第66話 日本が戦争に負けたという過去は変えられない
岸辺にたどり着く落とし物には、それを落とした人がいる。この金貨の入った金の袋、そして古鏡が入った銀の袋を落とした人は、海の上でそれを数日前に失った。おれの記憶では、それと結びつくものは、数日前の航空機事故、ニューカレドニアからシドニーへ向かう旅客機の、自爆テロによる爆破事件で、数百人の命とその持ち物が南太平洋上で失われた。
「これは…ブラノワちゃんのもの? それで、ここにいるブラノワちゃんは、もう生きてないとか…」と、おれは聞いた。
「私が旅に持っていったものと、旅先で見つけたものね。で、私が死んでいるという「今」もあることはあったわ」と、明らかに憔悴している美少女名探偵のブラン・ノワール(ブラノワ)ちゃんは言った。
トナカイっぽい服を着たブラノワちゃんの肩のところには、おれがすでに知っているのとほぼ同じだが、黄色の酒虫がいた。
*
ナオのお父さんにお土産でもらった日本のサケを、私の国で飲んでたら(注:ブラノワちゃんの国であるフランスでは、16歳の飲酒は特に問題はない)、あなたがお供にしていたアルくん(アルチュール)と同じ酒虫が現れたわ。自己紹介でジュリエット、ジュリーちゃんと名乗って、私に、あなたがなすべきことをして、すべてはうまくいくから、って言ったの。
私は非常用に備えてカンガルー金貨を20枚持って、南太平洋の島々を回った。その古鏡を現地の人から手に入れるのに、5枚の金貨が必要だった。あなたたちがこの地へ来るという連絡も、ナオのお父さんからいただいた。私がここへ来るために使った飛行機は、10回以上落ちて、100回ぐらい事故にならないようなんとかしようと思った。ジュリーちゃんが何度も、時間を巻き戻してくれた。
*
「だけど、どうしても無理だったのよ。自爆テロの犯人が乗る前に逮捕させると、飛行機はエンジントラブルとかその他の別の理由で落ちた。私が別の飛行機に乗ると、私が乗る予定の飛行機は落ちた。その飛行機が落ちるのは止められなかったので、私はたくさんの人が死ぬのを知ったわ。何度も。これって何? なんで変えられないの?」
ブラノワちゃんは、おれにすがって泣いた。
確かに、変えられる未来とそうでない未来があるのは不思議だ。
おれたちは3人で、遊歩道を南へ向かって歩きながら話を続けた。
「うまく言えないんだけど、それを変えようと思ったら、世界史だと千年以上前ぐらいから変えないといけないんじゃないかな。つまり、ブラノワちゃんが生まれる前に、そうなるのは決まっていた、みたいな」と、おれは言った。
「なんか真面目な話になっちゃったねえ。あたしの考えでは、そこの部分ですこし変えても、過去や未来が変わらないせいだと思うよ。たとえば、第二次世界大戦で日本が、沖縄戦のあとハイデルベルク宣言を受諾して無条件降伏したよね。でもってこれが、そこで戦争終わらなくて、爆弾どかどか日本本土に落とされて、ソ連が南樺太とか北海道に攻め込んだりとか、原子爆弾がはじめて実戦に使われたのが朝鮮半島じゃなくて日本のどこか、広島とか京都だったりする世界もあったりするやん。つまり、日本が戦争に負けたという過去は変えられない。だけど、戦争に勝ったという過去は作れない」と、ハチバンは言った。
おれは、ブラノワちゃんに、拾得物のお礼として受け取った一枚の金貨を改めて見た。そして、その違和感に気がついた。
刻んである国名が「Australia」じゃなくて「Australialia」になっている。
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