本当の敵-11

アセナといた洞穴は彼のいくつかある隠れ家のひとつらしい。

あとは、使われていない山小屋、民家、森の中、地面下にある基地などあることを教えてくれた。

 リタは人狼であるアセナが隠れて暮らし、猟師ハンターの中にまぎれていたことはわかったが、ここ暫くの滞在中で人狼の動きの詳細を知ることはできていない。

 彼は信用したいが、立場が違う。

 彼はあくまで人狼側にいる。


「私の父を殺しても、人間と人狼の戦いはきっと終わらないわよ」


 アセナのいう、長とやらにあうために里に向かっている。道がないところも進みながら無言でいるのにも疲れてくるので、リタから話しかける。

 さすが、人狼。身軽で森歩きには慣れた様子だ。人の姿のままなのは、リタの歩みに合わせてくれているからだろう。

 

「リタとその父、赤ずきんらは正直、猟師ハンターよりやっかいだよ。特に君の存在がね」

「私は命令に従うだけの駒に過ぎないわ」

「ご謙遜を。リタはね、動物が持っている恐怖心が感じられないんだ。まるでカラクリみたいに。魂が抜けた存在は生き物は畏怖するものだよ」

「そういうものかしら。私にだって怖いときもあるのよ。表に出ていないだけね」

「さて、どうかな。君は何のために戦っているの」

「母の仇を討つためよ」

「討ったら終わるの」

「ええ」

「母の仇を討ちたいのは君の父だけじゃないか。本当は“仇を討ちたい父のため”に君は戦っているんじゃないのか。本当の望みを自身に問いかけてみて」

「…………」


 アセナのいうとおり、父が狼の皮を売ってお金に変えていたことを知ったときは多少なりとも動揺した。

 けれど、どんな手を使ってでも仇を討ちたいためにしていることだとしたら納得がいく。

 リタがしばらくたって思い直した答えだ。


「だとしても、私は父に従うつもりよ。だって家族だもの」

 アセナは鼻で笑った。

「血がつながっているだけで子供は絶対服従する必要はない。僕は人と狼の子だけど、選んで人狼側についている。人に味方してもよかったけれど、どうせ人は迫害するだろ。狼も群れでは迫害を受けたけど、独立するものだから、別に気が楽だった」

「迫害を受けたことがあるのね」


 銀を身につけることができる人と狼の子。けれど、それが人に混じったとしても同じように奇異の目を向けられるだろう。彼のいうとおり、人のほうがその傾向が強いかもしれない。


「同情しなくていい。もう過去のことだし。吹っ切れたのは、長に出会ったのが大きかったかな」

「今から会う、その長ってどんな方なの」

「僕の恩人でもあるんだ。とても新しい考えを持っている人狼だよ」


 新しい考え。

 でも、人狼の群れを束ねている方だ。もし、機嫌を損ねることがあったらその場で八つ裂きにあうかもしれない。

 まあ、アセナにのこのこついてきている時点で半分、自殺行為でもある。

 あの洞窟での暮らしで療養中ではあったが逃げることができた。

 逃げなかったのは、逃げて父の元へ戻っても、どう行動したらいいのかわからないままだったからだ。

 父のために何も考えずに戦っていたのに、それができなくなって迷うようになった。そして、父の元へ戻ればアセナを討伐するようリタに命じるだろう。

 そのとき、命令どおり、彼を殺すことができるのかわからなかった。


 それより、今は赤ずきん《レッドフード》が遠吠え作戦なる危険なものに巻き込まれるかもしれない事実だ。

 それはなんとしても食い止めたい。

 それが嘘情報だったとして、私を里におびき寄せるための口実だったとしても、別にかまわない。

 

 ――そこで、私の命が終わるだけだ。


 アセナが裏切っただけの話。

 想像して、リタは胸が痛んだ。これはそうなったときの恐怖かもしれない。

 死ぬのは怖くないと思っていたけれど、それもわからなくなってきた。


 やるべきことあるのに、死ぬことはできないという意思だけでやってきたけれど、本当は違うのかもしれない。


 小川が流れている。

 しばらく傾斜のある山道を歩ていると滝の音が聞こえてきた。

 

「ついたよ」

 のんきなアセナの言葉でふと思考をとめる。

 崖沿いに木製の小屋がひっついており、そこから水桶がひきりなしに上下している。自動で水をくみ上げているのだろか。

 木製の門がアセナの顔を櫓から確認したのか、開かれた。


 生活感のある、リタが暮らしてきた人々の街と変わらない。


「人狼の里なのよね」

「そうだよ、一部人も混ざっているけどね」

「なんですって!?」

 思わず大きな声が出てしまう。

 

 レッドフードの制服は着てないが珍しい顔に生活する者たちが振り返る。

 どれが人で、そうでないのかわからない。


「先に長に挨拶に行くよ。きょろきょろしないで、歩いて歩いて」

「え……ええ」


 リタは思わず腰の小銃の存在を確認し心を静めるのだった。


 

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