第26話 あまりにも怪しすぎるので、いくらなんでも犯人ではない

「で、ブラノワちゃんたちが帰ったあと、5分ぐらいして、同じような顔をしたふたり連れが急いでやってきて、あたしたちに『き、きみたち、我々と同じような顔をしたふたり連れが来なかったか?』と聞くんだよね」と、ハチバンは言った。

「で、そのひとりが、『そいつやー! そいつが怪盗フォーコンやー!』と、笑福亭仁鶴の落語『くっしゃみ講釈』で、胡椒の粉が思い出せなくて覗きからくりを一段やってようやく思い出せた男みたいな勢いで言うんだよな」

「で、あたしたちは、ええっ、と驚くけど、実は後から来たほうが怪盗フォーコンで、最初のが本当の探偵と警察関係の人」

「オチはどうするんだよ」

 自分のリアル感に疑問を抱きはじめて、目が白目になっているブラノワちゃんを、おれは安心させようと思った。

「大丈夫です、お嬢さん。あなたはあまりにも怪しすぎるので、いくらなんでも犯人ではない、ということになりました」と、おれは説明した。

     *

 ミステリーの謎とその合理的な解決がくだらないのは、謎もその解決も、数学の試験問題を解いてるだけみたいな気がしてくるところなんだよね。問題を作るのも作者で、その解答はすでに作者が持っている。そんな物語を何時間もかけて読むぐらいなら、3分間で解決するパズルでもやっていたほうがいい。

 わかりやすい幾何学の延長線上にあった、かつてのミステリーは、あらゆる可能性を考慮して、唯一あり得る事実を見つけるのが謎解きだった。21世紀のミステリーは、すべての可能性を考慮しながらも排斥しない。完璧なアリバイ、完璧な密室、完璧な証人によって、犯人でないとされる人間が真犯人ならば、おれは容疑者の弁護人としてこう言うね。完璧な容疑者は真犯人ではなく、完璧な真犯人は犯人か犯人でないかはわからないが、とりあえず偽犯人としてとりあつかっても問題はない。なぜなら、物語は終わらないから。

     *

 おれは偽探偵のブラノワちゃんと、その相棒のピエール、そしてふたりが退場してから出てくる予定で待機していた偽怪盗のノワブラちゃんと、その相棒(名前を聞いたらジャン、だって言った)も呼んで、ルビーの指輪をひとつずつ渡した。

「みんなにあげたのは映画撮影用に作られた偽のルビーの指輪で、この世界、このリアルの中ではそれは本物ではありません。しかしその指輪が本物として扱われる世界、つまりある映画の物語の中では本物です。その数も4つではなく、ひとつとして扱われます。スピルバーグの映画『戦火の馬』の主役である馬と同じように。アクレナさんは、この世界での本物のルビーの指輪、怪盗フォーコンによって盗まれたものを、ブラノワ&ノワブラちゃんのおばあさんのところへ届けに行っているはずです」

 アクレナさんが謎解き部分に出てこないのは、別に殺されたということにしてもいいんだけど、そうすると誰が殺したかということで話がややこしくなるので、そういう設定にしてみたのである。映画やアメリカのテレビドラマだと、撮影日程やギャラの交渉で失敗して再出演してもらえなかったキャラに対する扱いですね。

 そして、ハチバンはハチバンにとって本当のことを言った。


「あたしも本物のルビーの指輪持ってるんだけど。それもこの話のずーっと前から」

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