第9話 by Suzu.I
すぅ、はぁと小さく深呼吸をしました。演習とは言え、実弾が飛び交う戦場に出るのは始めてです。この状態で実戦に行けば……。いえ、想像するのはやめましょう。少尉のお心遣いに感謝です。
「鈴ちゃん。私たちは戦闘員じゃないから、こっちね」
「はい」
万意葉さんに着いていくと、小屋が二つ。左側の小屋の扉に「看護師待機室」の札がかかっています。右側には何もかかっていません。万意葉さんは右側の小屋の扉を開けました。中にはパソコンと通信機が二台、そして、ラジコンのような小さな紺色の飛行機がパソコンの前にちょこんと置いてあります。初めて見る光景に、わたしはどうすればいいかわかりません。
「えっと……」
「座ってね」
元来、そんなに多くの言葉を話さない万意葉さん。戦闘前と研究が煮詰まると、集中のためかさらに言葉が少なくなります。
万意葉さんに促され、モニターの前の椅子に座りました。通信機の装着方法と、会話するための操作、そして簡単なルールを教えていただきます。
「オペレーターの
「ええ!? そ、そんなわたしなんて……」
「大丈夫、フォロー入れるからね」
にこり、と万意葉さんが笑いました。その笑顔で、どこか安心した自分がいます。
わたしと年齢が一番近い研究職の先輩は、万意葉さんです。わたしが大庭隊に所属してからも幾度となくお世話になりました。そんな万意葉さんがフォローしてくださるなら、きっと大丈夫なのでしょう。
そんなことを考えていると、万意葉さんが小さな飛行機に触れました。
「万意葉さん、そちらは……?」
「索敵機。鈴ちゃん、パソコンモニターの電源入れてね」
「はい」
飛行機からブゥン、と低いエンジン音が鳴ります。万意葉さんが窓を開け、飛行機を外に出しました。ふわふわと紙のように、飛行機が闇の中に飛んでいきます。パソコンの裏に置いてあった機械を取りだし、万意葉さんが画面を見ました。右のモニターには風景が。左のモニターは四分割されていますが、何なのかはよくわかりません。
「この索敵機、使うのは大庭隊だけだからね。右の画面が索敵機か今映してる映像、左のモニターは敵に撃ち落とされたりしないように、前後左右から索敵機の周りを拡張して映してる。あの索敵機にはカメラが五つ付いてる」
言いながら万意葉さんは操縦の手を止めません。男の子が遊びに使うラジコンのようなものなのでしょうか。
「鈴ちゃん、右モニター。白い点何個ある?」
「えっと、一、二、三……・五個です」
「五個」
万意葉さんがわたしの言葉を反復しました。頭の中でモニターの白い点をもう一度数え直し、確かに五個だったことをこっそり確認します。五個です。
「次……は、多いね」
さっきは五個が点々と記されていましたが、次は量が多いのでしょうか、一つの大きな円に見えます。これでは数えることができません。
「キーボードのここ押しながら、この範囲をドラッグして右クリック」
万意葉さんの指示通りにキーボードを操作します。すると、ドラッグした範囲がアップで画面に映りました。
「見えました! 三十五です!」
「ありがとう。もうしばらくしたらまた白い点が見えるから、その数を数えたら索敵終了ね」
「はい」
万意葉さんの仰る通り、次にまた五個の点が見えました。万意葉さんが索敵機を動かしていると、人影を見つけました。どうやら妹尾隊索敵部隊のようです。
「私たちみたいに索敵機を使わない部隊は、こうして足で索敵してるのね。昔は私も足で索敵してたけどね。やっぱり索敵機があった方が便利ね」
「万意葉さんの索敵機って一台だけですか?」
「複数操縦ができないからね。でも、板垣さんの馬も索敵としては優秀だから」
板垣さん、というとわたしの同級生で戦闘員の板垣有愛のことでしょう。万意葉さんは年下の戦闘員の皆さんのことを、苗字で呼んでいる方でした。
「板垣さんの馬にカメラをつけて、索敵お願いすることもあるよ。その場合はこっちのモニター二分割。花澄さんと一緒じゃないとできないけどね」
言いながら万意葉さんはしばらく索敵機を動かし、何もないことを確認してから、索敵終了となりました。
「そろそろ戦闘員の皆さんが動いてる頃ね。索敵する人間は、誰より早く、正確な情報を伝えないといけない。大事な仕事」
そう仰る万意葉さんの横顔は、凜としていました。
大庭隊に入った当初は誰とも目を合わさず、「ごめんなさい」「すいません」が口癖だった、と以前笑って教えてくださったことがあります。精神的に強くなったからこそ、この責任ある索敵を担当しているのでしょう。
「索敵結果を戦闘員の皆さんに報告ね」
お互いに言うことを決めてから、万意葉さんが通信機のスイッチを入れました。
「こちら月城万意葉、索敵結果をご報告しますね。敵は中心部に三十五体、向かうまでの道中に東西それぞれ五体づつですね」
わたしもそれに習い、スイッチを入れます。士官学校時代、オペレーターの授業で練習したことを思い出し、小さく息を吸いました。
「五十嵐鈴です。妹尾隊はまだ索敵最中です」
『了解、ありがとう。万意葉、鈴』
少尉のお声が聞こえます。自分の報告がちゃんと伝わっていたことに、安心感と喜びを覚えました。
わたしが前線に出たいと言ったのは、同級生の板垣有愛と野口実空は戦場でいつ死ぬかもわからない経験をしているのに、わたしは研究をして戦場に出ず、ずっと守られていていいのか――という理由からです。
元々わたしは、他の皆さんのように何か強い意志を持って軍隊に入ったわけではありません。自分ではそう思わないのですが、どうやら頭の良さが同年代の人間と比べるとズバ抜けているらしく、それを知った軍が直々にわたしをスカウトしに来たことが始まりです。
士官学校時代はそんなこと、全くと言っていいほど思い浮かばなかったのですが、やはり友人二人が身を
『了解。前衛は中心部に向かうのを優先する』
『じゃああたしたち後衛は、前衛支援を。道中の敵を倒していくわ』
中尉と少尉が素早く戦術を立てました。わたしと万意葉さんの報告で、ここまで素早く戦術を立てられるものかと感銘を受けます。
「私たちも索敵を続けますね」
『頼むぞ』
万意葉さんが会話のなくなったタイミングで返答を入れ、中尉の一言で通信が終了しました。
「索敵を続けるんですか?」
「うん、今度は外ね」
万意葉さんがモニターの下の引き出しから、小さなナイフを二本取り出しました。ズボンのべルトに一本を差し込み、もう一本はわたしの眼前に。
「護身用」
「は、はい」
わたしも万意葉さんのようにズボンのベルトにナイフを差し込みます。思ったほどの重さはありません。
「じゃあ、行くよ。着いて来てね」
万意葉さんが扉を開けます。本当の戦場はここからだ、とわたしは気を引き締め、一歩を踏み出しました。
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