第4話 インスペクション

毎朝8時に勅使河原と橘さんは2人でプレハブに入っていく。そしてその数十分後に仲良く出てくる。

 これは絶対に中でアクエリオンしてるやつだ。


 

 

 その日の戦闘はいつもどおり2班に別れての迎撃だった。

 屋内プールと正門前に出現した俺たちが銀蜘蛛と呼んでいる巨大エネミー。

 その内の1体、正門前の方の銀蜘蛛を俺と如月は担当した。

 銀蜘蛛は巨大かつその図体に似合わない機動力を持った強力な相手だ。しかし慎重に対処すれば討伐は容易。

 銀蜘蛛の主な攻撃方法は足のアームでの殴打とガトリングの掃射だが、その二つの攻撃の切り替えが非常に遅い。

 ガトリングは足元を撃てないという弱点があるため掃射時に近づいていおけば絶対に被弾せず、アームの殴打が来るとわかれば少し下がって回避すればいい。

 それに奴は攻撃対象が同方向に多数いた場合にも反応が遅れる。確実に1人ずつ攻撃しようとするために、ターゲットを絞るのに時間がかかっているのだ。

 適正な距離を保ちつつ、2人以上が同方向から攻撃をおこなえばいい。

 「月宮くん!」

 如月が叫び、俺はリボルバーから背負っていたショットガンに武器を持ち替える。

 前衛と後衛を適度に入れ替えてスタミナの調整。

 「スイッチ!」と叫びたくなる気持ちを抑えて、俺は如月の前に出る。

 装填してある弾は全てベアショット。

 ストッピングパワーは充分だ。

 グオンと轟音。

 耳栓つけてきてよかった。

 銀蜘蛛の動きが鈍ってきたのを見計らって、俺はショットガンを捨て1本のナイフを取り出す。

 高振動熱ブレード。

 銀蜘蛛に飛びかかりナイフを奴の足に当てる。瞬間接した部分から火花が飛び散り始める。

 このまま足を切断し、機動力を完全に削いでやるのだ。





戦闘が終了したのは午前1時すぎ。いつもは«上»から3時までに撤退命令が出る。

 今日は戦闘終了がいつもより少し早かったので、如月の提案で射撃練習をすることになった。

 家庭科室から取ってきたフライパンを正門前の木にくくりつける。

 セミオートのハンドガンに練習用のゴム弾を装填した。

 30mくらい離れて、両手で構える。引き金を引く。弾はフライパンの中心に命中してカンッといい音が鳴った。

 「月宮くんが両手で構えることってあんまりない気がする」

 如月の言う通りだ。戦闘中は動きながらの射撃が基本だったため、両手でしっかりと狙ったためしなど数えるほどしかない。

 片手に持ち替えて引き金を引く。

 フライパンに命中こそしたが、中心から外れて変な音がした。

 「思うんだけどさ・・・・・・」

 如月に銃を手渡す。

 彼女の放った1発目は端にあたり大きくフライパンが揺れる。

 「なんで撤退命令3時なんだろ」

 「片付けかな」

 俺は銀蜘蛛によって荒らされた正門前を見渡す。

 何本か木は倒され、整備されてある道はボコボコと穴が空いてある。

 よく短時間でこれを元通りにできるもんだ。

 如月の撃った2発目も的の端に当たり今度はフライパンが大きく回転する。

 「そう言えば銃声とかどうなってんの?」

 「あれ?知らないの?この辺り誰も住んでないよ?」

 え、アパートとかあるのに?

 そう思ってると、如月の3発目が回転するフライパンに命中し、その跳弾が俺の額にピンポイントに命中した。





如月が料理を作るシーンを思い浮かべた。

 水玉柄のエプロンをつけて、包丁をトントンしている。

 俺の目に映っているのは後ろ姿。トントントントン。

 そんでもってジュワッと炒め物。

 如月はいつも自分で作ってきた弁当を食べている。

 でも中身をまじまじと見たことはない。好物はなんなんだろう。

 俺はスーパーに一人買い物に来ていた。ある日の夕方のことだ。

 一人暮らしなので家にご飯がないのはいつものことだが、たいていコンビニ飯ですましているところを俺はスーパーまで足を運んでいた。

 「そういうご飯体によくないと思いますよ」という如月のセリフを聞き飽きたからだ。

果物のコーナーをざっと見渡す。

 ブロック状にカットされたパイナップルがおいしそうだ。作ろうとしていた料理と全く関係ないがこれも購入しておこう。そう思ってパイナップルに手を伸ばした時、声をかけられた。

 「ちなみに俺はマンゴスチン派だ」

 知らない男だった。

 背が高く、被っているテンガンロンハットが目立つ。

 切れ長い目をした男だった。

 「知ってるか?マンゴスチン」

 男はフルーツ棚の上段から一つの小さな実を取ってみせた。

 「味は桃に似てる、だがしぶさはねえんだ。形はみかんみたいだがな」

 そう言ってニッと笑う。

 なんだこいつ、不気味だ。

 「おっと、自己紹介がまだだったな。俺は・・・・・・そうだな、フジワラとでも呼んでくれ」

 意味深な感じで名前を明かしたフジワラはおもむろに上着の内ポケットに片手をいれる。

 「月宮くんだろ?」

 「あんたは・・・・・・」

 「いやなに大したもんじゃねえよ。ただちょっと・・・・・・休暇がてら仕事を任されてなあ」

 そう言ってフジワラは内ポケットから黒いリボルバーを取り出した。

 そのまま彼は銃口を俺の胸に押し当てる。

 「・・・・・・あの、これは」

 いつのまにか周りに人は誰もいなくなっていた。

 「見てわかるだろ。俺はお前に銃を向けてるんだよ。お前もさっさと銃をぬけ」

 カチリと音がして、フジワラが銃の撃鉄を下げる。

 今になってやっと冷や汗が吹き出してきた。

 この胸に押しつけられた銃が偽物か本物かは簡単にわかる。

 引き金に添えられた指に少しでも力を込められれば、その瞬間俺の心臓が鋼鉄で貫かれるのだ。

 だがそうなることはなかった。

 「持ってきてないなら、また今度だ」

 そう言ってフジワラが銃を下げる。

 「何も聞かされてないようだな。可哀想な奴らめ」

 フジワラが去っていくその背中を俺は黙って見送った。

 完全に彼が視界から消えるまで、動くことさえ躊躇った。

 すぐさま彼が振り返って、俺を殺しにかかるんじゃないか。そう思えるほどに彼の放っていた殺気は強烈なものだった。




フジワラについて«上»に報告したものの、返事が帰ってくることはなかった。

 「もしかするとB班のメンバーじゃないかな?」

 如月のいうB班という言葉は初めて聞くものだったが、すぐにピンときた。

 俺たち4人以外にも夜に怪物と戦っているメンバーがいると聞いている。彼らのことを如月はB班と呼んでいるのだろう。

 もしフジワラがB班のメンバーだとするなら、俺はフジワラと今日再開することになる。

 胃がキリキリした。ただでさえ勅使河原と橘さんと顔を合わせなければいけないというのに。

 水曜日の夜、マック前に俺と如月はいる。

 なぜか怪物達は水曜日と休日に姿を表さない。ということで今日、如月の提案でB班のメンバー達と交流会を開くことになったのだ。

 連絡先は«上»を通して如月が知ったらしい。

 だが待ち合わせ時間になっても、B班のメンバーどころか橘さん達まで来ない。

 「・・・・・・仕方ないから2人だけで食べに行くか」と俺が言おうとした矢先に勅使河原が現れた。

 くそっ。来やがった。

 勅使河原は遠くから手をブンブン振りながら、ニコニコと近づいてきた。

 あいつの頭の中ではこないだの1件など、もうどうでもいいことになってるのかもしれない。

 橘さんの姿はなかった。

 「あ。涼子なら熱出しちゃってこれないっす」

 ようするに来たくなかったということか。

 俺達はそれから30分ほど待ったがB班の連中は1人も来なかった。

 なんてドライな奴らなんだ。

 勅使河原の貧乏ゆすりがロックバンドのドラマー並に大きくなったのを頃合に俺達は焼肉店に向かった。

 店について1番飯にばくついたのは意外にも如月だった。

 「カルビと上ミノと塩タンを5人前ずつ!・・・・・・え、上ミノないの・・・・・・じゃあ代わりに上ミノ5人前!」

 ない、と言われているのに上ミノを頼む如月のそんな姿は新鮮だった。

 飲むなと言ったのに勅使河原はハイボールのジョッキを持っている。

 「いやあ、先輩って根暗ですけどもお、銃の腕だけは認めてるんすよお!」

 ストレートにけなされて褒められた。

 「それにしてもB班の奴らはほんっっっと悪いやつらっすねえ。如月先輩の誘いをみんなして無視するなんて」

 そこまで言って勅使河原は吐き気を催しトイレに駆けこんだ。

 B班の連中か・・・・・・。

 俺はカルビにワサビを少しのっけて口に入れる。

 もしかしたらだが、あのフジワラは実はB班と全く関係なくて、しかもそのフジワラに今頃B班は壊滅させらてるんじゃないだろうか。そんな事を俺は思った。

 事実だった。




焼肉の帰りのことだった。

 俺の家の前に人影があった。

 アパートの4階、遠くから見ても誰かが家の扉の前にいることは明白だった。

 俺はアパートに入る前に銃の安全装置を解除する。愛用しているヌーバのリボルバーよりも威力は低いが、より小型なために携帯するのにはうってつけだった。

 もちろん武装しているのはフジワラの1件があったせいだ。

 知らない女が俺の部屋のインターホンを押し続けている。だが様子がおかしい。

 女はふらふらと貧血のように体を揺らした後、その場に倒れた。

 物陰で様子を見ていた俺は駆け寄る。

 利根川高校の制服。まさか同じ学校とは。

 「おい、あんた!大丈・・・・・・」

 そこで女は俺の胸ぐらを掴むと、何かを伝えようと必死に声を絞り出そうとする。

 「・・・・・・つき・・・・・・みやッ・・・・・・」

 俺は声を聞き取ろうと、顔を近づける。

 女はこう言っていた。

 「予備チームの貴様らに警告する・・・・・・」

 予備チーム?そうか、こいつはBチームのメンバーだな。

Bチームからすれば俺達の方がいつも見てないんだから予備チームと呼ばれているようだ。

 「気をつけろ。最後の敵が来る。最強の・・・・・・ドゥームが来る」

 ゴホリと女が血反吐を吐いた。

 これはよくないぞ、と俺が焦って救急車を呼ぼうとする。だが携帯を出す手を女が止めた。

 「聞け、月宮。私は思い出したぞ。207分室の誓いを・・・・・・」

 207分室???

 俺の疑問をよそに女は気を失ってしまう。まずいまずい!と慌てている最中、俺は気配を感じて振り返った。

 「5秒おせえだろ」

 フジワラの足撃が顔面を強打し、目の前に火花が散ったと思えば次の瞬間首を圧迫されて視界が真っ黒になった。




久しぶりに夢の中であの子と出会えた。

 おこがましいにも俺が勝手に運命の相手と思っている少女だ。

 おかっぱ頭で鳶色の瞳。

 その彼女が泣いていた。

 どうして泣いているのか、わからない。

 そしてどんどんと彼女の姿が遠ざかっていき、俺の夢は覚める。

 

 

 

 

 夜の教室。

 俺は座っていた。

 目の前に机、そしてその向かいに対面して座っているのは橘さんだった。

 「橘さん?・・・・・・・・・」

 横に目を向けて、驚愕する。

 銀蜘蛛だ。

 そして如月と勅使河原がいる。

 2人は眠らされて、その首元には銀蜘蛛から飛び出た銀色の刃が当てられていた。まるで彼らが人質かのように。

 「きさ・・・・・・っがッ!」

 立ち上がろうとして、後ろから机に押しつけられる。

 「そう焦んじゃねえよ。な?」

 フジワラだ。

 「あんたっ・・・あんたなんなんだ!」

 「そう聞かれるとどう言っていいか困っちまうな。まあ俺はただお前らをちょっとイジメにきたって言えば正しいのか?」

 ニヘラと顔に笑みを作るフジワラ。

 「ちょっとお前らにゲームをやってもらいたい。よし、月宮」

 フジワラが俺の肩に手を置く。

 「ポーカーかEカード、どっちやるか選択しろ」

 なぜそのチョイスなんだ。

 「・・・・・・Eカード」

 「持ってないからポーカーで頼むぜ」とトランプを出す。

 どうやら今のは彼なりのジョークらしい。

 「だが普通にポーカーやっても面白くねえ。お前らには命をかけてもらう」

 とんでもないことを言い出したフジワラはカードをシャッフルし始める。

 「ベットするのはお前らが大切にする者の命」

 銀蜘蛛の中心部である球体から長く太い管が出てくる。そこ先についてある針が如月と勅使河原の背中に突き刺さった。

 「やめろ!」

 再び立ち上がろうとするが、フジワラに肩をものすごい力で抑えつけられる。

 痛みで叫ぶほどではないが体に力が入らない。

 「あれから注入するのはオアシスっつう薬でな。兵士が戦場で冷静さを欠かさないように感情の起伏を抑える薬だ」

 管は青色の液体で染まっている。

 「あれは少量なら人体に何の問題もない。だが致死量ってもんがある。ぴったし100ml」

 ゾワッと俺の中で悪寒がした。

 フジワラが何を言いたいかわかる。何をさせたいのかだんだんと理解できてくる。

 「お前らの賭け金は100。50使って失えば薬が50ml注入される。そして橘が負ければ勅使河原が、月宮が負ければ如月が死ぬ」




初めにフジワラから配られたハンドはノーペア、ようするにブタだった。

 「最初の賭け金は10以上からだ」

 フジワラの説明によるとこのポーカーは普通のものと大きくルールが違う。命がかかっていることは別にしても、まず持ち金を増やすことができないのだ。

 薬を注入していくという以上、1度入れた薬を元に戻すということはできない。したがって50失って、次に10のベット額で勝利したとしても、その次の勝負の最高ベット額は50のまま。

 代わりにそれを補うルールとして、相手のベット額が持ち金より上回った場合のみ、こちらはベット額を上げなくていいという特殊ルールが発生する。

 それなら持ち金が低くても不利なことはない・・・・・・・・・というわけではないのだ。

 俺は5枚のハンドから3枚を交換する。

 そして、賭け金を足さなければならない。

 このゲームではハンドを1回交換するごとに賭け金が5ずつ上昇していく。

 つまり現段階で賭け金のレートは15になった。

 俺のハンドは運良くスリーカード。よし。フジワラの説明によればここでハンドを連続交換するのもありだという。

 つまり相手がまだ1度も交換してないのに自分が連続で2回3回交換することができるのだ。

 どうする?

 ここでハンドをもう1度交換してフォーカードやフルハウスを狙うというのもありだが・・・・・・。

 気絶して眠ったままの如月を見た、それから勅使河原を見る。

 驚くほどに自分は落ち着いていた。俺が勝てば勅使河原が死ぬ、負ければ如月が死ぬ。

 橘さんを見る。彼女はまるで死人のように顔が青白く、唇が微かに震えていた。

 勝とう。感情は捨てる。

 「どうぞ橘さん。あんたのばんだ」

 殺そう。

 そうするしかないのなら、殺そう。

 俺はお前らが死んでも泣かないよ。

 橘さんはハンドを全て交換した。

 レートが20にあがる。

 橘さんはそこでニヤリと笑う。

 え。

 ゾクッとした。

 何かとんでもないことを思いついたかのような、そんな気がしたからだ。

 「ああ、月宮。こりゃお前の負けだ」

 フジワラがそうつぶやく。

 なんだなんだ。

 心臓がドクドクと鳴り止まなくなる。右目がズキズキ痛みだす。

 橘さんがハンドを交換する。今度は1枚。レートが25にあがる。

 また1枚交換する。レートが30に。

 そして1枚交換、レートが35に。

 どんどんとレートが上昇していく。

やめろ・・・・・・やめろやめろ!

 万全の状態ではない俺を早くも仕留める気なのか・・・!

 俺の体温がどんどんと冷えていく、なのに汗が吹き出してくる。

 視界はまるで帳をおろすかのように暗転していこうとする。

 ついにレートが最高値の100まで上昇した。

 「オープン」

 フジワラの一声で俺達はハンドを明かし合う。

 俺のハンドは8のスリーカード。

 そして・・・・・・・・・

 「なんともあっけねえ幕引きだなあ、おい」

 俺は逃げ出した。

 誰かが死ぬ瞬間を目撃するわけにはいかなかった。

 今までは自分の心を何かが包みこんで守ってくれていた、でも限界が近い。

 ああ、ごめん、ごめんよ。

 必死に贖罪の言葉を頭の中で紡ぐ。





 家でただ呆然としていると、玄関が開いてずかずかとフジワラが入ってくる。

 「今のお前に必要なもんだろ?」

 フジワラはそう言って如月だけを残して去っていく。

 「・・・・・・・・・」

 如月は何も言わずに俺の横に座る。

 「5のスリーカードだったんだ。橘さんは・・・・・・彼女は・・・・・・最後の最後に運がなかった。きっと。ストレートか・・・・・・フラッシュか・・・・・・それ以上を狙って・・・・・・」

 そして、なおかつ俺を1回で叩き潰そうとレートを最大まで引き上げた。

 度胸があった。けれど運がなかった。

 最後に明かしたハンドは俺と同じスリーカードだった。

 「き、如月・・・・・・スリーカードだったんだ・・・・・・俺のハンドがそれ以下だったら・・・・・・」

 如月が死んでいたかもしれない。その恐怖と

 勅使河原が死んだ。その恐怖と。

 フジワラと、銀蜘蛛と、全ての恐怖がミックスして、俺の心を、頭を支配する。

 そんな俺を如月が抱きしめてくれた。

 「もう・・・・・・いいよな・・・・・・」

 しばらく部屋にこもろうと思った。

 そしていつかどこか遠くへ行こうと思った。

 携帯が鳴っていた。

 『件名︙最後の任務

 本文︙ドゥームを撃滅せよ』

 俺は如月の瞳を見る。

 薬の影響か、彼女の瞳は不思議な色で混濁していた。

 俺は彼女の手を取る。

 「逃げよう、如月。どこか、俺達だけで」

 投げた携帯は放物線を描き、窓を飛び越え、地面に激突した。

 








・・・・・・・・・オアシスはな、ある理由で使用を禁止されたんだよ・・・・・・

 フジワラの言葉をなぜか思い出す。

 目を開けて、ベットから起きた。

 家の扉を誰かが叩いている。

 橘さんか・・・・・・それとも・・・・・・。

 ふと横を見ると如月が寝ていた。

 俺はベッドで寝て、彼女は床だ。

 これはよくないよな、と俺は彼女を抱えてベッドに寝かそうとする。彼女の体は驚く程に軽い。

 息をしていないことに気がついた。

 俺は急いで黒いバッグを持ってきて、中から1本の注射を取り出す。

 フジワラの言う通りにしなければ、12時間ごとに1本ずつ、それ以上でもそれ以下でもだめだ。

 そして俺はその注射器を

 

 

 自分に刺した。

 

 

 ・・・・・・オアシスはな、いかなる状況でも落ち着かせるために、都合のいい妄想を使用者にみせる。記憶の改竄なんざ当たり前だ・・・・・・

 

 

 レートを極限まで引き上げて、あげく運がなく5のスリーカードで敗北したのは橘さんじゃない。俺の方だ。

 如月を失った俺にフジワラが薬をくれた。オアシスだ。

 ・・・・・・今のお前に必要なもんだろ・・・・・・

 薬が体を回っていく。

 チカチカと視界が青色に染まっていく。

 ベッドの脇にある鏡を見た。

 青と赤が混ざりあった瞳は自分で見ても不気味だ。

 さあ、もうすぐ。もうすぐでまた会える。

 「誰に?」

 如月が弁当を食べていた。

 俺はカロリーメイトを食べている。

 「好きだった人に」

 銃と携帯を捨てて、俺は彼女の夢を見る。

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