第8話 by Arisa.S

 日本特別陸軍の研究職は本当に優秀だ。あのおぞましい未確認生物をここまでそっくりに再現できるのかと、感心してしまう。

 万意葉と鈴が制作に関わった未確認生物(仮)は、あるAIが搭載されているらしい。その内容はあたしたちも妹尾隊も知らない。実際に戦ってみて、戦闘中に暴くか、その前に倒しきるか、どちらかの選択肢しかない。

 あたしたち大庭隊は東から、妹尾隊は西から中心部に向かって攻めていく。戦闘員はお互い四人づつの少数精鋭部隊ということで、敵の数はそこまで多くない四十五体。士官学校時代にあった、組み手と称される「吐くまで湧いてくる敵と戦う」という授業に比べれば優しいものだ。

『こちら月城万意葉、索敵結果をご報告しますね。敵は中心部に三十五体、向かうまでの道中に東西それぞれ五体づつですね』

『五十嵐鈴です。妹尾隊はまだ索敵最中です』

「了解、ありがとう。万意葉、鈴」

『了解。前衛は中心部に向かうのを優先する』

「じゃああたしたち後衛は、前衛支援を。道中の敵を倒していくわ」

『わたしたちも索敵を続けますね』

『頼むぞ』

 大庭隊は索敵担当者、前衛指揮、後衛指揮、今回はいないがオペレーターに通信機器が渡される。離れたところにいても会話ができるというのは、本当にありがたい話だ。こうして受け取った情報を元に、あたしたち指揮官が部下に指示を出すことで、戦闘をスムーズに進められる。

「有愛」

「大丈夫さ、聞こえていたよ。前衛支援だろう?」

「話が早いわね」

 数百メートル先で、人影が二つ動いた。月の光に反射した剣は実空のものだろう。前衛が早速中心部に向かったようだ。

「ボクは先に行けばいい?」

「ええ、行く間に敵の足止めをしてくれたらいいわ。有愛は二人に追いつくことを優先して」

「任せておいて。必ずや、二人の助けになるから」

「頼もしいわね」

 父親が日本人、母親がイタリア人で、義務教育までイタリアで育った有愛は、周囲に日本人が父親しかいないこともあって、話し方が完全に男性のそれだ。一人称や口調が女らしくないのはそのためである。女性しかいない大庭隊において、有愛の少し砕けた男性口調は、我が部下ながら頼もしく感じる。

 右手にボウガン、左手に手綱を持ち、有愛が先に進んだ。騎乗している有愛は戦場において、大庭隊の誰よりも早く動くことができる。その有愛を前衛と一緒に進ませておけばひとまず安心である。

「……さて」

 右足のホルスターから、あたしの相棒を取り出す。十二年前、初めて手に取ったときから、同じ種類のものをずっと使い続けている、正真正銘の相棒。

「中尉からのお許しも出たし、今日は暴れましょうか」

 相棒のベレッタM92F、通称M92のセーフティを外した。


 有愛の足止めは素晴らしかった。ある敵は足に矢を食らい、ある敵はすでに動かなくなっている。乗馬しながらボウガンを打つのは難しいと思うのだが。

「戦果、有愛に取られちゃうわね……」

 そう言いながら、あたしはM92をスッと構える。ぱあん、と小気味よい音と共に、弾丸が未確認生物(仮)の心臓を貫いた。発砲から心臓を貫かれる瞬間のわずかな時間に、未確認生物が顔を上げた気がするが、気のせいだろうか。

 道中五体が全部動かなくなったことを確認すると、通信機のマイクを口に近づける。

「道中オールクリア」

『お疲れ様でした。戦果三です』

『ご苦労』

 道中が五体なので、有愛が倒したのは二体で、つまり有愛は戦果二。まだあたしの戦果の方が上だ。

「友里、前衛は大丈夫?」

『ああ、板垣有愛もいるからな。妹尾隊も全員ここに来ている。今、中心部にいないのは佐々倉有砂だけだ』

「そう、ならあたしも中心部の戦いに混ぜてもらえるかしら?」

『ああ』

「そちらへ向かうわ」

 M92の弾はまだ十二発残っている。前半しか使わないからと、実弾の予備は持っていないが、いざとなれば。左足にあるデザートイーグル――通称DEをちらりと見た。二キロの重さで存在を主張してくれるDEが、月の光に当てられて鈍く光る。

 M92を足のホルダーに直し、腰まである長い髪を乱暴に縛った。戦闘では殿しんがりを務めるのは自分だ、あたしの姿を後ろから見る者は誰もいない。

「そろそろ行かないと怒られるわね。いきましょう」

 誰に言うでもない独り言だ。髪を縛ったことで、首元の風通りがよくなった。

「……」

 一瞬、ほんの一瞬、過去の記憶が頭を過ったが、無視してあたしは走り出した。

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