第21話 by Misora.N

 警報で無理矢理叩き起こされてもう一時間が経っていた。いや、まだ一時間しか経ってないって考えるべきなのかね。

 花澄姉が用意したゴムボートでアタシたちは少し離れた小島に向かった。小島に降り立つと、まず看護師さん二人は応急処置ができそうなところに目処を付けて、すずりんは通信機を邪魔にならないようにセットする。アタシらは、武器の調節だ。

 鞘から抜くと、今日もなんら変わらないピカピカのショートソード。ショートって言うにはちょっと長いけど、ある程度の距離を取り、時には肉薄して敵を斬ることができるこのショートソードを、アタシは大層気に入っていた。士官学校時代からの付き合いで、男に混じってこのショートソードを振りまわしていたあの頃が懐かしい。今は同年代の男相手ではなく、得体の知れない生物を相手している。

「大庭隊全員に次ぐ。通信機を持っているのは、自分と佐々倉有砂、そして五十嵐鈴だ。前衛は自分に、後衛は佐々倉有砂に続け。五十嵐鈴は別行動だ」

「は、はい」

 真新しい戦闘服を着たすずりんが、不安そうに答えた。アタシだって初めての出陣は緊張した。ましてやすずりんは、戦闘の立ち回り方なんて士官学校時代に最低限しか習っていないはずだ。きっとアタシが知らないうちに有砂姉が叩き込んだのかもしれないが、初めての出陣から一人で行動させるなんて、友里姉はなかなか厳しい。

「さて、今日は敵の偵察ということで来ているが――倒して構わないぞ」

「おし、じゃあ見かけたら倒すということで」

「そうだな。もしここで未確認生物を見逃したら、生き残りが本土に行くかもしれない。自分の行動、判断が被害の程度を分ける可能性があることを忘れるな」

 友里姉の言葉に、アタシはひとつ頷いた。

 アタシの家族は、まさにその生き残りの未確認生物にやられている。アタシがたまたま林間学校に行って、帰ってきたときには両親も弟も妹もいなかった。あったのは、質素で小さな墓だけだった。

 両親以外の親類とは付き合いがなかったから、そして何より家族がいないこの世界で生きていくのは辛くて、いつ命を落としてもいいと思って軍に入ったのが今から四年前の話だ。

 ――不思議なことに、アタシはまだ生きている。

 ふと友里姉が大きな岩場を指差した。視界を遮る障害物、なし。敵、いない。それだけの情報を得てから友里姉の言葉を待つ。

「野口実空、まずあの岩のところまで走ってくれ。あそこより向こうはまだ偵察できていない。何があるか、何が見えるか……情報を渡さないと後衛が動くに動けない」

「りょーかい。ま、有砂姉なら情報なくても動けそうだけど」

 過去に一度、興味本位で見た有砂姉の訓練を思い出しながら、アタシは友里姉に言った。アタシでさえ見たことがあるんだから、友里姉も有砂姉の訓練を当然知っているだろうと思ったからだ。

 友里姉は前を見据えたまま、いつまでも新品同様の輝きを放つ刀を抜きながら答えた。

「五十嵐鈴のことを言っているんだ。狙ったところに弾丸を打ち込めるよう、体や狙撃銃を固定する必要があるのでな。固定できないような場所なら狙撃の意味がない」

 アタシは思わず後ろを振り返った。アタシにとってすずりんと、それにアリーも相棒みたいなもんだ。アタシの行動で相棒の負担が軽減されるなら、何も言わずに行くべきだろう。

「わかった。……見てくるうちに、敵が来てアタシがやられたらどうする?」

「そんなに自信がないなら、本部に帰って荷物をまとめてくれて構わない」

 アタシを見ずに、顔色ひとつ変えずに言ってのけた友里姉。

友里姉は、本気だ。戦闘をしに来て弱音を吐く奴なんて、大庭隊どころか軍隊に必要ないと本気で思っている人だ。そのくらいの意思がないと、一個小隊の隊長を務められるわけがない。

 それでも友里姉は優しい。もしアタシが本当にピンチになったとき、一番に飛んできて助けてくれたことは一度や二度じゃない。それがまるで、家族を助けるように自然なもんだから。

 口には出さないけど、アリーやすずりん、友里姉をはじめとした大庭隊という新しい家族の存在があるから、まだ生きていてもいいかなって思った――って、アタシも甘いのかね。

「で、行くのか? 野口実空」

「当たり前よ。のこのこ荷物なんかまとめてられるか。友里姉、背中は任せたぜ」

 アタシがどれだけ笑顔で言っても、戦場に立つ友里姉はにこりともしない。いつもの友里姉はどこにいったのかと初めは心配した。でも今は、表情一つ変わらない友里姉を見ると、いつも通りだって安心する。友里姉は絶対に背中を守ってくれる安心感があるから。

 いつも通りであることに安心できるほど、大庭隊にいることが心地良い。おおよそ戦場に似つかわしくないことを思いながら、アタシは一歩前に踏み出した。

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