2
手を温めるために自販機で買ったホットココアが冷めきって手が少しかじかみ始めたころ、「大切なもの」の合唱が聞こえ始めた。
スマホを開いて時間を確認すると、八時を一分過ぎてしまっていた。
「やば」
ホットじゃなくなってしまったココアの蓋を開けた。そして、一息で飲み切る。皆んなが揃っているところに入っていくのは気まずいなあ、なんて思いながら、私は小走りで教室へと向かった。
教室の戸を開ける。曲は一番のサビが終わったあたり。建付けの悪い教室の戸は大きな音を立てるので、合唱の中ではどうしても異音となってしまう。皆んなの「あー、遅れたー」というからかい混じりの視線が私に向けられる。
リズム変わらず指揮を振る彼も、キーボードの鍵盤に指を滑らせる彼女も、薄く笑っている。
それを見て、私は心の中に仄暗い感情を感じながら、両手を顔の前で合わせて、少しおどけてみせた。
朝練は終わって、ホームルームも終わった。
一息ついていると、後ろの席のマミに肩を叩かれた。
「遅れるなんてめずらしーじゃん。寝坊?」
私は時間にはタイトな方として知られていた。早退こそしたことはあったが、遅刻や欠席はこれまでにない。だからこそのマミのこの問。
「まあ、そんな感じ?」
そう言って笑い返す。
「むむ? なんだそのアヤシー感じは!」
マミはその答えでどうやら納得しなかったらしく、その後も色々聞いて来たけれど。まさかあの二人の空間に入るのが嫌で、屋上にいたなんて言えなかった。二人はそういうカップルなのだ。わざわざ二人にすることように周りが気を使わなくてもいい、そんなお似合いのカップル。
マミは二ヶ月前に私が彼に告白したことを知らない。マミと仲はいいけれど、付き合う以前から半ばクラスの公認だった二人の関係に私が横恋慕まがいの事をしていたなんてことを私の口からは言えなかった。彼も口を滑らすタイプじゃないだろう。
それから、私が教室に入った時の彼の薄い笑いを思い出す。和やかなあの視線を思い出して、胸が痛くなった。
私のことをどうも思っていないんだなと、そう思った。視線を合わせてくれなかった方が、気まずい表情を浮かべてくれた方が、よっぽど楽だと思った。これは我儘なのかもしれないけれど、何もなかったように友だちに戻れてしまうことの方が、私には辛かった。
でも、そうは思っても、彼の方が正しいのだろう。私が引きずりすぎている。もう二ヶ月なのだ。
この恋心を早く。
「忘れなくちゃ……」
そうしなくちゃ、私は前に進めない。声にならないように気を付けて、私はそっと口を動かした。
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