第65話 これはひょっとすると、中国の古代の帝が作らせた、霊獣鏡かも

「何だろうなあ、潮に流されて来たんだろうけど…よいしょっと、これはけっこう重いよ。中身は砂ばっかりかな」

 ハチバンはそう言って、手に持っていた日傘の柄でふたつの巾着をひとつずつ拾い、金色のほうをおれに渡した。

 中には金貨が十枚入っていた。

「ハチバン、金貨だよ。オーストラリアのカンガルー金貨、それも1オンスの奴が十枚」

 だいたい300グラムぐらいなので、実はそんなに重くない。イギリスの女王陛下とカンガルーが刻まれたその金貨は、朝日の中で確かな非リアル感を漂わせながら光を乱反射させていた。

「しめた! 一杯飲めるね!」と、ハチバンは言った。

「いや、よそうよそう、夢になっちゃいけねえ」と、おれはハチバンの肩を叩き、どうもその拾得物に違和感を感じていた。

「一枚今だいたい10万円ぐらいだから、全部だと100万円? 一杯どころの騒ぎじゃないじゃん」と、ハチバンは携帯端末で情報を検索しながら言った。

「警察にちゃんと届け出て、一年経ったらね。あと、落とし主がお礼に十分の一くれても、まあ一杯どころじゃない感じで飲める。ハチバンの、その銀色の巾着には何が入ってた?」

「あー、うん、つまらないもんだよ。このくらいの大きさの、昔の青銅の置き物かな」

 ハチバンは、両手の親指と人差し指で丸を作って言った。直径9センチぐらいで、四方には青龍・白虎・朱雀・玄武が描かれた複雑な彫り物がされてあり、中央には王の中の王である黄龍が、ちょうど手でつまんだりするのにちょうどいい感じの高さと向きで作られていた。

 その黄龍には、鼻が欠けていた。

 そして、その裏側の面は曇りも欠けもなく、それを見るおれを反射していた。

「これはひょっとすると、中国の古代の王が作らせた、霊獣鏡かも」と、おれは言った。

 唐代伝奇集その他に記されている「古鏡記」によると、皇帝はまだいなくて、神と等しい存在である帝は、半径1寸から15寸の鏡を15枚作り、霊獣の魂のかけらを裏に貼りつけ、その鏡に照らされたものは真実の姿をあらわす、という。

「それが私からのクリスマス・プレゼントよ。気にいってもらえたかしら」

 声のするほうを見ると、なんとなくトナカイのような格好を思わせる色の、タンクトップとホットパンツでありながらボリューム感がさっぱりない小さい子がいた。

「そういう君は…ルドルフちゃん?」

「そのボケはあまり面白くないわ」と、おれたちが行くところにはいつも現れるブラン・ノワールちゃんは言った。

 なぜかとても憔悴しているように見えた。

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