第75話 申し訳ありません、調子に乗りすぎました

 おれは遊歩道から岸壁を越えて砂浜に降り、身長約40メートルほどのセイさん(天使)の前で、日本人にできる最後から二番目の手を使った。

「申し訳ありません、調子に乗りすぎました」

 土下座である。

 今までにもらった秘宝と古鏡を、セイさん(天使)の前に差し出し、無条件降伏である。

 波と風の音が十秒ぐらい続き、それ以外の音が流れることは(少なくともふざけた劇伴が流れるようなことは)なかった。

 セイさん(天使)は、腕組みをして、虫けらを見るような目でおれを見た、ということはなく、ものすごく大きい以外は普通の、さらに天使なので、うーん、困ったなあ、という顔をして、おれの捧げ物を受け取ろうと、前に進んだ。

 そして、何もないところで派手にころんだ。

 ビルの大きさだったら10階建てぐらい、ウルトラマンとほぼ同じ大きさに思えるセイさん(天使)のころびかたは、そのくらいのものが崩壊するときと同じように、ヒトがころぶよりもゆっくりに見えたが、破壊力は抜群で、かつて見たことのない深緑の大波が生まれた。おれは大急ぎで砂浜に置いたものをかき集めて岸壁をのぼり、ぎりぎりのところで間に合った。ビーチサイドのがらくたを含むさまざまなものは波に飲まれて消え、倒れたセイさん(天使)は片手で顔面の直接衝突を回避したが、もう片方の手はひどく肘を打ったあと前に投げ出された。その肌は拡大された人肌のような自然のざらざら感はなく、アニメの中の絵のようにすべすべだが質感と陰影感は十分に持っていた。

 倒れたセイさん(天使)の体は、無数の服のヒマワリ模様に合わせた、無数のヒマワリ模様が背に入ったカニになり、低予算アニメではとても再現できそうにない素早さと数で浜辺に散った。波とカニの洪水のあとには、片手をついておでこをさすっている、模様が消えて白地の夏服を着た、普通の大きさのセイさん(天使)が、あいたたた、という感じで残り、おれと目を合わせると、てへ、という感じで舌を出した。

 ヒトのセイさんと違うところは、頭に天使の輪が浮かんでいるのと、体全体からなんか蒸気というか湯気みたいなものがただよっているところだ。

     *

「まったくもう、ヒトに鏡を向けてまぶしくするの禁止、って、小学校のときに習わなかった?」

 セイさん(天使)に怒られて、おれと古鏡の霊獣であるタッくん(シャオロン)は反省した。

 われわれの最終兵器もこの程度のものである。

「でも、それはタッくんがやってみろ、って言ったから」と、おれは正座して、小学生がするような言い訳をした。

「とりあえず、この古鏡は没収ね」と、セイさん(天使)は言った。

「えー? いつまで?」と、おれは聞いた。

「成仏するまで」

 それはひどい。

 セイさん(天使)は、古鏡を自分のミニバッグにしまった。天使のバッグなので、容量は無限大らしい。

 他の秘宝の没収は許してくれた。

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