本当の敵-10

 リタは川から木桶に水を汲み、しばらく川沿いを歩く。

 桶の水は重いが、普通の女性よりも筋力があるため、道なき道を歩いていく。

 石が凸凹しているが身軽に歩みを進める。

 たどり着いたのは、洞窟であった。熊が冬眠でもしていそうな奥まった洞窟。

 中では生活用品がいくつかあり、しばらく人が生活している様子がわかる。

 

 リタが里を出てから、数週間がたった。

 赤ずきん部隊や、王立騎士団が行方を捜しているだろうが、今出たら人狼たちの仲間だと弾圧されて、そのまま殺されるのは目に見えているので、出ることはできなかった。

 何もしない日々が続いた。

 アセナはほぼ、どこかへ出かけている。

 それが仲間内とリタを人質にする算段をしていようと、自分がどうなろうと関係がなかった。


「まるで、負け犬だな」

「……私が勝ったとしたら、あなた達が負け犬になるのよ。あなたにとっては都合がいいんじゃない」


 アセナが帰ってきた。手土産に花を持っている。

 そのあたりで摘んできたのだろう。

 かすかな香りが鼻についた。

 受け取りつつ半眼になる。


「あなた、最近気障じゃない。言っていることは棘があるようだけど」

「別に立場とか関係ないかなって、考えなおしたんだ。君は性行為をしたい対象だし、そうしなくても一緒にいるだけで毎日充実することがわかった。わかりやすい求愛行動で愛を示しているだけだよ」

「……あなたは、私と寝たいの?」

「うん。できれば。我慢しているだけ」

 リタはアセナの言葉を聞いても冷静だった。普通の女性なら、顔を赤らめるか何かしら気まずくなりそうなセリフだ。

「あなたの親は片方が人間で片方が人狼といったわね。人狼と人で子供ができるのは知っているけど、実際に見たのは初めてだわ。人狼が人間の状態で行為に至っても、興奮してしまうと狼になりそうだけど。もっと言えば、その先に食欲がわかないか心配だわ」

「ああ、やりながら食べてしまうってこと?」

「欲望の果てにね。その場合、母親は子供を宿す前に死ぬわよね。それがなかったということでしょ。両親はそれぞれ隔離されたとか」

「ちゃんと産むときまで両親は仲良かったらしいよ。母は僕を産むとき死んだ。これは信頼できる長にも聞いたから確かだよ。僕の里だったら可能かな」

「あなたの生まれ故郷があるの」

「誰にだって群れがあるさ。そうだ、そろそろリタを紹介しようと思ってたんだ」

「私を? 誰に?」

 リタが久しぶりに目を見開いた。

「話の流れでわかっただろ、里の長にだよ。会ってからこれからのことを考えてもいいんじゃないかなって思うんだ」

「別に私はここで朽ちてもいいんじゃない。父のために人狼を殺してきた。人々を守るためだとも思っていたけれど、殺して狼の毛皮で潤う輩や、貴族に媚びを売るためだけにやってきたと思うと全て無駄に思えて仕方ないの」

「ふうん。でもさ、きっと赤ずきん部隊が大変になっていることを聞いたらそうできないんじゃない」

「……レッドフードが、どうしたっていうの」

「長に聞いてみて。彼はいろいろなところにスパイを潜り込ませている。まとまったことが聞けるはずだ」

「アセナも少しは知っているんでしょ、わかっていることだけでも話して」

「すごく、一部しかわからないけど」

「いいから、何なの?!」

 リタはアセナに詰め寄る。

 彼は少し目線をそらしながら、顔が近いことに照れたようにつぶやいた。

「――“遠吠え作戦”を決行するらしい」

 妙な作戦名だ。眉をゆがめる。

「なんでも、犠牲を伴う作戦らしいよ。切り捨てに合うのは、赤ずきんの部隊」

「そん……な……」

 前のめりだったが、リタはその場にゆっくりしゃがみこんだ。

 みんなの顔が浮かんだ。長くいた第一部隊ではなく、第二部隊のみんなだった。

 切り捨てられるなら、あの部隊で間違いないだろう。

「私、行かなきゃ……。いえ、その前に長に会わないと。詳細はそこで聞けるのよね」

「まあね。でもさ、会うってことは――」

「今すぐここを出ましょう。荷物をまとめてすぐにでも。ここからどのくらいの距離かしら」

「距離は数時間かかるくらい、あのさ、リタ」

「わかった。靴を手入れするからちょっと待って。念のため食糧も」


 そそくさとリタは準備をしはじめる。アセナは、何を言っても同じことだと思って、結局伝えたいことをあきらめる。


 長に会うということは、我々の考えに賛同することだよ、と。








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