第22話 by Misora.N
※軽い流血表現があります。
後ろを振り返らなくてもいい。だって、後ろには皆いるから。
走りながら抜刀する。毎日欠かさず手入れをしているショートソードが、応えるようにキラリと光り、アタシが思わず笑った顔も映し出した。ここが戦場であることを思わず忘れそうになるが、これはいけないと気合を入れ直し、もう一度足に力を込めた。
危なげもなく岩間まで走り抜けると、友里姉に向けてショートソードを掲げる。勢いが強くてそのまま座り込んでしまったが、友里姉の目にはアタシのショートソードが見えているはずだ。
「……あ」
前を見たアタシは、今ショートソードを掲げたことを後悔した。目の前には……アタシに気が付いていない複数の敵。ざっと数えて十体はいる。面倒なことにならないように、息を潜めて友里姉を待つ。
こういうときに飛び道具があれば、遠くからちまちま攻められるんだろうけど、アタシにはそんなものは似合わない。懐に飛び込んで、一撃で決めるのはアタシの戦い方だ。
「でも、通信機は借りておくべきだったかなあ」
「なんだ、自分が来たら問題ないだろう」
「ゆ、友里姉!? 来るの早くないか!?」
背後で聞こえた友里姉の声に思わず大きな声を出してしまった。その声で、複数の敵が振り返った。
「……友里姉」
「行くぞ」
打ち合わせも何もなしで、友里姉は敵の群れに飛びこんでいった。抜刀していない……!
「ちょ、友里姉……!」
――大庭友里が優しい隊長だって? あいつは、鬼だ。敵だと見なされたら最後、次の瞬間には命がない。
――そしてあいつには、鬼と称されるだけの実力も、隊長の器も、そして……覚悟も。全部兼ね揃えている。
――ついたあだ名は……
つい最近そんなことを聞いたような気がする。この話、誰から聞いたんだったか。
友里姉は手始めに腰を左に振り、
そのまま左足を軸にして後ろを振り返り、綺麗な回し蹴りが炸裂した。少し遠い位置にいた敵は、刀で仕留める。後ろから何かを発射しようとしていた敵は、鞘を投げて一瞬の
刀を引き抜くと、肘で後ろの敵を殴る。手の中で刀を百八十度回転させて逆手に持つと、刀による追撃を行った。あれ回転させるのミスったら自分を傷つけることになるんだけど、友里姉はいちいちそんなことを考えていないと思う。
その流れるような攻撃に思わず見とれてしまいそうになるが、アタシも負けじと近くにいた敵に切りかかる。相手は未確認生物、人間と違い殺されることに恐怖感などない。勢いよく向かってきた敵は手首の返しで黙らせた。
次は手の中で柄を少し回しながら、アタシの腰ぐらいの位置にいた未確認生物を突く。回転させると即席のドリルになるから、決定打を与えるにはちょうどいい。
もちろん後ろから来る敵の相手もしてやらないといけない。ギリギリまで引き付けて、
「ぐっ……!?」
引き付けようとしたが、あっけなく失敗してしまった。敵がいきなり距離を詰めてきたかと思うと、そのままアタシの右肩に噛みついてきた。嫌な感触がして、血が出る。
思わず地面に倒れ伏す――振りをして、左腕で全体重を支えると屈伸の要領で両足の蹴りをお見舞いしてやった。反撃は予想していなかったのか、敵が吹っ飛んで近くの木にぶつかったのが見えた。距離をつめてショートソードでとどめをさしておく。
しかし利き手の肩がやられたのは問題だ。左手にショートソードを持ち、右手を添えるように持つ。左手でショートソードを振ることなどほとんどないが、右手があれば少しはましだろう。
今の敵が最後だったらしく、辺りは未確認生物だったものが散らばっていた。友里姉が刀を振るって付着したゴミを落とすと、そのまま帯刀して、アタシのほうをチラリと見た。
「……先に進むぞ」
「ああ」
大丈夫だ、怪我をしたことはばれてなさそうだ。これは自分のミスが生んだ怪我なのだから、もしばれても心配してもらうほどのことじゃない。ただ、自分で止血するのが難しいだけで。
「……」
足を進める前に、友里姉が自分の黄色のネクタイを解いた。友里姉の軍服は実は男物だから、ネクタイは少し長い。かく言うアタシも女物のサイズがなくて、男物の軍服を着ている。でも、ネクタイの長さは友里姉を除く他の大庭隊と同じものだ。
左手にネクタイを巻き付けると、今度は胸ポケットから大きめのガーゼを取り出した。そのまま友里姉はアタシに近づいてくる。
「な、なんだよ友里姉」
行動の意図が読めない。思わず後ずさりしたアタシの左肩を友里姉がポンポンと叩く。ここに座れということか。ショートソードを自分の後ろに置き、友里姉と目を合わせる。ゴム手袋を付けた友里姉が口を開いた。
「応急処置をしておく。血があまり出ていないとはいえ、肩だと自分ではやりにくいだろう」
「まさか、気付いて……!?」
「当たり前だ」
顔色一つ変えない友里姉が、アタシの肩の傷ついた部分にぐ、とガーゼを突っ込む。痛みで思わず声が出そうになるのをすんでのところで耐えた。
友里姉がやっているのは、直接圧迫止血法という立派な止血方法だ。何枚かのガーゼを使用して、傷口を埋めるように止血を行う。ガーゼが落ちないように、止血帯の代わりに友里姉がネクタイを巻いてくれた。血がだらだらと流れるような状態ではないから、止血帯を使わなくてもよいという判断だろう。
「助かる、友里姉」
アタシは自分のネクタイを解いて友里姉に渡した。友里姉は何も見ていない、聞こえてないかのような素振りで立ち上がる。まぁ、友里姉が戦場でみすみす怪我をするなんて有り得ない。アタシの色の違うネクタイも礼も必要ないということだろう。片方が負傷している状態では再度ネクタイを付けることはできなくて、アタシは乱暴に左ポケットにしまい込んだ。
今度こそ先に進もう。友里姉とアタシは同時に立ち上がった。
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