本当の敵-05

「いやあ、まさかリタさんの方からお誘いの声がかかるとは思ってもみませんでしたよ!」

 目の前でニコニコと上機嫌なのはラインハルト。

 ここは、《レッドフード》第二部隊宿舎裏の馬小屋前だ。皆が就寝したぐらいの時間に、ラインハルトを呼び出した。

「声が大きい。それでなくとも、あなたは目立つというのに」

「眩しい存在ですみません。ところで、ロマンチックな雰囲気ではないので場所を移動しますか。湖畔とか」

「何を期待しているのか知らないけど、私が聞きたいのはアセナのことよ」

「え!」

 よろりと、大げさにショックを受けたように一歩ひいた。声を潜めて真剣な表情になる。

「好みはあのような男でしたか」

「……人狼と戦う毎日だというのに、あなたのような心の余裕が欲しいわ。だから王都の《ハンター》隊長が務まるのね」

 半眼で言うと、ラインハルトはすかさずリタの両手を掴んで、

「褒められて光栄です!」

 と言った。嫌味がほとんど通じないのも羨ましい限り。これでは同じようなやりとりを一晩中繰り返してしまいそうだ。

 彼の金属製の義手がガシャンと鳴った。

 だが、ラインハルトも多少、思うところがあるのかリタの手をゆっくりおろし真剣な表情になった。

「アセナなことですが、気になっているのは僕も同じです。あの男、尋常じゃない身体能力です。本人は山育ちだとか言っていますが、まるで獣のように俊敏……まだ訓練の段階で突出した動きを見せただけなので、何とも言えませんが」

 そこでラインハルトは一瞬、言うべきか迷った風だったが次に言葉を続けた。

「それでいて、あの者は上の推薦があったので、むやみに問いただすこともできない状況です」

 問いただす。つまり、人狼かもしれないとうのは既に疑っているということだ。人狼は人を惑わす。化けて紛れて――捕食する。

「上の者からの推薦? 孤児だと聞いたけど」

「その通りです。本人は孤児時代にスカウトされたとかどうとか。確かにあのような動きができる者がいると知ればスカウトはするでしょう。そういう者も稀にいます」

両親を狼に襲われたとも言っていた。そして、スカウトされ志願した、のか。

「銀細工の腕輪をしていた。人狼なら酷く火傷するわね。本物かしら」

「調べておきましょうか」

「お願い。この前、うちの部隊が近隣パトロールに行った際、人狼が出たのは知ってるわよね。アセナがそこに駆けつけてくれたのだけど、あの日、《ハンター》の動きは?」

「各自、自主訓練です。個人的に森で演習していたのかもしれません。銃も持っていましたからね。あの森は人狼が滅多に出ない区域ですから演習にはいいだろうと思ったのかもしれません。ですが、一人で森に入るのは危険なので厳重に注意はしてあります」

 リタはラインハルトの答えにしばらく考えを巡らせた。

本人に尋ねてもきっと似たような答えが出るだろう。一人で何をしていたのか。銃の訓練。たまたま、赤ずきんが襲われていた。助けに走った。

「……リタさんは、アセナが人狼ではないかと疑っているんですよね」

 ラインハルトにそう尋ねられ顔を見上げる。月明かりに照らされた彼の顔は冷たく輝いていた。

 言葉に出されると、何か違うような気がした。アンナを助けてもらったのは事実だ。もう少しで彼女は命を落とすところであった。

仕組まれていたことでなければ。

リタが答えないでいると、ラインハルトは話題を変えた。

「確か、リタさんは昔人狼に襲われそうになったところを別の人狼がやってきて命拾いしたことがあったそうですね」

「どうして、それを知っているの」

「あなたのお父様からお聞きしました」

 父はラインハルトを勝っている。誰しもそうであるように、父も権力者には弱い。人狼びいきだと思われたくないので、あまり話していないことだ。

「その人狼は灰色であったそうですね」

「……何が言いたいのかしら」

 思わず睨んでしまう。青い瞳がじっとリタの顔を上から見下ろしている。

「僕はリタさんの安全と人狼殲滅しか願っていないということですよ」

 そう言ってにっこりほほ笑む。すると、いつもの砕けた様子の年下の青年になる。緊張感は解ける。リタが話を続けようとしたとき、緊急時になる金の音が響いた。

 見張り台の上でクロエが鐘を叩いている。

 緊急要請だ。

「また、人狼が出たようですね」

 ラインハルトの呟きを最後まで聞かず、リタは表へと走って行った。ラインハルトも後を追う。


 一人の赤ずきんが、肩から血を流してフィリーネに手当を受けている。まだ、年若い少女だ。第一部隊に居た子だ。

「状況を説明しろ」

 リタも屈んで尋ねる。彼女は苦しそうにしながら、

「ニコラス……様が人狼に襲われました……」

「父が?」

 リタは、心臓が一気に脈打つのを感じていた。動揺していると自覚しながら、冷静になれるわけもなく、目を見開く。

「私の銃を持って来い! 今すぐ、第二部隊は編制を組み応援へ駆けつけろ。クロエ!」

「はい!」

 鐘を鳴らしていたクロエが驚いたように、返事をした。クロエは髪をまとめていない寝起きのままだった。

「私は先に父の元へ行く。まとめ役はクロエに託す」

「わかりました。隊長、目の色変わってますよ。冷静になって――」

 年上らしく、クロエが忠告してくれるがリタは、聞く気がない。慌てて、赤ずきんがリタの銃を持ってきた。

「リタさん、乗ってください!」

 ラインハルトが、自身が乗ってきた馬にリタを促す。リタは彼の後ろに乗った。

「捕まっていて下さい!」

 白い馬とラインハルトは童話に出てくる王子のようだ。義手に憎しみを込めた猟師ハンターだと誰が思うだろう。

 彼は人狼に対して憎しみが、私は人狼に対してあるのは母を失った恨み――。

 

いや。

また、大事な人を失うかもしれないといった恐怖だった。

背中を冷たい汗が伝う。

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