第46話 それはね、多分この回が温泉回だからだと思うよ

 海岸のホテルへ向かう途中のコンビニで、おれとハチバンは夜食とアルコール飲料と非アルコール飲料を買った。

 ほらほら、アルコールフリーのビールみたいなのもあるよ、とおれはハチバンを慰めるような感じで挑発してみたが、本気で怒るとハチバンは無口になるのである。

「なんであたしが酒の飲めないところへ行かなければならないのよさ」と、ハチバンは言った。

「それはね、多分この回が温泉回だからだと思うよ、この世界が物語で、その物語が30分×13回連続のアニメだったとしたら」と、おれはいくらなんでもそんなことないだろう、と、自分でも思いながら言った。

「そ、そうか…そうだね! 露天風呂つきの大きい浴場で、あたしがナオの背中洗ったりするんだ!」と、ハチバンが急に元気になった。そうだね、おれがハチバンの下乳揉んだりとかね。

「さらに、今回はハチバンの当番回で、ハチバン視点の物語が入る」

「やった! で、誰が死ぬの? あたしは名探偵役だよね?」

 そのことについて、死ぬのはハチバンに決まってるだろ、とおれは暗い気持ちで思った。おれが名探偵なんだから。吹雪の山荘じゃないけど、まあいろいろ因縁のありそうな人たちがみんな集まって、どんどん死ぬよね。まあハチバンは偽名探偵なので、二番目ぐらいに死んでもいいかもしれない。

 しばらくしたら、後輩のカオルとアキラも、同じコンビニにやって来た。ふたりの車が止まってるのが見えたんだ、とアキラは説明して、おれが買った倍量のアルコール飲料を買い、カオルはポテトチップスとかチョコレートとか、高カロリーな夜食を仕入れている。おれは酒のつまみみたいな乾きものをチョイスしてたんだけど、そういうのもいるな。

 車でぶっ飛ばしても、たらたら走っても、数分ぐらいしか違わないので、普通の人はそんなに高速道路の追い越し車線ばかり走らなくてもいいのである。

     *

 ホテルに着いたころにはもう日はすっかり暮れていたが、晩ごはんタイムにはまだ早かったので、おれたちは荷物を置いて待望の大きい浴場に行くことにした。

 ホテルはついこの間オープンしたばかりで、実際にはプレオープン状態(ほぼおれたち関係者の貸し切り)だった。夏は海水浴の客で賑わうだろう海岸を見おろす岬の頂上は、かつては灯台があったところで、敷地内にその跡らしき台座も残っていた。冬の海は波の音が高く、暗い沖には船の明かりがかすかに見えたが、海岸はノリのような闇が広がっていて、客室から覗き込んでいると吸い込まれそうな気分になった。

 土地の民話では、さらに昔はここには狸御殿があったんだ、と、おれは親父が教えてくれたことをそのままハチバンに話したが、そうだよ、あたしも知ってるよ、と言われた。こういうのってさり気なくイライラさせると思いませんか。

 おれが知ってることは、たいていハチバンも知っていて、さらにおれよりよく知っている。何を言っても、それは嘘だろ、とか、知ってるよ、とか言うキャラクターって、話に必要なんですかね。

 大浴場の脱衣場で服を脱いで、わーい、ってな感じで露天風呂に行ってみると、意外な人とそうでない人がいた。

 意外な人はセイさんという、ピンクの髪以外は何もかも普通なくせに、日本で一番頭がいい人が通う大学に入っちゃったチートな物語部の先輩である。来年からは国家公務員で、将来は日本推理作家協会に天下りを狙っている(別に狙っているわけじゃないだろうけど)。

 もうひとりは髪の毛と瞳の色が違うけどおれより少しは胸のある、おれのパチモンみたいなフランス人の名探偵のブラノワ(ブラン・ノワール)ちゃんだ。

「あ、私はみんなが集まるからってことで」と、セイさんは普通の答をした。

「私は、ここの温泉がやけどの治療に効くから、と、ナオのお父さんに教えてもらいましたわ」と、ブラノワちゃんは言った。

「知ってるか、ここは昔狸御殿だったんだ」と、おれはブラノワちゃんに言った。

「本当ですの? その話、もうすこしくわしくお聞かせできないかしら」

 これだよこれ。名探偵のおれが求めてるのはこういうリアクションだよ。

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