本当の敵-12
二階建ての赤レンガで作られた家。
なんの変哲もない家に通される。長の家だから街の中でも一番大きいのかもしれないと思っていた。
しかし、家の中には至るところから息遣いが感じられる。何名もの人狼(または人間が)がこちらをじっと遠くから見ている。
まるで森の中のようだ。人狼は遠いところから赤ずきんをよく見ているものだ。
そのときの私たちは敵、または獲物なのだ。
「やあ。よく来たね」
リタは目を見開いた。謁見室にいたのはたった一人の少年だった。リタの胸くらいの高さしかない背丈。黒髪の少年は知的そうではあったが、とても人狼を束ねている長に見えなかった。
「リタもみんなと同じような反応をするんだね。人狼が惑わしているだけでこんな姿をしているのは知っているでしょ? だって、メスが男にだって、オスが老婆にだって化けることができるんだよ」
「ごめんなさい、あまりにもイメージと違ったので」
謝る。少年はケラケラと笑った。
「いいよ。ささ、座って。アセナの言う通り何匹も人狼を殺しているとは思えないほどかわいいね。食べてしまいたくらいだよ!」
「長!」
リタはアセナの声にジョークだとおどけた少年に警戒心を覚えた。食べてしまいたい、と言ったときの目が一瞬、本気に見えた。
確かに、リタは何匹も仲間を殺している。惑わしているのは実は私の方かもしれない。彼のことを言えない。
「長。リタは仲間に“遠吠え作戦”のことを知らせたいんだ。話してやってくれないか」
アセナがいて助かった。話を促してくれる。
もう一人、女中らしき人が水をもってきてくれた。ありがとうと言って礼をすると軽く会釈をして下がってしまった。
部屋には長とリタ、アセナの三人だけだ。
「遠吠え作戦ね。これ、僕らが考えた名前じゃないからね。人間が考えた作戦名らしいよ。スパイしてくれている子が教えてくれた。アセナもその情報をつかんではくれていたよね」
「ええ。僕が聞いたのは一部ですが。決行する案とは思ってませんでした」
「君がいたころは決行する予定ではなかったみたいだけどねえ」
つまり、リタがいなくなってしまったことや里に黒い人狼が出たことで緊急的に出た策ということか。
そういったときにでる作戦はロクなものがでない。
父は恐怖でどうにかなってしまっているかもしれない。リタに対しては裏切り者だという憎しみだろうか。
「僕は話が長いの好きじゃないから、すぐに言うけど。俗にいう囮作戦ね。囮を使っておびき寄せ一気に掃討するつもりらしいよ」
「……」
リタは考えた。そして、手が震えだした。レッドフードに危険が及ぶ可能性があると知らされた。これが意味するところは。
「――赤ずきんを囮に使うのね。彼女らはその作戦の真の意味を知っているのかしら」
「囮作戦とは表立って言われているよ。でも自分たち自身が囮であり、彼らに投げ込まれた使い捨ての駒だということは知らない。囮の回収はない」
囮の回収はない?
リタはすぐに立ち上がった。そして今すぐに内容を知らせに行こうと思った。が、アセナに押さえられる。
「今からなら夜に森を歩くことになる、危険だ」
「私、行かないと! だって、彼女たちは生きている保証がない作戦に駆り出されるのでしょう!? 作戦から下りないと……今すぐに知らせて止めるべきだわ!」
「大丈夫だよ。リタは明日たてばいい。爆弾は時限爆弾。時間になるまで爆発はしない。ぎりぎりで止めるしかないね」
さらに告げられた言葉にリタは驚く。
時限爆弾と言わなかったか。
長は幼い顔に似合わない暗い笑みを浮かべた。
「人間は追いつめられるとなんでもするよね。赤ずきんに爆弾をつけて、狼もろとも吹き飛ばすつもりなんだ」
リタは言葉が出ない。
アセナを見ると彼もうなづいた。
これは冗談ではないのだ。
LOSERは遠吠えしない 高瀬涼 @takase
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