2 タイムリミットまで、15分。
校門を抜けてすぐ、長い長い下り坂を歩く。
隣に並んでいるのは、一つ年下の後輩。
彼女の歩調にあわせて、速度を緩めて歩く。
延々と続く桜並木は花々がすっかり枯れて、醜い花びらが地面にいくつもへばりついていた。
「まだ五月なのに、今日すっごい暑いですねー」
「ああ」
「部室にエアコンって付かないんですかねー。暑くて死んじゃいそうです」
「ああ」
「うちの高校にも水泳の授業があったらな、って先輩も思いません?」
「ああ」
「先輩、わたしの話ゼンゼン聞いてないですよね?」
「ああ」
「やっぱり」
とりとめなく話しを続ける彼女の言葉が、途切れた。
一瞬の沈黙。周りには、ぼくと彼女しかいない。
(今なら……言える!)
好きだと伝える。距離を詰める。ぼくと彼女のあと二歩を、恋人の距離まで。15センチまで。
スゥと息を吸い込んだ。
言う。好きだと言う。ぼくは言う。言えないはずがない。昨日から寝ずにシミュレートして来たのだ。言えるに決まってる。ぼくを誰だと思っている。ぼくだぞ。
「月がキレイでつね」
噛んだ。
「え?」
しかも、彼女はわかっていない。
彼女は空を仰ぎ見る。頭上には桜並木の、花を散らした無数の枝葉。
「月、どこですか? もう見えます?」
「見えるものか。まだ昼過ぎだぞ、バカめ」
「先輩が言ったんじゃないですか」
「だったらなんだ。ぼくが言ったらなんでも信じるのか?」
「信じますよ。だって先輩、頭いいですし」
彼女はニコニコと笑っている。
フン、とぼくは鼻を鳴らした。
「バカみたいに笑うな。ただでさえバカっぽい顔が余計バカに見える」
「いやあ、なんか先輩ボンヤリしてたから。いつも通りに戻ってくれて、わたし安心してるんです」
「バカめ。ぼくはいつだっていつも通りだ」
「そうですね、いつもどーり、シレツですねえ」
「辛辣と言いたいんだろ、バカめ」
「それです」
彼女はニコニコと笑っている。
バカめ。いつもいつもニコニコしやがって。そんな風に笑顔を振りまけばぼくが喜ぶとでも思っているのか?
思っているのだとしたら効果は絶大だぞ、クソ。
ちょっと今のは、遠まわしな言い方になりすぎたか。
もちろん直球で「好き」と言えば話は終わるのだが、ぼくみたいに頭が良くて知的な男が、何の工夫もなく直球で好きだとは言えない。いや言える。勘違いするな。言える勇気は当然ある。言おうと思えばいつだって言えた。決して率直に伝える勇気が湧かなくて彼女に伝わるか伝わらないかギリギリの遠まわしな言い方を選んでお茶を濁したわけではないし彼女に断られた時に「別にそんなつもりで言ったんじゃない」と勝手に彼女が勘違いしたパターンにもっていくための予防線を張るために直接的な表現を避けて逃げたわけでもない。
クソ。
ぼくはそんな卑怯者ではないはずだ。
たったの二文字じゃないか。
彼女に「好き」と言えばいい。ぼくのように成績優秀、頭脳明晰、容姿端麗と三拍子そろった男子に好かれて困る女子がいるだろうか? いや、いない。
いないのだから、彼女に好きと言えばいい。彼女の答えは「はい」に決まっている。そのはずだ。そうに違いない。
たったの二文字で、ぼくらの距離は15センチに近づく。
何をやっても超一流のぼくなのだから、好きな女の子に告白するくらい、できるに決まっている。
だから……今日こそ、彼女に「好き」だと伝える。
バス停まであと15分。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます