本当の敵-03
《レッドフード》に入隊すれば、衣食住は保証される。宿舎は決して華美なものではなかったが、タダで住むにしては、居心地よさそうな建物だ。
一人、一部屋とまではいかないが、二人から三人の相部屋。食事は決まった時間に食堂に行けば食べられる。風呂は二日に一度、共同で入ることができる。
お金はどこから出ているのか、とリタは父に尋ねたことがあった。
父は倒した狼に対する国からの報酬が資金源だと言った。
では、倒せなかった場合は資金不足になり《レッドフード》は機能しなくなる。
リタは、それだけは決してならないと思った。
《レッドフード》を無くすわけにはいかない。
ここまで組織を大きくするのに、どれだけ父が苦心したのか。傍でリタは見ていたからわかる。リタ自身だって死ぬ目にあって、人狼たちを倒してきた。
人狼は駆逐しなければならない。
駆逐すれば、きっと父は報われる。
そうすれば、平和が来るはずだ。
――父の笑顔が見られるはずだ。私たちは復讐から解放される。
リタの願いはただ、それだけだった。
× × ×
定期的に《レッドフード》は森の中を巡回する。人狼は人に化ける。だが、住処は森の中であることが多い。全ての人狼が人に化けられるわけではなく、群れで行動する彼らの習性を考えてだ。
第二部隊は初めての巡回となる。
緊張感を持ってほしいがリタの前を歩く彼女らは、ずっとおしゃべりをしている。
「昨日、部屋にムカデが出たんだけど、アンナが甲冑で踏みつぶしてくれたのよ。たまには役に立つわよね」
フィリーネが髪をいじりながら、前のクロエに話しかけている。クロエは振り向かずに「あはは」と笑った。
「たまには、なんて失礼な。アンナは臆病だけど、優しい子さ。ね?」
クロエは前を歩く、アンナの背中を叩いた。
甲冑を着た彼女はよろけた。
「アンナ、森の中へは甲冑は歩きにくいから脱げと言ったのに、どうしてそのままなんだ」
縦に並んで巡回しているわけだが、アンナの歩みが遅く、列が乱れている。
「ご、ごめんなさい……でも怖くて」
黙々と歩いていたアレックスも舌打ちをする。アレックスは普段からおしゃべりには参加しないが先ほどの話を聞いていたのか、
「ムカデしかつぶせないなら意味ないわよね」と嫌味を言った。
フィリーネが今の言い方にかちん、と来たようだ。
「ちょっとお、あんたの言い方っていちいち、むかつくんだけど!」
「良かった。あたしもあなたの話し方気に食わなかったのよね」
「なんですって!?」
二人して睨みあう。
いつも、髪をいじっているようなフィリーネに人狼への憎しみが強いアレックスは最初から苛立っていたようだ。
リタは二人とも黙れと一蹴する。
一睨みで二人ともそっぽを向いた。
リタと年齢が近いはずなのに、世話が焼ける二人だと溜息をつきたくなる。
「ここで脱げ。後で回収して帰るように」
リタの命令で渋々、甲冑を外すアンナ。
クロエがすぐさま手を貸してやる。
他の者も手伝って、しばらく歩みが止まる。アンナは甲冑を脱ぐと誰よりも小柄で若い少女だった。筋肉もないのに、甲冑を装着すればそれは重く体に圧し掛かるはずだ。
人狼が怖いのに、どうして《レッドフード》に入ったというのだろう。
リタは後で尋ねてみようと思った。
だが、その思考もすぐに遮られる。一番前を歩く隊員が悲鳴を上げたからだ。
「何かいたのか!」
巡回している地域は普段、人狼が出ない区域だった。第二部隊が任せられているのはそういった範囲で今までリタがいた第一部隊が危険区域を担当している。
だから、狼は出ない。
そう思っていたが甘かったのか。
リタは慌てて後ろから前へ走った。隊員は前方を震えながら指をさす。
「暗いところで二つの光がこちらを見ていた気がするんです……お、狼かもしれません」
「大きさは」
「わ、わかりません。でも普通の獣よりは大きかったです」
リタは耳をすます。
この部隊で動けるのはリタくらいなものだ。
まだ、《レッドフード》になって日の浅い者ばかりなので仕方がない。
「…………」
リタは反射的に振り返り、思考するより早く引き金をひいた。
長年の勘で体の方が先に動くことがあるのだ。
突然の行動に隊員たちは悲鳴をあげて身をすくませる。皆が目をつぶった中、リタは両目を瞬きもせずに開けて、動いた者を追った。
いる。狼だ。
人狼に変身するタイプかはわからない。
だが、どうしてここに。
もう一発、後方右へ放つ。木々の間から黒い影が走っていく。隊員たちの悲鳴が邪魔だ。音が聞こえずらい。
と、あっという間に気配が消えた。
「皆、背中合わせになれ! お互いがお互いの背中を守るんだ!」
号令をかける。だが、みんな混乱していてすぐに動けないでいる。森に連れてきたのは失敗だったかもしれない。
「きゃあああああ!」
ざわめきの中で悲鳴があがる。一瞬、消えた気配がまたすぐに近づいた。
リタは銃を構えた。だが、引き金をひかずに止める。
人狼が小柄な赤ずきんを小脇に抱えて仁王立ちしていたからだ。
「しまっ――」
小柄なアンナだった。
すぐに撃つべきだと思うのに指が動かない。
リタは躊躇した。アンナに当たるかもしれない。
いや、当たってもいいから撃つべきだ。
一匹でも多く早く殲滅しなければならない。
二つの声は一瞬、行動を遅らせる。
「隊長、何をしているんですか……!」
アレックスが銃を構えて撃った。
命令違反だと言い返す間もなく、人狼はアンナを抱えたまま大きく飛躍した。
彼らの跳躍力はすさまじい。高い木の枝にとまると木々を伝って逃げようとする。
リタは背中に向かって撃った。けれど、それは外れ人狼が離れていく。
ずっと悲鳴をあげているアンナ。声の方へリタは走った。
人がいないところでゆっくり食べる気だ。
初めから《レッドフード》を狩ることが目的だったのかもしれない。
リタは舌打ちをした。
隊員たちも着いてくるように指示をする。
だが、思いとどまりフィリーネとクロエを呼んだ。
「フィリーネ、クロエは宿舎へ戻り第一部隊へ応援を頼む。隊員が一人さらわれた。我々は人狼討伐未経験なため大至急と!」
『了解しました!』
二人は頷き、逆の方向へ走っていく。
人の足で追いつけないかもしれない。
でも、戻るわけにはいかなかった。
自分がアンナに甲冑を脱げと命令したからだ。きっと人狼は重そうな彼女を狙わなかっただろう。怖がりで華奢だから甲冑を着ていたのに。
リタは焦っていた。
自分の足の遅さを初めて彼女は呪った。
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