本当の敵-04

いつもは配置を決めて、計画的に人狼を追い込む。経路の先には人員を置き、周囲から攻めてどちらに逃げても、仕留めることができた。

 リタが赤ずきん一の討伐数を誇れたのは的確な配置指示と銃を撃つ時の命中率からだ。

 現地に行って、獣を撃つ、狩猟という流れからいえば《ハンター》たちには劣る。

 どんどん、遠くなっていくアンナの悲鳴。

 足がもつれて倒れてしまう。

 リタの後ろには、だいぶ離れてみんなが着いてきていた。

 森の奥深くまで来ている。他の狼たちの罠なら皆を連れていくのは危険かもしれない。

 リタは起き上がり、号令をかけて一旦、隊列を組み直そうと思った。

 後ろを見て、背の高い人物が赤ずきんらを追い抜いてこちらにやってくるのが見えた。

「あなたは――」

 銀色の髪。暗いところで鈍く輝く。

「行こう、見失うぞ!」

「アセナ、どうしてあなたがここに?」

 理由も言わずに、彼はものすごいスピードで獣道を駆けていく。

 みんなだけでも引き返そうと思ったが、アセナの言う通り進むしかない。引き返すには遠い。それにアンナに追いついたときに、自分一人ではどうにもできないかもしれない。

 さまざまな疑問が浮かぶ。

 アセナは《ハンター》だ。どうして単独行動をしているのか。そして、ここまでどのくらいのスピードで駆けてきたのか。

 どうして、ここがわかったのか。

「遅い! 先に行っているぞ!」

 アセナはリタの混乱をよそに飛ぶように走りぬけていった。リタはこれほどのスピードで森を駆け抜ける人を見たことがない。

 アセナの背中が遠くなっていく。まるで狼のようだと思った。

 既に後方の列は追いついていない。

 ――前方から、銃声が響いた。アセナが狼に追いついたのだ。

 開けた場所に出た。ぽっかりと陽の光が降り注ぐ場所。暗がりの方に二つの目が見えていた。光の環を挟んで対峙するアセナと人狼。

 背景の闇をまとい同化しているようにみえる。真ん中には気絶しているアンナ。周りには赤い鮮血が落ちていた。

 アセナは銃を構えていた。真っ直ぐ立って、狙いを定めている。

 低く唸る声が響いている。光の向こうにいる奴は大きい。

 真ん中にいるアンナを助けたいが動けない。アセナも引き金をひけないでいる。リタは一瞬の隙をついて、私が撃つしかないと思った。

 けれど、動くより先にアセナが叫んだ。

「去れ!!」

「……え?」

 大きく叫んだのをきっかけに人狼は闇にまぎれて消えてしまう。リタはすかさず銃を撃った。無論、当たった様子はない。

 舌打ちをしてしまう。

 アセナを責めるよりアンナを助け起こす方が先決と考えリタは駆け寄る。

 辺りの血は人狼のもののようだ。

 アンナに外傷はない。

「アンナ、目を覚まして。動ける?」

 声をかける。

 呻いただけで打ったところが多いのか、起きる気配はない。

動ける様子ではないと判断する。腕を背中にまわし、リタは抱えることにした。

 アセナもすかさず片方を抱えてくれる。

「無事で良かった」

「…………」

 アセナの言葉にリタは白々しいものを感じた。

 リタが赤ずきん第二部隊にやってきたのも、自身が人狼を撃つことを躊躇ったからだ。私は人狼の中に探しているものがあるからだ。

 でも、アセナは? どうして撃てるのに撃たなかったの。普通の猟師ハンターならすかさず撃ったのではないの。

 すると、リタの聞きたいことを察したアセナが、

「僕は人狼を殺したいというより、この茶番を終わらせたいから猟師ハンターになったんだ」

 と呟くように言った。

 それはリタも同じだった。

 でも、数日前の父の気持ちがわかるような気がした。早く終わらせるためには人狼を多く倒していかねばならない。守るためには人狼を殺していかなくてはいけない。

 撃てたのに何を血迷った。

傍で自分を似た行動をされると客観的にみることができた。

「私もそうよ。だから人狼を一匹でも多く仕留めるの」

 暗に、責めるような言葉つきになってしまう。

 今度はアセナが同意の返事をしなかった。

 遅れて《レッドフード》第一部隊、応援にきてくれた第二部隊が合流した。広範囲で人狼を探す流れになるが、きっともういないと思った。

 俊敏な人狼は闇にまぎれ、また人を惑わすために人間に化けて紛れて生活するのだ。

 

――出るはずのない区域に出て赤ずきんを食べようとした人狼。


 アンナの横顔をみて、リタは妙な考えが浮かんだ。

 銃声が聞こえ、自分が辿り着いたときには血が落ちていた。アンナが怪我をしていないなら人狼の血のはず。

 でも、本当にアセナは撃ったのだろうか。

 わからないけれど、胸騒ぎがする。

 リタは赤ずきんたちのざわめきを聞きながら、森の声に耳をすます。

 風にのって遠吠えが聞こえたような気がした。

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