第76話 水に濡れてもポニーテール問題ないんですね

 おれは指輪を外して前の体に戻った。姉貴はルビーの指輪をつけている以外は、おれと同じ外見のままである。

 もう長い間、女子の体に馴染んでいたので、いつでも男子の体になれることがわかってからは、割とどうでもよくなった。高いものを取ったりとか、重たいものを持ったりとかするとき以外は、考えたら特にこだわりはないんだよなあ。今の日本では普通に同性婚もできることになっているし。

 みんなで食事でもしながらお話しましょう、とセイさん(天使)は言った。

 セイさん(天使)の頭の上の天使の輪はくるくる回って、嵐のあとの夏の太陽を反射して光ってとてもきれいだ。

 セイさん(天使)そのものは、アニメだとモブキャラのひとり、女生徒Aというほどには無個性ではなく、かといって明らかに主役・準主役的立ち位置なほど個性的ではなく、EDでは主人公のクラスメートで名前があって声優紹介的には最初の画面の下から2番目ぐらいといったところだ。

「今日は私のおごりです」と言ったので、おれたちは喜んだ。つまりおれの相棒でどちらかというと美人なほうのハチバン、美少女探偵で欧州人っぽい可愛らしさがあるブラノワちゃん、ぎゅってしたくなるほど可愛くて小さい姉貴(女性体)、それに男体化をやめて姉貴とほぼ同じ奇跡の可愛らしさ(自分で言うのも何ですが)を持つおれの四人、それにアルくん(アルチュール)、ジュリーちゃん(ジュリエット)のふたり、というか二匹・ニ柱の酒虫、古鏡の霊獣であるタッくん(シャオロン)である。

 酒虫たちはアルコール類以外は駄目だそうだが、タッくんは液体だったら何でも大丈夫です、と言った。

 セイさん(天使)がセイさん(ヒト)であったとしても最年長で先輩だから、多分おごってくれたんじゃないかと思う。神としてはどのくらい先輩なの、とおれが聞いたら、百万年ぐらいかな、とセイさん(天使)は適当に答えた。

     *

 遊歩道やあちこちの通りには、偽物の雪が飾られた偽物のクリスマスツリーが置かれ、ミニスカサンタのコスプレをした女子や、サンタクロース強盗がうろつき、クリスマス・ソングが流れていた。ジングルベル・ロックとミニスカサンタは戦後アメリカの民主主義が生んだ平和の象徴だ。

、る海岸沿いの遊歩道を南のほうへ歩いた。

 おれたち5人の美女子(ひとりは男子ですけどね)は、頭の悪そうな、聞いているだけで知能指数が20ぐらい下がりそうな劇伴とともにぶらぶらと、みんなの注目を集めながら、海岸沿いの遊歩道を南のほうへ歩いた。

 ブラノワちゃんとセイさん(天使)は仲良く、水に濡れてもポニーテール問題ないんですね、そこらへんは神の力かな、社会人になってもその髪型なんですか、え、変かな、ゲーム会社に就職してもツインテールの子とかいたし、あれは漫画とかアニメの話ですよー、みたいな、とても神と名探偵とは思えないぬるい会話をしている。

 姉貴(女性体)とハチバンは、このサンダル歩きにくいんだよなー、その、服とかはナオと入れ替わるときにはどうなってるの、適当だよね、ところで秘蔵のエロ動画交換とか男友だちとするの、しねーよ、えー、その言いかた、絶対してるやん、という、物語の本質にぐさぐさ突き刺さるような会話をしている。

 おれはひとり、おれのハチバンへの気持ち、それにハチバンとおれとの未来について考えていた。

 おれの信じる神のもとで、ハチバンがおれと契約をかわせば、ハチバンはおれの仲間になり、ほぼ永遠の生命が得られる。

 おれの親父も、おふくろと結婚したんだから、そうなる権利はあったが、親父はヒトとして生きることを選び、おふくろは同じ生きかたを選ばなかった、いや、選べなかった、だろうか。

 永遠は顔のない獣で、おれたちの命はその毛の一筋でしかない。ヒトの想像力は、その獣に傷を負わせることができる刃物だ。

 夏目漱石は、百年後も残るような仕事だったら建築家なんかといいかな、と考えていたところを米山保三郎という友人に文学のほうがいいと進められてそうすることにして、同時代人の建築家・辰野金吾の息子で相撲取りあがりの文学者・辰野隆の結婚式の際に食べたピーナッツで胃潰瘍を再発して死んだ。

 夏目漱石の創作物と、辰野金吾の建築物は百年後の今でも残っている。『坊つちやん』が『坊っちゃん』になり、東京駅が空襲でボロボロに一度はなったとしても。

 近松秋江、徳富蘆花、徳田秋声、小栗風葉といった明治のベストセラー作家は山ほどいるが、趣味で読むような人はいない。昭和の作家だって松本清張と司馬遼太郎ぐらいしか知らないだろう。親父が百年後でも読まれるような作家かどうかはわからない。東京都北区生まれの名探偵が、フィラデルフィア生まれの美少女探偵ということになったとしても、親父は自分の作品が残ればいいと思うだろう。シャーロック・ホームズがシャーロット・ホームズになっても問題はないように。

 そんなことよりおれの、ハチバンへの気持ちは永遠なのか考える。その前に、ハチバンはおれに関してどう考えているんだろうか。

 最後尾でそんなことを考えながら歩いているとどんどん先頭との距離が広がっていってしまった。

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