第13話 by Shiho.M
「……演習で大きな負傷をすることは、ほとんどありませんわね」
「やっぱりそうなんですか」
今日の昼間に、佐々倉少尉の実弾狙撃演習にも参加させていただいたけど、万が一のため、演習現場にもわたしたち看護師は参加するようになっている。とは言っても、菜美さんの言う通り演習で怪我をすることはほとんどない。わたしたち看護師が怪我をしては本末転倒ということで、戦闘にも参加することはないから――言ってみれば、暇だ。
「もちろん打撲やかすり傷ならよくありますけど、次の日には治るものがほとんどですの。ただし、それは後半の戦闘演習だけですわ。……前半は、真剣も実弾も使うと聞いていますので、もしかすると」
「怪我人が出るかもしれないということですか」
「ええ。有愛ちゃんの馬が負傷したときだけは、わたくしたちにはどうしようもないのですけれど」
「それは無理ですね」
わたしや菜美さんが治療できるのは人間だけだ。有愛さんの馬の面倒は、全て本人に任せている。
「あれ、有愛さんの馬が怪我したときって、有愛さんは後半演習も出るんですよね? そのときはどうするんですか?」
「有愛ちゃんは、ボウガンと馬が武器ですから、戦線離脱しますわ」
「そうなんですか……」
入隊してからというものの、わたしは看護師としての仕事をこなすことでいっぱいいっぱいだった。実は戦闘員さんの顔と名前、使用武器を理解したくらいで、武器が使えなくなったときの対応までは知らない。
「他の方の武器が壊れたらどうするんですか?」
「……」
「菜美さん?」
「……そういえば。どうされているか、知りませんわ」
菜美さんがうーんと考えるも、今までの経験上で他の人の武器が壊れた、という経験はないらしい。
そんなはずはないだろう、と普通なら思うのかもしれない。だがわたしは今年大庭隊に入隊し、さらに戦闘員ではなく、看護師である。それも下っ端。入隊したのが四番目という古株である菜美さんの言うことに、何の疑問も感じなかった。
「今度皆さんに聞いておきます」
「その方がいいですわね」
もし結果がわかったら、菜美さんにも報告しようと思った瞬間、机にある通信機に緑のランプがつく。
『お疲れ様でした、前半演習は負傷者なしで終了です。大庭隊の戦果二十七、妹尾隊の戦果十八です。十分休憩後、演習用武器を用意しておいてください』
万意葉さんの声だった。実弾や真剣を使う前半演習に怪我人がいないということは、今日は平和に終わったということだろう。今日も通信機を使う機会がなかったため、わたしは未だに通信機を上手く扱えない。わたしが通信機を扱うときは、誰かが怪我をしたときだ。
「菜美さん、怪我人なしですって」
と、わたしが菜美さんの方を振り返ったときだった。
菜美さんが真剣な顔をして、通信機に手を伸ばした。そのまま慣れた手つきで操作をし、通信をどこかに繋げた。
全体的な通信をする場合は、さっきのように緑のランプがつくはずだが、今菜美さんが持っている通信機は、赤いランプがついていた。
「こちら看護師長の露木菜美ですわ。万意葉ちゃんの個人通信でよろしくて?」
『はい、菜美さん。月城万意葉です。どうされました?』
菜美さんが連絡した先は、なんと万意葉さんのところだった。万意葉さんはさっき、怪我人がいないと言ったはず。それにしても、個人通信とは何なのだろうか。
「鈴ちゃんの様子が気になりましたの」
『問題ないですよ』
「ではこちらの杞憂だったということですわね。わかりました、ありがとうございます」
『いえ、気にかけてくださってありがとうございます』
万意葉さんが通信を切ってから、菜美さんも通信を切った。
「菜美さん? 今のは一体……」
「今日、鈴ちゃんが初めて戦闘しているところに来たでしょう? 今まで研究をしていた子ですから、実弾が飛ぶ戦場に出て多少のショックがあったのではないかと。でも鈴ちゃんに聞いてもきっと答えてくれないので、万意葉ちゃん個人の通信機に連絡したまでですわ」
確かにわたしも、初めて演習や戦場待機を命じられたときは怖さが勝った。そのとき、菜美さんは確かに隣にいてくれて、緊張をほぐすように微笑みかけてくれたことを覚えている。そのときのわたしのように、鈴さんのことが心配だったのだろう。
「わたし、そんなところまで気が回りませんでした」
「わたくしも新人のときはこんなことしていなかったですわ。でも、やっぱり戦闘員に守られて、自分の仕事を続けられていることを考えると、戦闘員の心を支える役目はわたくしが――わたくしたち、の仕事ですわ」
「そう、ですね。はい! わたしも頑張ります!」
看護師の仕事だけではなく、メンタルケアもとは全く考えていなかった。でも、わたしがそうやって役に立てることがあるなら。菜美さんに頼ってばかりではなく、自分から行動を起こそうと決めた。
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