第5話 ファイナルステージ

勅使河原の鼻歌が聞こえる。

 俺達第3班は軽トラの荷台に乗って目的地まで移動していた。

 田舎道。左右を森で挟まれている。

 ここで狙撃でもされれば瞬く間に班は全滅するだろう。

 だがこれしかマシな移動手段がなかったのだ。しようがない。

 正面にいる橘は狙撃銃を抱えながら森に目を向けている。

 俺はというと、いつも通りリボルバーの弾倉を意味もなく回していた。

 「月宮くん、なんでリボルバー好きなんすか?」

 勅使河原が聞いてきた。

 「正直リロードめんどうっしょ」

 「ちゃんと持ってるよ。リロードのやつ」

 俺は懐からスピードローダーを取り出した。弾丸が6発とりつけられたそれは、リボルバーのリロードの際にいちいち弾を1発ずつこめなくてすむように所持するものだ。

 「なんていうか違うんだよ。俺の中でヌーバのリボルバーは武器を超えてるんだ」

 「超えてるってなんなんすか」

 「だから俺にとってこの銃は武器以上のもんなんだよ。愛着的な?」

 「いやいや、つい最近まで、もう戦いたくないよー、なんて言ってた口が何を仰ってるんすかね」

 勅使河原の言葉を橘が鼻で笑う。

「テッシー、やめてあげなよ。でも月宮くん。ちゃんと交戦距離考えなよ。なんでもかんでも近くで撃てば威力が高いわけじゃないんだから」

 「はいはい。15メートルね。15メートル」

 橘は狙撃と、交戦距離と、あと水泳のフォームに関してうるさい。

 戦う時、理屈や形を重要視する彼女は交戦してるときにさえ銃の構え方を気にする。

 そんな彼女と肉体関係にある勅使河原は完全に真逆のタイプだ。

 いわゆる天才というやつで狙撃以外に関して彼の右に出るものは早々いない。全て自らの感覚だけで戦う彼は傭兵さながらで、工作員には絶対になることはできないだろう。

 かくいう俺の利点といえば・・・・・・地味だが、どんな時でも正確な射撃ができるというのは誇っていいだろう。

 「・・・・・・静かにして。ちゃんと索敵お願いね」

 我らが隊長の一声が入り、みな口にチャックをする。

 如月隊長は夜の風にうたれながら、瞬きを極力せずに同じ方向を見続ける。

 その手に持つ銃のトリガーの側面にはたえず指が当てられていた。

 「月宮くん。隊長って後ろから突かれる時もこんな感じ?」

 勅使河原の口チャックがすぐに開き、俺たちは吹いてしまう。

 だが如月隊長から殺意混じりの視線を受けて、口をつむぐ。

「そろそろつきますよ」と運転手の御剣が言う。

 今回は第1班との初の合同任務だった。

 「銀蜘蛛相手に2班も本当に必要なのか?お前らだけでも事足りるだろ」

 「いえ・・・・・・それがどうもデータにあったものとは違うみたいですよ。これが写真です」

 御剣から受け取った写真には夜の闇に紛れる敵の姿がうっすらと写っていた。

 シルエットだけ見れば銀蜘蛛に似ているが、確かにこれは別の相手だ。

「うちの姫はこれがドゥームだと言ってます」

 「あの噂だけの新兵器か」

 「ええ。まあ何にせよ、あなた達を呼ぶのが最善かと」

 確かにそれが1番だ。

 奴らの新兵装を叩きつぶすのは俺達第3班の十八番である。

 「7時の方向!」

 如月隊長が叫び、俺達はハッとする。

 その刹那、強烈な閃光が視界を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 橘さんが死んだ。

 昨夜の戦闘のことはあまり覚えていない。

 今は勅使河原の家にいた。

 彼は先刻からうつむいたまま何も語らない。

 「・・・・・・勅使河原・・・・・・薬・・・・・・もうないのか」

 勅使河原はゆっくりと顔をあげて、それから俺のことを殴った。

 弱々しいパンチだった。

 「あんたまだそんなこと言えんのかよ!これでも涼子は最後までお前のことを守ってたんだ!罪滅ぼしだけど、それでも、あの人はお前のために死んだんだぞ!」

 数日前から俺は勅使河原の家で寝泊まりをしていた。

 きっかけは俺が薬を使わないように見張っておくと彼が言い出したからだ。

 しっかりと思考を働かすことができるまでは回復したつもりだ。

 幸いにもオアシスの依存性は低かった。

 如月が死んで、もう1週間以上が経過している。

 「学校に行ってみるよ」

 それだけ言って俺は勅使河原のアパートを出た。

 単純に彼のいない場所に行きたかった。

 なんというか、今のあいつの姿はダブるのだ。自分と。

 昼の街をとてもゆったりとしたペースで歩く。なぜか誰もいない。

 人が1人もいないのだ。

 先刻から上空をヘリコプターが永遠と旋回している。

 学校についた。しかし、そこにあるのはぽっかりと空いたクレーターとその周りを覆う瓦礫だった。

 学校はもう跡形も・・・・・・いや、跡形しかない。

 昨夜の戦闘での被害はあまりにも甚大だった。

 「ひどいものですね」

 後ろから声をかけられる。

 「香りがこうばしい」

 丸いメガネをかけたその男は髪型をきっちりと整えて全て右に流している。

 「御剣・・・・・・?」

 「?・・・・・・どこかで面識が?」

 なぜだろう。俺はその男をどこかで見たような気がした。

「いや・・・・・・なんとなくかな」

 男は少し微笑むと握手を求めてきた。

 「御剣零士です。あなたがたのいうBチーム・・・・・・もう今はありませんが、そこから応援にまいりました」

 「どうも。えと、月宮・・・・・・です」

 「くだけた口調で構いませんよ。私のこれは、癖なので」

 御剣はツカツカと学校跡に入っていく。文字の装飾が施されたリボルバーを手に持っていた。

 「昨夜の戦闘状況を教えていただけますか?」

 御剣の言葉で俺は記憶を遡らせる。

 ほぼ断片的だが、なんとか思い出せる。

 1番記憶に残っているのは、雨のように降り注いできた銃弾と、土埃のカーテンに潜む緑の眼光。

 ドゥームだ。

 奴は銀蜘蛛よりも蜘蛛らしい。だがそれは外見だけの話だ。その脅威は当然蜘蛛如きとは比べものにならない。

 機銃で俺達を蹂躙し、1脚ごとについてあるローラー、それによる高速移動が俺たちを翻弄した。

 俺は圧倒された。

 精神的にも、だ。それは彼女の死がやはり関係しているのかもしれない。

 戦意消失した俺は武器庫である地下書庫にこもっていた。

 そこに勅使河原が飛びこんできて俺を慌てて連れ出したのだ。

 学校を出てしばらくして、光がさした。

 そして、この有様だ。

「まさか学校ごと破壊するなんて。アレの兵装はもはや異常ですね」

 御剣は目を細める。

 「奴の兵装、攻撃パターンは余りにも多い。透明化、熱源探知、ジャミング、重機関銃、追尾ミサイル・・・・・・まだまだ未知数です 」

 俺はその場に座りこんだ。

 空を見上げる。

 未だにヘリコプターが旋回していた。

 「あんたに逃げるという選択肢はないのか?」

 「そういうあなたは?」

 「・・・・・・逃げた先に希望があるなら。でも・・・・・・俺にはもう・・・・・・」

 「どのみち逃げ場などありません」

 その一言は余りにも鋭く冷たかった。

 「どういうことだよ」

 「街の外一帯は地雷原です。住民が避難した安全なルートは我々に教えられていません」

 「・・・・・・地雷原?」

 「ええ。ここは防衛ラインです。奴らはこの街を破壊すれば、次の街へ向かいます。その際の時間をできるだけでも稼ぐために・・・・・・・・・何も聞いていないのですか?」







学校の裏の森を超えた先に、街全体を見渡させる小高い丘がある。

 そこから見える景色は・・・・・・。

 「箱庭じゃないか・・・・・・」

 街の周りはフェンスで囲まれ、その外側は広大な荒野が広がっていた。

 「どうして今まで気づかなかったんだ・・・・・・」

 「今は解除されている偽装防壁のおかげですね。内側から見れば街が続いているように見え、敵に発見されないよう外側から見れば街などないように見えます」

 そして俺は御剣の口から真実を知ることとなる。

 この世界が«侵略者»によって戦争状態であること。

 俺達が精神的な理由で前線を退いた兵士であること。

 しかし前線の部隊が壊滅して、この街が東亜戦線と呼ばれる防衛ラインに組み込まれたこと。

 「この街はいわば囮です。敵の自走人形たちは目先の目標を完全に破壊してからでないと次の目標に移りませんから」

 自走人形とはきっと銀蜘蛛やドゥームのことを指しているのだろう。

 「戦場での記憶が消されているのもおそらく治療のためでしょう。ですが、また銃を取ることになるとは思いませんでした・・・・・・如月さんからは何も?」

 どうやら彼と如月は定期的に連絡を取り合っていたらしい。

 如月が俺に真相を黙っていたのは気づかいのためだろうか。

 「ともあれ我々に逃げ場などありません。例え地雷原を抜けて逃げたとしても、その先には何もありません。たった1人で目的もなく生きていくのが自由だというのならそれもいいかもしれませんが」

 逃げることはできない。

 だが如月のいないこの世界に俺の生きる意味はあるのだろうか。

 背後で物音がした。

 振り返ると灰色のフードで頭を隠した女性がそこにいる。

 背は低く、小さいサブマシンガンを装備していた。

 「紹介しましょう。私と共に来た霞さんです」

 霞と呼ばれたその女性・・・・・・少女とも見てとれる外見をした彼女は黙って俺に会釈する。

 「霞さんと私、そして月宮さんと勅使河原さん。この4名が今夜倒されれば人類はまた1歩滅亡に近づきます」

 侵略者とその侵略を食い止めるための東亜戦線。

 戦うのは1度戦場を退いた俺達、対するは最強の自走人形ドゥーム。

「おそらく我々は捨て駒に等しい。4名だけでアレを破壊するのには無理があるのは明白。けれどあがくしかない。戦わないといけないのです。それが我々の存在意義ですから」

 戦うためにここにいる。

 そう思ってしまえば、何でも納得がいくような気がした。








日が沈んだ。

 今回の戦闘地域は利根川高校がか完全に破壊されたことにより場所を変え、Bチームが普段戦闘を行っていたという兵藤高校となった。だがそれは敵の出現地点が限定されるだけであり、交戦地域は街全体にまで広がると予想されている。

 ドゥームという強大な敵に対して唯一の救いは、利根川高校と兵藤高校の立地や構造が全く同じということぐらいだった。

  時刻は23時。敵がいつも通り来るとすればあと1時間たらずで地中から姿を現すはずだ。

 俺達が奴を倒すか。それとも全滅するか。もしくは敵が一時撤退する朝まで生きのびるか・・・・・・。

 サカナクションの«夜の東側»を聞きながら俺は銃の点検をしていた。

 辺りが暗くなると想像力がかきたてられる。

 彼女を思い出してしまう。

 ・・・・・・如月。

 俺は目を閉じてこみ上げてくるものを抑えようとする。

 如月はもういない。もういない。もういないんだ。

 俺は如月の思い出を頭の中で撃つ。何度も何度も。

 例えドゥームを倒したとして、その後の世界で俺は生きていけるのだろうか。











「来ますよ!10分後に体育館です!」

 御剣の一声で俺達は武器庫である地下書庫を飛び出す。

 いつものリボルバーに加えて、エンリオ社の九連装リボルバーを携帯している。

 ショットガンを抱えた。弾丸は全てベアショット。

 高振動ナイフも背中に装備した。

 学校の数箇所に弾薬の補給地点を用意している。もちろん戦闘エリアが市街地に発展した場合に備えて学外にも何箇所か準備済みだ。

 乱戦を用意してトラップは用意していない。いや、たとえ何をいくら用意したとしてもドゥームを破壊できるのだろうか・・・・・・。

 弱気のまま俺は図書館に到着した。

 俺達は2階で待ち構える。

 地中から出てきた瞬間を一斉放火でしとめるつもりだ。

 それで完全に破壊できるとは思えないが確実にダメージを与えることができるだろう。

 だが・・・・・・その考えは甘かったのだ。

 まだ各々が連携をとらずに行動をしていたほうが、全滅は避けられたかもしれない。

 俺達はまだ理解していなかった。ドゥームの得意分野は火力による制圧戦だということを。






炎がゆらゆらと揺れていた。

 たった今、霞と呼ばれる少女に焼夷弾が命中した。

 バタバタと転げ回り、やがて彼女は動かなくなる。

 最後の断末魔は聞こえなかった。

 まさに圧倒的。

 戦闘は体育館を出て、運動場で決着がほぼついた。

 俺は震える手で弾丸をリロードする。ポロポロと弾丸がこぼれ落ちて1発しかこめることができなかった。

 御剣は破壊された体育館の下敷きとなってしまい、弾薬を貯蔵していた教室にはミサイルを撃ちこまれて使い物にならないことになってしまっている。

 「撃て先輩!まだやれる!」

 足についているローラーで高速移動しているドゥームに弾丸を撃ちこんでいく勅使河原。

 しかし次の瞬間、ドゥームがスゥッと透明になって背景に溶けこむ。

 「くっそ!どこだ!」

 ブーッと音がした。

 秒間200発のスピードで発射される機銃の連続する銃撃音だ。

 その直撃を食らった勅使河原は一瞬にして穴だらけとなり肉塊となって果てた。

 今までは遊びだったのだ。

 本物の銃を使ったゲーム。

 俺達は凶器を持っていた。なのに、誰かが死ぬということを忘れていた。

 強ければ強い敵ほど、やりがいがある。

 俺がいなくても誰かがやってくれる。

 だが死地では、敵が強ければ強いほど生存確率は絶望的となり、仲間が1人死ねば全滅の可能性があがる。

 これはゲームじゃない。

 そのことに真に気づいた時にはもう余りにも遅すぎた。

 向けられた機銃。

 俺の胸部と頭に当てられたレーザーポインター。

 如月が死んで俺は悲しみに打ちひしがれた。

 少しだけ薬の力に頼った。

 だがそんな暇などなかったのだ。悲しむことなど戦場に必要なかった。

 「おいおい、呆気ねえ幕引きだなあ!」

 どこかから聞き覚えのある声がしたかと思うと、背後からフジワラが現れる。

 「自動から手動に切り替えただけでこれかよ。それともこいつのスペックが規格外っつうことか?」

 フジワラはリボルバーの弾倉を確認すると俺を撃った。

 あ、と言う間もなく衝撃が来る。

 銃を持つ手に命中して、体がそのまま後ろに持っていかれる。

 そのまま俺は足に力が入らずに倒れた。

 手が焼けるように熱い。

 見れば俺の指が欠けている。

 右手の薬指と小指が少しばかりなくなっているのだ。

 断面はまっすぐなんかじゃなくて、骨が飛び出している。

 血がドクドクとドクドクと流れて・・・・・・。

 「う、あ・・・・・・」

 「偉いじゃねえか、叫ばねえなんてよ。あ、痛覚が吹っ飛んでんのか」

 フジワラは俺の口に銃を突っこんだ。

 味はわからない。

 銃口が熱すぎるのだ。

 もがくが強い力で押しこまれる。

 「もういい。テメエにはがっかりだ。まあ今までは面白かったよ。じゃあな」

 カチリと撃鉄が下がる。

 うう、と俺は瞼を塞ぐ。

 最後の時が訪れていた。




白い背中に残る如月の銃創は痛々しかった。

 その視線に気づいたのか彼女が俺に目を向けてくる。慌てて視線をそらしてホワイトマークに火をつけた。

 「どうして傷って痕が残るのかな・・・・・・」

 「そりゃ傷には痕ができるもんでしょ隊長」

 「隊長と呼ぶな月宮」とマジな目を向けられる。

 事後の話はいつも淡々としてしまう。

 テレビもない薄暗い小屋。

 任務に区切りがつき、わずかな休暇が手に入れば決まって俺と如月は別荘ともいえるこの小屋に来る。

 ここにいる時だけが、世界の絶望的な現状に目を背けていられた。

 「私ってうまくやれてるかな」

 「うまくって?」

 如月は隊長を任せられてまだ半年ほどの経験しかつんでいなかった。

 そのことだとはわかっていたが、俺はとぼけた。

 すると彼女は話題を変える。

 「ねえ、孝太郎。もし明日、世界が急に平和になったらどうする?」

 突飛な質問だった。

 それは地雷を小隊の全員が同時に踏んで全滅した話よりも、ありえないことだ。

 「そうだなあ・・・・・・俺は喜んで武器を捨てるかな」

 「ヌーバも?」

 「いや、あれは捨てない。家に飾る・・・・・・・・・うーん、明日平和になったら?そうだな。家の近所の森で射的でもするかな」

 「射的?」

 「まあ、サバイバルゲームかな。何人か呼んで、エアガン使って死なない銃撃戦を楽しみたい」

 想像しながら話すと自然と手が動く。遊んでいる様をジェスチャーのように身振り手振りで伝える。

 「いいね」と彼女は返した。

 「私は・・・・・・なんだかわからない」

 「わからない?」

 「そう。私が平和に過ごしてる姿・・・・・・あなたみたいに何にも浮かんでこないの。銃を持ってない私の姿が」

 タバコから灰が落ちる。

 如月は俺のズボンをあさり、ホルスターから銃を取り出した。

 その銃には何かあったときのために1発だけ装填してある。

 如月は俺にその銃を持たせた。

 「私を撃ち殺してよ」

 十字架のように手を広げる彼女。セックスをする前に飲んだテキーラが残っているのかもしれない。

 「あなたが私を終わらせてくれるのなら、それはとても幸せなことよ」

 口にくわえていたタバコが落ちる。俺は撃鉄をおろした。

 そして躊躇いもなく引き金に力をこめた。

 銃声が一つ。

 「外したんじゃないよ、外れたんだ」

 俺は如月を抱きしめる。

 「大丈夫。俺には見えるよ。銃のない世界でお前が笑ってる姿が」

 銃に装填しているのは威嚇用の空砲だということは、もちろん言わなかった。

 「孝太郎。絶対だよ。もし私がこの先あなたの横にいれなくなっても。あなただけはそんな世界を見てね」








まだ死ねない。

 如月との約束をまだ果たせていない。

 俺は声にならない叫びをあげて立ち上がろうと全身に力をこめる。

 それと同時にフジワラが俺の口内に突っこんでいた銃を発砲した。

 確かな衝撃が走る。

 頭が強烈な衝撃と痛みに襲われる。

 だが意識は飛んでいない。

 俺はまだ生きている。

 立ち上がろうとした俺のせいで、口内の銃口は照準が変わったのだ。

 下を向いた銃口から発射された銃弾は俺の顎を貫通して膝に命中した。

 俺は腰からナイフを抜き放ち、フジワラの首を狙う。

フジワラは咄嗟に体をそらし、刃は奴の肩口を切り裂いた。

 まだ致命傷ではない。

 相手が再び狙いを定める。

 俺は走り、先刻撃たれて地面に落としていたヌーバを拾いに駆けた。

 フジワラの銃から発射された銃弾は俺の太ももに命中して、骨を粉々にする。

 だな俺の手は確かにヌーバを掴んでいた。

 俺は倒れながらも銃の照準を定める。

 フジワラが頭部を両腕でカバーするが、ヌーバの弾丸を腕2本で防げるわけがない。

 くたばれ、フジワラ。

 銃口が火を噴き、フジワラの脳髄が鮮血と共に炸裂した。

 







『スリープモードに移行します。命令の再実行の際にはパスコードと専用キーが必要になります』

 機械の音声が聞こえ、ドゥームの眼光が点滅して消えたかと思うと、完全に微動だにせず沈黙した。

 俺は崩れるようにその場に倒れこむ。

 ドゥームの完全破壊することは叶わなかったが、進撃を一時止めることには成功した。

 もうこの後のことは知らん。

 体の至るところから血が流れていた。土が吸って赤く染まる。

 痛みはなく、ただ力の抜けていく感じがしていた。

 不思議な眠さがあった。

 夜になると感じる眠さではない、何かが俺を包んで眠れと囁いてるようなのだ。

 もう一生起きることは叶わないかもしれない。

 おそらくは致命傷を自分は負っている。

 遅かれ早かれ自分の命はもう・・・・・・。

 俺は踏ん張って立ち上がった。

 ノミのような遅さだ。

 それでも歩を進めていく。

 自分でもわからないが勝手に足が動いている。

 本能か。これは本能なのだろうか。

 街の外に出ようとしていた。

 だが外には大量の地雷が埋まっている。それを抜けることは不可能だろう。

 俺はそのことを理解していてなお、1歩ずつ進んでいく。

 この方向には何がある?

 いつのまにか俺は誰かに手を引かれていた。

 そいつは学校の裏に向かっていく。

 街の外に向かっているわけではなかった。

 ふと、そいつは俺の手を離して消える。

 目的地へとついたからだ。

 如月の墓がそこにある。

 それは勅使河原が作ってくれた粗末なものだったが、確かにここに埋めたと彼から聞いていた。

 学校の花壇にあった花を勅使河原は1輪抜いて、勝手にさしている。

 おいおい、勅使河原・・・・・・。

 俺はそこで力が抜け、倒れこむ。

 1人ということを実感してしまう。

 どうして誰もいないのだ。

 俺は戦いの中で死んでいった彼らを恨めしく思ってしまう。

 彼らは、死ぬものかという意気込みで敵に銃弾を撃ちこんでいた。

 だから彼らの精神はまだ生きているのだ。

 しかし俺はどうだ。

 ここで確かに死を実感しながら寂しく息絶えていくのだ。

 笑ってしまう。

 実際には笑う気力はなかった。代わりに涙が流れた。

 ここは如月の墓だ。

 如月が俺の下で眠っている。

 そう考えると幾分か気持ちが楽になった。本当に微々たるものだが。

 こうなると、お墓は死者のためではなく生者のためにあるのではないかと考えてしまう。

 如月。

 空は暁の光が照らし、輝いている。

 約束は果たせそうにない。

 俺はゆっくりと瞼を閉じる。

 これからどこへ行くのだろう。

 次の世界が待っているのか、それとも無になるのか。

 だがそれももうじきわかる。

 再び目を開けると、如月がそこにいた。

 彼女の差し出した手を俺は掴んだ。

 待っててくれたのか。

 俺達はそのまま宙に飛び上がる。

  この先を2人で一緒に見に行ける。それはどんなに幸せなことだろうか。

 如月は笑って俺を抱きしめてくれた。

 きっと俺も笑顔なんだろう。

 そう思い、意識が途絶える。

 

 

 

 

 

 

 6章につづく。

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ドゥームスコンプレックス @higasakota

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