第36話 ただの魔改造なので気にしないでください

 おれとハチバンとの関係は、トムとジェリーの関係にだんだん似てきている。

 豪華クルーザーの後部甲板デッキで、桃色のシャンパンの瓶を間に置いて楽しく会話しているイチバンさんとハチバンをおれは見ることができた。

 イチバンさんは、なんか黄緑色のノースリーブのワンピースでハッピーそうな、頭の悪そうなモーションをしていて、さらにすこし黄色の光を発していた。

「おーまーえーらー!」

おれはふたりの前に勢いをつけて近づき、恐れおののかせようと本物の、じゃなくて映画や芝居の吸血鬼みたいにマントの前を広げて見せたが、よく考えるとこれは変態男のポーズである。

「あ、ちゃんと元のサイズと性別で再生できたんだね。よかったよかった」と、全然驚かないハチバンは言った。

「いちおう、おっさんで再生したときのために、ダボシャツとステテコその他の「お呼びでない?」系の服も用意しておいたのですが、とても…似合っていますよ、そのビキニの水着」と、イチバンさんは言った。かわいい、と言わないのは、前もってハチバンさんに注意されてたんだろうな。正直なところ胸の部分の生地があまり気味ではある。

「あなたが言うのが植木等の昔のギャグの話なら、団扇もつけて欲しかったです。あとこの、きらきら自分の周りに光る鱗粉が飛ぶようになったのはどうして?」と、おれは聞いた。

「ただの魔改造なので気にしないでください。あなたが再生する前の、灰になった体に私、つまり蛾の神の鱗粉をすこし混ぜておいたのです。これであなたも、私と同じ能力が使えますよ? 頭のところをちょっと触ってみて」

 おれは触ってみた。手のこの感触は。

「ひょっとして触角? こんなのついてたんじゃヒトの世界歩けないですよ」

「あー、それはこう、髪の毛を後ろに撫でるようにすると引っ込んで見えなくなるんです。で、逆の動きをするとまたぴょん、と触角が伸びます」

「なるほど…で、その能力というのは何でしょう」

「えーと…その鱗粉を敵にかかるように飛ばすと、相手はだんだん動きが遅くなって眠くなり、安らかに死におちいります」

「それは『伊賀の影丸』で主人公の忍者・影丸が使う木の葉隠れの術みたいなもの?」

「まあ、オリジナルは『甲賀忍法帖』の伊賀鍔隠れ衆の女忍者である蛍火が使う術ですけど」

 この、昭和のサブカルチャーにくわしいイチバンさんを含むキャラ設定・物語展開は、もしこれが物語で、親父が書いているものだとしたら、おれの親父は芦辺拓かもしれない。でも芦辺拓先生、別にベストセラー作家じゃないしな、と、おれは失礼なことを思った。

「その術の問題点は、気をつけないと相手が眠くなる前に自分が寝てしまうことです。だからまあ、暗いところで着替えの服を探すとき以外に使わないほうがいいですよ?」

 ところでおれは、さっきからシャンパンの瓶の中にいる10センチほどの、カイコのような、何かの幼虫のようにも見える不思議な生き物が気になった。その虫のようなものは、おれに目を合わせると言った。

「これはいい酒だね、旦那」

 正確にはおれに思念を送ったんだろうが、そいつには目も口もあるし、口の動きは話していると同じように動いた。

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