第12話 by ???

日本特別軍の本部には、幹部が集まるフロア――通称「大本営だいほんえいフロア」がある。中央にある大きな扉を抜け、右側が陸軍フロア、左側が海軍フロアだ。いわゆるお偉いさん方が集まるフロアであるため、部屋もフロア自体も、びっくりするほど広い。

 そんな大本営陸軍フロアに、ウェーブがかった長い髪を揺らす女性が歩いていた。軍隊の九割以上が男性のため、普通はそんな髪を持つ人間が、こんなところを歩いているはずがない。しかし、彼女は左腰に刀をいているうえ、右足のホルスターには拳銃が入っている。ただの女性ではない、軍人だということが一目でわかる装備だった。

 女性が歩いているという珍しさ、そして普通は一種類しか持たない武器を、なぜか二種類持っているという謎からか、周りの者の視線を一手に集める彼女は、そんなことはお構いなしに、ずんずんと奥へ向かっていく。まるでこの大本営フロアを熟知しているようなはっきりとした足取りに、誰も彼女の歩みを止めようとはしなかった。

 彼女の足を止めたのは、あるひとつの部屋の札だった。入口から百八十度反対の位置にあるその部屋の札には「元帥」と、たった二文字の漢字が記されている。

 コンコンコンと、優しく三回ノックする。部屋の中から聞こえた「はい」という重い声に、否応なしに彼女の背筋が伸びた。部屋に入る前に、自分の正体を明かさなければと彼女は口を開いた。

「日本特別陸軍大庭隊所属戦闘員の、白藤ひなたでございます」

 彼女――白藤ひなたの声に、元帥が小さく「入れ」と命令する。ひなたが震える手でドアノブを回した。さすがにこの日本特別軍トップの前へ行くときに、緊張するなというのは酷であろう。

 元帥こと日本特別軍陸軍大将の男、そして大庭隊隊長である大庭友里の父親である大庭秀勲は、いつものように玉座のような仰々しい椅子に座っていた。

「……遠いところから、わざわざすまんな准尉」

「いえ、お気になさらず。大庭隊で渉外の仕事を任されているのはわたくしですから」

 入口から動こうとしないひなたに、元帥は手で自分の正面の椅子に座るよう促した。ひなたもそれを受けて、一礼してから椅子に座る。

「今回、准尉を呼んだのは他でもない」

 元帥が懐から一枚の写真を取り出した。髪を二つに括った少女が眠っている写真だった。

「この少女、昨日本部の前で倒れていたらしい。衰弱していたようで、今は仮眠室で寝かせている。正しい対応として、この少女を家に帰したいところなのだが……」

 元帥にしては歯切れの悪い物言いに、ひなたは違和感を覚えた。そもそも、いつもの彼なら、少女を家に帰すことなど、ひなたのような下っ端の隊員に報告せずとも行うはずだ。ひなたの気持ちを読み取ったのか、元帥は口を開いた。

「果たしてどうするべきかと思ってな。保護したときの彼女は、服もボロボロだった。彼女の目が覚めていないからまだ聞けないが、もしかすると、この子は助けを求めてここまで来たのかもしれない。国を、国民を守る我々が取る対応は、少女を家に帰すことではない」

 そこまで言われて、ようやくひなたも理解ができた。きっと元帥は、少女を大庭隊に預けようと思っているのだろう。

「もう准尉も気が付いていると思うが、男の部隊に預けるより、大庭隊に預けたいと思っている。しかし戦闘員が増えるわけではないゆえ、准尉の意見を聞いておきたくてな」

「わたくしは、何も言うことはありません。元帥の仰せのままに」

「そうか。あいつも准尉くらい聞き分けがいいならよかったのだが」

 あいつ、というのは今ここにいない娘のことだ。ひなたが大庭隊の渉外担当になっているのは、友里が元帥を嫌っていること、有砂はそもそも渉外というより説き伏せることが得意だからである。特に友里の元帥嫌いは大庭隊の中では有名で、「友里ちゃんに父親はいないよ」と言われてから、友里に親の話をすることはタブーとなっている。

「明日もう一度会議をしてみるが……准尉以外の人間の話も聞きたい。誰かもう一人連れてくてくれるか」

「はい」

 ひなたは明日非番である有砂を連れてこよう、と考えて、自分の頭に誰が非番なのかのスケジュールが入っていることに心の中で小さく嘲笑した。

 れっきとした軍人ではあるが、ひなたは十九歳組である実空や有愛よりも実戦・演習回数が少ない。自分が友里や有砂がいなくなったときの代わりであることは、十分理解している。ひなたが准尉より上の位につくときは、友里か有砂、もしくは両方がこの世からいなくなったときだろう。

「では、また明日の会議で会おう」

「はい、失礼いたしました」

 このときの少女が、のちに大庭隊の運命を変えていくこととなる――。

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