物語部員の陰謀とその合理的な解決

るきのるき

ねずみとり

第1話 いいではないか。何を照れておる、男同士だろう

 朝起きたら頭が痛くて朝食を食べる気にならなかったので、冷蔵庫からグレープジュースと思われるものを取り出してコーヒーカップで3杯飲んだ。親父は健康のためには野菜ジュースを、栄養のためには牛乳を飲めというが、牛乳は白くて嫌いだ。もっと黒かったり濃い灰色っぽかったり透明だったりする飲物がいい。それはともかく今の状況は明らかに二日酔いだ。薬を飲んで二度寝しよう。と思ったらビールと思われるものの缶を見つけたので薬と一緒に飲む。アルコール依存症廃人である。

 おれの親父は、昔はミステリーのベストセラー作家で、今は絶賛スランプ中、おれは昔も今も親父の居候で、話に詰まったとき、というか、そもそもネタが浮かばないときの相談から、原稿の細部をちゃんと書いて完成原稿にするまで、さらに完成原稿のタイプミスをチェックするまでの作業をやっている。

 親父はいつも結末を考えないで書きはじめて、登場人物が何人か殺されてから、おれに犯人は誰にしたらいいのかなあ、と聞きにくる。殺されたと思った人が死んでないのはどうか、とか、交換殺人は、とか、複数の殺人に本当に殺したい人を一人混ぜておくのは、とか、アガサ・クリスティーの著作を参考にして助言する。

 だったらおれが書いたほうがいいと誰も思うだろうが、問題は取材で、おれはひとりではうまく外を歩けない。おれの母親は、親父によると吸血鬼だったとか、神社のご神木だったというたわけたことを言うが、別にニンニク入りの食べ物は、大好きというほどではないが普通に食べられるし、十字架も聖水も銀の銃弾も平気だし(普通の銃弾も含めて、銃弾そのものは多分駄目かもしれない)、不死身でもコウモリに変身できるわけでもない。ただ、連れがいないと会話が不可能な虚構の存在なのだ(というのは吹きすぎ。そこらへんはもう少しあとになったらくわしく説明する予定)。これでは警察関係も含めて、人間を対象とした取材も、作家のパーティへの出席も、編集者との打ち合わせも無理である。

『おれは吸血鬼で親父はベストセラー・ミステリー作家』(仮)の主人公(つまりおれですね)がネットで書いた小説シリーズのタイトルは『おれの妹がそんなにナイスミドルなわけがない』で、それはもはやライトノベルのコアな層になってしまったナイスミドルの男が、30年前にタイムスリップして女子高生になるというふざけた話で、親父の青春時代を参考にしている。まだ夏休みの(海での)クラブ合宿や、秋の(後夜祭がある)文化祭や、冬の(温泉があるところでの)スキー合宿とかがファンタジーではなく実際にあった時代だから、たしかにそれなら恋愛イベントいろいろ持ち込めて話が作りやすい。

 もちろんそんな話ではナイスミドルの男性読者にしか受けるわけがなく(人気はありましたけどね、そりゃもうめちゃくちゃ)、ネット小説で太宰治みたいに、老若女々(ろうにゃくにゃんにゃん)にモテたいというおれの願望はかなわなかった。ここらへんは実在するモテモテのネット作家の実名は出せない。

 別に直接会って楽しいコミュニケーションをするわけじゃないんだから、どういう人たちにどのような好意もしくは悪意をぶつけられても、精神的効果以外はないんですけどね。親父と同世代の人と話を合わせるの大変だよ。それはあなたがナイスミドルで、女子高生の娘がいたら多分わかるだろう。あなたが女子高生で、ナイスミドルな父親がいるという可能性はほとんどない。

 ということで今は、おれは対人の取材が不要で、ネットや図書館で調べれば何とか書ける異世界ファンタジーをネットに発表している。

     *

 おれが今書いているものファン(主に女性)は、おれの代理人であるハチバンにリアルで会うと納得するらしい。ハチバンは、当人によるとキャラ設定が安定していない、という謎の主張があるが、容姿性格ともに、不美人というほどひどくはなくて、物語を書いている(ことになっている)人たちの中では美人のほうの、強いて言うなら宮部みゆきぐらいの江戸前な女子である。あっ、この場合は実名出しても大丈夫ですよね、宮部先生(もし読んでるとしたら)。

 ハチバンは昨夜、おれのマンションに泊まって、勝手に朝風呂に入ったあげく、こ、こ、この原稿を書いているおれのうしろで、パンツ一枚(ズボン的なパンツではなく、下着的なパンツ)で牛乳と思われるものを飲んでいる。

「わっはっはー、いいではないか。何を照れておる、男同士だろう」と、ハチバンは調子に乗って言った。

 これはあれだな、ファンタジー世界の、女子しかいない魔法学校に転校した唯一の男子が女子寮に入って、入浴直後の姫騎士に言われたセリフを模してるんだな。

 柔らかくて十分に発達した体の一部を押しつけながら、モニターにテキストを心のおもむくままに書き連ねてるおれの鼻を、ハチバンは洗いたてのセミロングの、すみれ色の髪(自称。ここらへんの描写はリアリティに欠けると思われる人は、すみれ色に見えなくもない黒髪、ぐらいに解釈して)でこちょこちょして、ほーら、ナオと同じシャンプー使ったから、同じ匂いだよー、と言う。

 そんなこと言われてもなあ。

 おれの名前はナオ、ということにしておこう。男子でありながら女子の体を持つ、思春期時代には何かと面倒だった属性の人ですね。ハチバンは普通の女子だから、まあおれのガールフレンドということになるんだけど、おれのこの属性がこの物語にどう反映されるかはわからない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る