第23話 by Misora.N

 怪我をしているから、いつも以上に油断なんてできない。次に右肩に攻撃を食らったら――考えたくもないし、アタシらしくもない。

 友里姉は真っすぐ前だけを見ている。その代わり、アタシが左右の安全を確保する。もし何かが飛び出してきても、友里姉へ近づく前に切り伏せることくらいならできるはずだ。そう、いつもなら。

 やっぱり無意識のうちに右肩へ意識がいくらしい。飛び出してきた敵に反応が遅れた。切り伏せようとしても、いつもより動きが鈍い。そしてそんな動揺は太刀筋にも出る。決定打を与えることができない……!

 友里姉は振り向くことなく、まるでプリントを後ろの席に回すかのような動きで、刀を薙ぐ。それもアタシにぎりぎり当たらないように、柄をいつもより短めに持っている。瞬きのあと残ったのは、残骸のみ。

「……なんで見ないでも切れるんだ?」

「足音でわかる」

 ――鬼神。友里姉がそう言われる理由は、きっとこんなところにもあるのだろう。足音だけで敵とアタシの位置を判断して、最小の労力で切り捨てるなど、いくら実戦経験を積んでもそう簡単にできるものじゃない。刀を納刀した友里姉の後ろ姿を見やるが、その秘訣はわからずじまいだ。

「……」

 と、友里姉が前をじっと見つめる。何か見つけたのだろうと、友里姉の隣に並んでその方向を見た。まるで大きいタンクのような、不思議なものがそこにはあった。ここは人が住んでいるような島ではない。ここに大きいタンクを置いたところで、何の役にも立たないと思うけど。

「野口実空。何か見えるか?」

「ああ、大きいタンクみたいなのがある。長方形だけど、角はなくて丸まってる。クリーム色だ」

「大きさはわかるか?」

「え? ……んー、近くにある木より一回り大きいかな。ただその木がどれくらいの大きさがわからないから、具体的な大きさは答えられない」

「ふむ。きっとあれは……『スポット』だ」

「スポット?」

 聞きなれない言葉だった。思わずオウム返ししたアタシを手で制し、友里姉はジャケットの合わせ目にクリップで挟んでいる通信機の電源を入れた。

「佐々倉有砂か。スポットを発見した。ああ、一時の方向に五百メートル。まだ野口実空が肉眼で捉えている程度だ。佐々倉有砂で試してみる価値はあると思うが。わかった、そうしてくれ」

 通信機で話している相手は有砂姉のようだ。大庭隊では前衛と全体指揮の友里姉、後衛指揮の有砂姉、狙撃手で別の動きをするすずりん、本部の看護師さん、オペレーターの花澄姉が通信機を持っている。でも大庭隊の通信機は声しか届かない。出撃先の地図なんかが通信できたらきっと便利なんだろうなと思うが、高望みはしてはいけない。

 大庭隊ができてすぐの頃は、通信機すらなかったらしい。万が一何かあったら見捨てて、殉死報告をする――前衛と後衛に分けているのは動きやすさとその名残だと聞いた。片方が殉死しても、生き残ったもう片方が、「あいつは死んだ」と報告を上げてくれるように。友里姉と有砂姉は、お互いの実戦を見たことがないと聞いたけど、きっとそれが理由だ。それはつまり、お互いが死ぬところを見届けられないということでもある。相方が知らないうちに死んで、その報告だけをする無念さは幸いなかったみたいだけど。

 今、大庭隊にやっと通信機が渡されたのは、友里姉と有砂姉の必死の活躍のおかげだ。友里姉は特に何も言わなかったらしいが、「大庭隊だって日本特別陸軍のいち小隊です。戦において情報共有は大切なことであり、通信機がないという理由で大庭隊が情報共有できず玉砕した場合、困るのは他の男性の隊ではないのですか」と有砂姉が上官に食ってかかったらしい。元々大庭隊は弱小の他の隊より戦果を挙げていたこともあって、その要望は思ったよりもあっさりと通された。にしても、友里姉じゃなくて有砂姉が言うなんて。

「有砂姉、何って?」

「ここに来る、と」

「有砂姉が前衛に?」

 珍しいこともあったもんだ。元々隊を分断していた大庭隊、この二人が同じところで戦うことなんて、今までなかったのではないだろうか。

「ああ。スポットを破壊するには、刀では不向きだ。拳銃を使ってもらったほうが手っ取り早い」

「そんな固いのか?」

「見てわかる通りだ。逆に刀が壊されてしまう」

「……やったことあるのか?」

「まさか。この身が滅んでもこの刀だけは折らせはしない」

 友里姉が刃を見つめながら言う。執念じみた言い方だが、毎日必ず手入れしている刀だし、失うのはさすがに嫌なのだろう。アタシだってショートソードが折れたら困る。

「野口実空。その言い方だと、まさかスポットを知らないのか」

「ああ、初めて聞いた」

「……最近見つかったものだ。野口実空が知らなくても仕方がない、か。移動しながら話す」

 スポットのある方向を指し示すと、友里姉はスタスタと歩いていく。アタシもそれに続いた。ってか有砂姉のことは待たなくてもいいのかよ。有砂姉のことだから、もうアタシたちの場所はわかっているのか?

「誰が作ったのか、目的は何なのか……よくわからないままではあるが、スポットがあることは非常に厄介だ。なんせ、スポットがあることで未確認生物が無限に湧き出る」

「は?」

「もちろん一体出て来たら、ある程度の時間をおかなければ出てこない。その隙をついて破壊する。冴木隊がここに向かったのも、おおかたスポットの破壊任務だったのだろう」

 冴木隊は、ここで任務に当たり、伝令役以外は玉砕した。スポットまで辿り着けたかどうかはわからないが、戦闘員全員がここで玉砕したのだ。嫌が応でも緊張は高まる。

 思えば士官学校時代、訓練の最中に命を落とした奴もいた。むしろここまで生きてこられたほうが不思議なのかもしれない。それでもアタシには、死ねない理由がある。

 友里姉は前から突然襲ってきた敵をあっさりと切り捨てている。アタシの出る幕なぞ一瞬たりともない。――この身が滅んでもこの刀だけは折らせはしない。不意にさっきの友里姉の言葉が蘇った。

 なぁ友里姉、友里姉だって死ねない理由があるんじゃないのか。だからそんなに強くなるまで鍛えたんじゃないのか。強くなって、何かを守ろうと思っているんじゃないのか。――もちろんそんな言葉は絶対に口にしない。こんな戦場のど真ん中で言う言葉じゃないからだ。それでも、聞いてみたい衝動に駆られる。有砂姉は何か知っているだろうか。そうだ、有砂姉。

「友里姉、有砂姉は待たなくてもいいのか?」

「勝手にこっちに来る。それよりスポット視察だ、近づいた瞬間に敵が出てきてやられました、なんぞ話にならん」

 スポットに近づくにつれ、一機の……ラジコン? が飛んでいるのが見えた。緑の機体はスポットの近くをくるくると飛び回っている。あれには見覚えがあった。

「あれ、万意葉姉のラジコンか?」

「ああ。我々の通信機の会話を聞いて飛ばしたんだろう」

 オペレーター業務に就く人は、どうしてこうも状況整理が上手いのかね。アタシはその場にいないと状況把握なんて一切できない。考えなくても体が勝手に動く実戦のほうが向いている。

「こちら前衛、大庭友里。月城万意葉、何か気が付いたことは? ……ああ、わかった。では一度こちらで処理する」

 友里姉が万意葉姉と連絡を取ったらしい。当たり前だが、通信機は持っている人しか音声のやり取りができないから、アタシには何の会話をしているか全くわからない。

 わかるのは、アタシが通信機を持つときには友里姉や有砂姉がいなくなっているか、アタシ自身が花澄姉のように動けなくなってしまったときくらいだ。

「……なんだ、野口実空」

「え、あ、ごめん」

 思わず友里姉を見つめていたらしい。友里姉が怪訝な表情でこっちを見ている。そりゃ、こんな戦場でじっと見られるなんて気持ちいいもんじゃないよな。

「野口実空、ここは戦場だ。一瞬たりとも気を抜いていい場所ではない」

 言いながら、友里姉はまた敵を切り伏せる。アタシが敵を認識した瞬間には友里姉の刀の餌食になっているって、どんな動体視力だよ……。

「忘れるな。我々は命のやりとりをしてい」

「友里姉!」

 友里姉が目を伏せた瞬間、アタシの視界の端で何かが飛んできたのが見えた。長距離を得意とする敵が飛ばしてきた弾丸のパチモンだ。小さいしパチモンとはいえ、殺傷能力はもちろんある。アタシの右肩の怪我よりもひどい怪我を負うことだってある、と士官学校時代に聞いたことがある。

 そうだ、アタシの右肩。今はこんな状態だ。しかもこのパチモン弾丸は小さいから叩き落すのも困難だ。友里姉が――!

 空気を変えるように、乾いた発砲音が一発。信じられないことに、弾丸の軌道が逸れている。さらにもう一発の発砲音で、弾丸はあらぬ方向に飛んで行った。

「……え?」

 アタシの持てる限りの動体視力を以て、目を凝らして見た先では一体の未確認生物がゆっくりと生を終わらせていた。一体何が起こっている?

「友里、大丈夫!?」

 友里姉のことを呼び捨てできる人なんて、大庭隊では一人しかいない。凜とした声の持ち主であるその人の名を呼ぶ。

「有砂姉……!」

「実空! 肩が……! そう、だから動けなかったのね」

「ああ、助かった。ありがとう。……さっきの敵、どうやって倒したんだ?」

「一発目で弾の進行方向を変えて、二発目でその弾を敵にお返ししたわ」

――佐々倉有砂、あいつは日本特別軍初めての女軍人だ。女の軍人なんて今まで前例がない。その固定概念をぶち破って軍人になった。男より力は劣るし、体力だって低い。

――それでもあいつは、技術という一点で周囲を圧倒させた。女軍人ってだけで見下されていたが、あいつのミラクルショットを見てしまった奴らは、もう何も言えないさ。なんでって、あいつ以上に正確に、上手く撃てる奴なんていなかったからな。

――缶を置いて、その上に板を一枚置く。乗ってバランスを取ることさえ困難なその状況で、佐々倉有砂は何百メートルも離れた小さな的を一発で打ち抜いた。他にもとんでもない急斜面や、構える隙を与えずに腕を上げた瞬間に発砲する訓練だって、あいつは一発も外したことがない。

――ただの地面に足をつけているなら、佐々倉有砂が外すことなんて絶対にない。あいつが天才と呼ばれる所以はそこだよ。

 友里姉のことだけじゃない、妹尾少尉は有砂姉のことも教えてくれたんだ。妹尾少尉は有砂姉の同期だから、友里姉のことより有砂姉のことのほうが詳しかった。それにしても、本当に意味がわからない。いや、この目で見ているし、理解はできるのだが、やはり意味がわからない。あの小さい弾を撃ち返すって。

「ピンボールと要領は同じね」

「遅かったな、佐々倉有砂」

「ごめんなさいね、途中で無駄な弾を使いたくなかったの」

 きっと敵をまいてきたのだろう。刀と違って、拳銃には弾丸の上限がある。しかし、これでメンバーは揃った。スポット破壊の準備は万端だ。

「余計な手出しもしてくれて、ご苦労なことだ」

「たまにはこっちも使いたかったのよ」

 有砂姉が掲げたのは、いつも使ってる黒の拳銃ではなく、一回り大きい銀の拳銃だった。銀色のほうは普段は使わないようにしているんだっけか。すずりんが言っていたのを思い出す。たまには使わないと鈍るってことだろう。

「大庭隊副隊長、佐々倉有砂。ただいまより前衛隊とご一緒させていただきます」

 有砂姉に敬礼をされるのは初めてだ。アタシも思わず敬礼をし返す。ただ一人友里姉は表情を変えずに有砂姉を見た。こういうのを見ていると、友里姉は有砂姉の上官なんだなあと思う。

「よし、行くぞ」

 友里姉のいつも通りの言葉に、アタシと有砂姉は大きく頷いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る