい舞台だったが。
私にはしばし考える時間が与えられた。『部隊』に入れば『塾』に戻れる機会はまずない。責務を全うするまで、『部隊』の中に身を置かなければならなくなる、それだけの覚悟ができるか一週間で決めろ、というわけだ。
猶予期間の二日目に母が私の居場所に入り込んできた。数年ぶりの出会いで感じたのは、母のひどく老けた顔だった。不健康そうにブヨブヨ太っている様子はなかったが、顔に刻まれたしわの数が年月の経過を感じさせた。
母は言った。『部隊』に誘われていると聞いた。あなたは『部隊』というのがどういう組織なのか知っているのか。
私は知っていることを答えた。つまり、魔術を使って国のためになることをする、ただし表舞台に出るようなことではない。
あなたはやっぱり何も分かっていない、何も聞かされていないのね、と母が口にしたときには、私はずかずかと私の居場所を侵す母にかみついた。分かっていないのは私ではない。私の居場所は魔術だけ、母は私から魔術を奪おうとしている。私の居場所は魔術だけ、だれにも手出しはさせないし、たとえ血がつながった人でも同じだ。
すると母は首を横に振りながら、違う、違うの、と言葉を漏らした。あなたから魔術を取ろうとは考えていない。魔術についていろいろな発見をしているのは誇りに思う。魔術の力があることも認める。それでも『部隊』に入るのはやめてほしい。『部隊』は殺し屋、人を傷つけるためにあなたの魔術を使ってほしくはない。
母はこうも続けた。『部隊』がただ汚れ仕事をする組織なだけではない。『部隊』はもっとも残忍な人間が集められる。つまり、魔術ができても人間的によくない人がたくさん集まってくる。あなたはそうではないけれども、だからと言ってほかの人が同じであるとは限らない。自分のためであれば『部隊』を裏切ることだって平気でする。あなたの大好きな魔術であなたを苦しめる人が現れる。あなたから魔術を奪う人が現れるかもしれない。
そのようなはずはない。私の答えはそれだけだった。それだけで十分だった。私から魔術を奪うこともできないし、たとえ裏切られたとしても返り討ちにするまで。気にする必要もない。母に心配されることなんて何もない。
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